第15話 デートしよ?
「ご、ごめんねみゆ」
「ううん。私こそまた転んでしまって……」
「そんなこと気にしないでいいから。とにかく無事でよかったよ」
「あおは本当優しい。私、あの時からそういうところがね」
体を起こし
今度はしっかりと肌同士が触れあっていたのもあって、俺の顔は熱くなっていく。
それは向こうも同じようで頬を染めた状態で俯いている。
「そういうところ……?」
「これが夏の開放感かな? 二人とも明るいうちから情熱的だねー」
言葉の続きを聞きたかったんだけどな。
舞が満面の笑みを浮かべながらやってきてそれどころじゃなくなってしまった。
もちろん今も撮影中であり、どんなコメントが流れているかはあまり想像したくない。
「ちょっと舞、なに言ってんの?」
「やだなあ、冗談だよ冗談ー。さておき、勝負は葵ちゃんチームの逆転勝利となったよ!」
「え?」
「ほーら、あれあれ」
俺は視線を舞の指差した方へ移す。
ボールは向かいのコートのネット際に落ちていて、天音がすぐ側まで来ていた。
「あーん、みゆさんのフェイントにやられたぁ。もうちょっとだったのに!」
「ハイ……。悔しいですがアタシたちの完敗ですね! 出直してきましょう!」
「うんうん、また一緒に練習しよミーアさんっ!」
「もちろんでーす!」
わいわいとハイタッチをする天音とミーアはやっぱりキャラが似ている。
恥ずかしそうにしている石動さんの名誉のため、決勝点の真相はあえて伏せたままにしておかなくちゃ。
「それじゃあ今日はこれでおしまいだよー。次回は今のところ未定だけど、もしかしたらゲリラ的になにかやるかも?」
その後は何事もなく過ぎていき就寝時間が訪れた。リビングに布団を敷いて全員横並びに寝転がる。
俺の左隣のミーアは疲れていたのか真っ先に静かに。
部屋の照明が完全に落ちると反対側にいる舞は俺の腕に抱きついてきた。
なんだろう。これって寝ぼけてるのかな?
珍しい現象に微笑ましさを覚えながら目を閉じた。
「おねえ、もうお昼だよー?」
気がつくとエプロン姿の天音が顔を覗き込んでいる。そのうえ辺りを見回しても誰の姿もない。
「え、もうそんな時間……? 他の皆はどうしたの?」
「買出しに行ってくるって言ってたー」
「どうして一緒についていかなかったの?」
「さすがに寝てる人をおいてけないよぉ。ささ、お姉様。朝食兼お昼を用意するから待っててくださいね!」
顔を洗って戻ってくるとテーブルにはパンとサラダと牛乳、それからスクランブルエッグが置かれていた。
「天音が作ったんだ?」
「もっちろーん。これだったら失敗しようがないし!」
「その気持ちだけで嬉しいよ。本当にありがとね」
頭を撫でると嬉しそうに笑っている。
「やったやった、おねえに褒められちゃったぁ!」
食事を終えると天音は得意げにカラフルな紙切れをひらひらさせてきた。
「それはなーに?」
「遊園地のチケット! なんかね、近くにあるみたいなんだけど~」
「もしかして舞からだったりする?」
「そっ! せっかくだし姉妹水入らずでどうぞだって。ねえねえ、あたしとデートしよー」
話によると舞達は夕方頃に帰ってくるらしい。
せっかくの夏休みだし、ここでごろごろしてるのはもったいない気がする。
俺達は着替えを済ませ出かけることにした。
「遊園地なんて久しぶりだなあ」
「中学の時さ、おねえが急に嫌がってから行かなくなったよねー」
「ああ、あれは思春期みたいな感じでさ……」
「そうなんだ? でも本当素直になった感じするよ! あたし、今のおねえの方が好き好きぃ~」
天音は言いながらぎゅーっと腕に抱きついてきた。
なんとなくだけど、男らしさみたいなものを意識しなくてよくなったのはあるんだと思う。
そうして天音に手を引っ張られながら園内を回り始めた。
「やっぱりジェットコースターからでしょ! いこいこー!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だって」
「やだー、全部のアトラクションいくんだもん!」
天真爛漫というのかこの子は本当に子供の頃と変わらない。
俺はその振る舞いを羨ましく思うのと同時に諦めていた気がする。
だけど、今日だけは思いっきり楽しんでしまおう。
「天音、向こうまで競争しよ!」
「いいねぇ! じゃあ負けた方が甘いものおごりでどうっ?」
「お、言ったなー!」
いくつかの乗り物のあと休憩にとレストランに入った。
目の前にはフルーツパフェが二つ並んでいてとても魅力的に映っている。
「次は負けないからぁ……。あ、すっごくおいしーい!」
「うーん、幸せー」
「おねえも甘いもののよさがわかってきたよね! 前はそうでもなかった気がするけど」
「こういうものでしか得られないものがあるんじゃないかなーって」
「それわかるかも! そうそう、次なに乗ろー?」
窓の外を見ると、遠くの方でメリーゴーランドが回っていてどこか幻想的な世界観を思わせる。
そういえば一度も乗ったことなかったな。
「へー、こんななんだ!」
「もっとはやく言ってくれればよかったのにー!」
思った以上にこの白馬は揺れる。
流れていく周囲の風景を楽しんでいるうちに、人生初めてのメリーゴーランドは終わってしまっていた。
夕方も近くなってきたところで観覧車に乗り込む。これは天音の希望によるものだ。
なのだけど、向かいの天音はどこか元気がないように見える。
「もしかして疲れちゃったの?」
「そうじゃないんだけど、えっと……ちょっと変なこと聞いていい?」
「なになに?」
「その、あたしいつもおねえのこと引っ張り回してるじゃん? そういうの迷惑なんじゃないかなと思って」
「へえ、振り回してる自覚はあったんだね」
「だからさ、もしそうなら正直に言って欲しいです……」
言いながら天音は視線を落としてしまった。
「なに気にしてるの。わたし一度もそんな風に思ったことないよ」
「それほんと?」
「天音がいたから頑張れたところもあるしね!」
「そっか……。よかったぁ!」
正面から隣に移った天音は俺をじっと見つめている。
「どうしたの?」
「ちょっとだけいい?」
「内緒話なら別に誰もいないし普通にしなよ」
「いいからぁ!」
天音は俺の頬に軽くキスをしてすぐに離れていった。
突然のことに困惑してしまい首をかしげるしかない。
「う、うん?」
「これはいつもありがとうのちゅーっ! 今ままでのこと考えたら、もうねもうね、言葉だけじゃ足りないと思ったの!」
「天音……」
「ねえ、おねえからもして?」
天音は再び顔を近づけてくる。
「ちょっと待って。わたしはどういうちゅうをすればいいの?」
「じゃあ、これからもよろしくねで!」
勢いに押されて俺も同じように頬に口づけをした。
なんだか帰り道ずっと上機嫌だったな。
そうして家に戻ってきたところで、先を歩いていた天音はなぜか俺の背後に回った。
「急にどうしたの?」
「どうぞ。レディーファーストだよ!」
「いやいや、そっちもレディーじゃない」
「いいからいいからー」
一体なんだろう?
背中を押されながらリビングに入ると突然照明がつく。
次の瞬間、パーンとクラッカーの音が鳴り響き舞達が物陰から姿を現した。
「「「「ハッピーバースデー、葵ちゃん!」」」」
隣にいたはずの天音はいつの間にか皆の側にいてウインクをした。
「天音、もしかして」
「えへへ。あたくし連れ出し役をおおせつかりまして!」
「ていうか今日、わたし誕生日だったんだ……」
「おねえは本当そういうとこあるよねー。見て見て、あれ皆で作ったんだって!」
部屋には飾りつけ。テーブルにはケーキや料理が並んでいて目を奪われる。
ケーキの火を吹き消したあと全員が席についた。
「ささ、葵ちゃん。つまらないものですがー」
舞からはキッチン用品のカタログギフト。実物じゃないところが舞っぽい。
「葵サン、これ着てまた歌いましょう!」
ミーアからはお手製のコスプレ衣装。どうやらこれは魔法少女のものらしい。
「あおの好みと合うといいけど……」
石動さんからはブックカバーつきの文庫本。中身がすごく気になる。
「これ色違いなんだ! おねえが青であたしがピンク!」
最後に天音からはお揃いのハート型のイヤリングを受け取った。
「みんなありがとう。ここまでしてもらえてすごく嬉しいよ」
「どういたしましてー。そしてそしてだよ。夏と言えばこれでしょう!」
舞がじゃじゃーんと花火を取り出すと、ミーアと天音からは歓声が聞こえてくる。
石動さんはその様子を見て微笑んでいた。
「葵サン、まずは派手にいきましょう!」
「よーしやっちゃおう!」
ビーチに出てからは打ち上げ花火をはじめとして色んな種類のものを次々点火していく。
今日は嬉しいことばかりだったせいかな。
天音とミーアと一緒になってかなりはしゃいでしまった。
「最後はやっぱりこれだよねー」
舞が線香花火を取り出して火をつける。
それを見て皆も同じように手に持つとしゃがんだ。
「きれいだね」
石動さんがぼそりとつぶやく。
「とってもハカナイです。ワサビです」
花火をじっと見つめ、ミーアにしては低めのテンションだ。
「もしかしてわびさびのこと言ってるー?」
天音がくすくすと笑うと他の三人もつられて笑っている。
「浴衣も着てみたいなー」
俺の口からはそんな言葉が出てしまっていて、はっとした時には皆がこっちを見ていた。
「来月花火大会があるし皆で行っちゃう?」
「それいいね舞さん! あたしも可愛い浴衣着るんだっ!」
「アタシは屋台の食べ物が気になりまーす!」
「わ、私も気になる……! あおはどう?」
こうして二泊三日の旅は終わり家に帰ってきた。
すごく楽しかった分、名残惜しい気持ちが強くなってくる。
天音の寝息が聞こえる中、撮った写真を眺めているうちに眠ってしまっていた。
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