第5話 百合営業って知ってる?

「お風呂で天音ちゃんとそんなことがあったんだね。いいなあ……その場面うちも目撃したかったな」


 登校中、隣の舞は赤点を取ってしまった時よりも大げさな溜め息を吐いた。


「なあ、お前って女が好きなんだよな?」

「待って待って、ちょっと誤解がありそうだから言っとくね。うちは可愛ければその人の性別なんて関係ないよ。等しく愛でるからいたって健全だよー。ただの女の子好きとは一味違うんだからー」


 風に揺れるお下げの髪。

 舞はとにかくめちゃくちゃ早口でまくしたてる。


「驚きの守備範囲だな……。でも思ったんだけど可愛い男なんて身近にいるか?」

「そうなのそうなの! だからもう可愛い男の子は二次元に任せようかと思ってるっ」


 舞には油断ならないところはあるものの、今着てる制服の調達だったりクラスの皆に俺のことを触れ回ったりと協力してくれている。

 おまけに石動いするぎさんの親友でもあるしあんまり無下に扱うのもよろしくない。


「そうだ。礼代わりと言ってはなんだが部活のない日に甘いものでも奢るよ」

「いいねー。だったら今日の帰りとかどう?」

「練習は休みなのか?」

「そうじゃないんだけど、部活絡みのことでちょっと折り入って話したいことがあるんだよね。で、それとはまったく関係ないお願いが一つございます!」

「変なことじゃなければな」

「俺っ子もいいと言えばいいんだけど。うんうん、それはそれでいいんだけどねー。でもやっぱりもったいないなー?」


 舞はちらちらとなにかを訴えかけてきた。


「もしかして女の子らしく話せって言ってる?」

「そのほうが色々とはかどる気がするんだよね」

「意味がわからないけどわかった。そういえば、これスースーして落ち着かないんだけどなんとかならないかな?」


 俺がスカートをひらひらさせると舞は食い入るようにその様子を見てくる。

 こういう視線が怖かったりするんだが、今のところ手は出してこなさそうだし大目に見よう。


「そこは慣れるしかないねー。でも男子の制服よりずーっと可愛いと思わない?」


 確かに着替えの時、鏡に映った自分の姿を見て華やかさが上がったように感じた。

 もちろん筋力低下など不便なことは増えたのだが、わくわくするかどうかで言えば断然こっちだ。

 これからクラスの皆にどんな反応をされるんだろう。そんなことを考えているうちに学校に到着した。


「ちょっと、本当にあの美空君なの!?」

「転校生かと思ったよ」

「やば、ファンになりそう……!」


 教室に入るとすぐに俺の周りには人だかりができ、男女それぞれからの感想を耳にする。

 中にはほとんど面識のないクラスメイトもいて、それだけの異変が起きているのを再認識することになった。


「ちょっとお腹の調子が……」


 落ち着かなくなり女子トイレに逃げ込もうとしたがここも油断ならない。

 俺は女、わたしは女。この空間にいていい認められた人間。

 それを呪文のように心で唱えながら用を済ませ、安心感からすっかり気が抜けていたところ石動さんと廊下で鉢合わせてしまった。


 私服もよかったけどやっぱり制服のほうがしっくりくるな。

 不意に昨日のことを思い出しどきどきしていると、彼女ははっとした表情を見せた。


「もしかして昨日助けてくれたのって美空君だったの……?」

「あ、うん。まあ」

「だったら言ってくれればよかったのに」

「ごめん。あのこともあったし言い出しにくくて」

「こっちこそごめんね。私が断ったのは男の人がだめだからなの。それでね、本当都合のいいこと言ってると思うんだけど……」


 石動さんはスマホを取り出し俺に向けている。

 様子を伺うと瞬きもせずこっちを見つめていて、この分だと俺が応じるまで続いてしまうだろうことはわかった。


「いいよ。わたしでよければ」

「よろしくね。美空さんのほうがいいかな? それじゃ教室戻りましょ」


 石動さんは俺の手を握ると少しだけ先を歩く。柔らかな感触が心地いい。

 昨日に引き続いてイメージとは違い積極的なところがあるみたいだ。


 そうしてこの体になって初めての授業が始まる。

 教師達はもちろん驚いてはいたが異常に受け入れるのが早く拍子抜けだ。

 面倒にならなかったと思えばそれでいいか。

 休み時間は当然のように人が群がり、それに慣れてくる頃には昼食の時間になっていた。


「よっ。葵もすっかり人気者だな。人だかりにブロックされてなかなかこれなかったぞ!」


 豪快に笑いながら清四郎はいつものように椅子に腰掛けた。


「姿が見えなかったのはそういうことね」

「しっかし、お前本当可愛くなったよな。しかもやたらでかいし」

「お世辞なんか言っても触らせてあげないよ?」

「さすがにそこまではできないっての。それに俺には心に決めた人がいるからな!」

「一途というかなんというか……。そうだ、ハンバーク食べる?」


 俺が弁当箱を差し出すと清四郎は口をぽかんと開けている。


「おいおい、なんかキャラまで変わってないか? いつもなら『お断りだ!』とか言ってただろ」

「前より食べれる量が減ったの忘れてただけ。別にいらないなら他の子にあげるけど」

「ははーっ! この従順なるしもべになにとぞお恵み下さい!」

「わかればいいのよ。ありがたく頂戴してよね下僕さん」


 姿こそは変わったが以前と変わらないやり取りにどこか安心する。

 そしてずっと気になっていることが一つ。遠くの席に座り、舞と食事をしている石動さんとかなりの頻度で目が合う。

 この姿になっても俺は彼女のことが忘れられないままのようだ。


「それで話って言うのはどういう?」


 放課後、学校帰りのファミレスで正面に座る舞に問いかける。テーブルにはチョコレートパフェ。

 これは朝言ってた礼の品であり彼女は美味しそうに頬張り笑顔を見せている。


「まいまい、私にも関係のあることなの?」


 そして隣には石動さんがいるのだがそんなことまったく聞かされていない。

 舞はパフェを半分ほど食べ終えたところでスプーンを置き、満足げに紙ナプキンで口を拭った。


「うち、部活辞めてきましたー!」

「え?」「え?」


 石動さんと完全にシンクロしたようで視線が合う。舞はそれをにやにやと見つめながら言葉を続けた。


「それでね、お料理同好会を作ることにしました」

「なんか急すぎない……? ていうか舞って料理できたんだ」

「ううん、簡単なものしかできないよー。そこで葵ちゃんの出番なのです!」

「わたしになにさせようって言うの」

「難しいことはないよ。皆にお料理を教えてもらえればそれでー」


 舞のことだ。なにかを企んでいるのは間違いない。

 その真意がよく掴めず考え込んでいると、カフェラテを飲んでいた石動さんが声を上げた。


「もしかして私も同好会に?」

「さすがみゆっち、理解が早くて助かるよー。二人とも部活入ってないでしょ? だから放課後も皆で楽しく過ごせたらと思ってるのです」

「……美空さんが入るなら私はいいよ」


 手をもじもじとさせながら石動さんがこっちを見つめている。その表情に緊張してきてしまい俺はオレンジジュースを一気に飲み干した。


「だそうですよ葵ちゃん?」


 舞はテーブルに身を乗り出し満面の笑みを浮かべている。こいつ、俺の気持ちを知ってるから楽しくて仕方がないんだろうな。


「舞、その前にいくつか確認したいんだけどいい?」

「なんでも聞いてねー。スリーサイズからお風呂の時どこから洗うかまでよりどりみどり!」

「そういうのはいいから。まず、わたしは学校が終わったら夕食作らないといけないの。あんまり遅くなると困るっていうか、知ってるだろうけど妹もうるさいし」

「なるほどなるほど。だったら作った料理をそのまま夜ご飯にするのは? 皆で一緒に楽しく食べるのも楽しいんじゃないかな。ちなみに天音ちゃんはものすごく乗り気だったよー」


 すでにあいつに手を回してるとはやっぱり油断も隙もない。

 いよいよなにが真の狙いなのか気になってくるな。


「部室というか調理実習室は使えそうなの? あと顧問の先生もいないとだよね」

「その二つはなんとか確保できてるよー。実はこの学校にいとこの教師がいるんだ」

「ずいぶんと段取りがいいよね」

「まあずっと考えてきた計画だしね。だからあとは部員が問題なんだー」

「仮にわたしが入ったとして……石動さん、舞、天音で設立には一人足りなくない?」

「今クラス内外問わず触れ回ってるんだけど、帰宅部の人ってなかなかいなくってね。だからひとまず葵ちゃんとみゆっちの意向だけ聞いておこうかと」


 こうして二人とは別れ帰宅すると天音がすぐに出迎えた。


「いつも大変だろうし今日はハンバーガー買ってきたよ!」

「ありがと、助かるよ。ところで舞から変な話聞いてるよね?」

「お料理でしょー。あたしも少しは作れるようになりたいと思ってたし、それにメイド服着れるっていうし!」


 天音はその場でくるくると回りだした。


「わたしそんなの聞いてない……」

「あれ、そうなの? 皆でメイドさんになってお料理するんだよー。一度着てみたかったからすっごく楽しみ! おにい、じゃなくておねえもやるんだよね?」


 天音はとにかく期待するような眼差しをしている。

 ここまで嬉しそうな様子を見せられたら断りようがなくなってしまう。

 その後風呂と髪の手入れを終えた俺はベッドに潜り込みスマホを取り出した。


『で、なにが目的なの?』


 送信先はもちろん舞でありすぐに返事がきた。


『やはりお気付きでしたか。ずばり、葵ちゃんの百合ハーレム計画だよー』

『ちょっとなに言ってるかわかんない……』

『今のは半分くらい冗談ね。女の子同士でわいわいしてる動画を配信したいの! 葵ちゃんは百合営業って聞いたことある?』


 それは女の子同士で時にはスキンシップを交えながらなにかをするといった動画だ。

 これが刺さる視聴者によって一大ジャンルに押し上げられたらしい。


『知ってるよ。でもわたし達にそうしろと?』

『カメラは意識せずあくまで自然体でいいんだけどね。もし収益化できたら今後の活動費に当てようと思ってます』

『そう簡単にうまくいくかなぁ』

『黒髪ナイスバディ葵ちゃんに金髪ロリっ娘の天音ちゃんだけでも双璧なのに、ピン淫』

『……今のってなに?』

『おっと、なんでもないよー。クール系美少女のみゆっちまでいるんだよ。うまくいく予感しかしない!』

『ま、好きにしたら。どうせ反対しても押しきるつもりなんでしょ?』

『さすがよくわかってらっしゃる。よし、葵ちゃんの了解もいただいたことだし明日も勧誘活動頑張るぞっ!』


 舞は趣味と実益を兼ねるつもりなのだろう。まったく呆れたやつだ。

 それでも石動さんがいるのはいいな。もっと彼女のことを知っていきたい。

 さらなる環境の変化にわくわくしている自分がいた。

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