第6話 下校デートと女子更衣室

「それじゃいこっか」


 それは放課後の帰り際のこと。

 俺は教室に残っていた石動いするぎさんと一緒に帰ろうとしていた。

 昨日の反応などからしても明らかに好感触であり、今後のことを考えれば少しでも距離を縮めておきたい。


「美空さんから誘ってくれるなんてとっても嬉しい」

「ちょっとお話できたらと思ってね。そうだ、どこか寄り道するのってどう?」

「うん。できたら一緒に……きゃっ」


 突然石動さんがなにかにつまずいて転びそうになり、俺は反射的に体を支えようとして倒れこんだ。

 次に気がついた時には床に仰向けになっていて、石動さんは抱きつくような形で俺の上に乗っかっている。


 華奢な体つきだけど柔らかで柑橘系のすごくいい香りがする。

 それに浸る間もなく声が聞こえ、ふと視線を落とすと俺の胸に石動さんの頭が埋まっているではないか。

 ん、なんでこうなったんだ?

 いわゆる『当ててんのよ』どころの騒ぎじゃない。意図せず『押し付けてんのよ』になってしまっている。

 大慌てで頭から腕を放したところ石動さんはと顔を上げた。


「ち、窒息するかと思った……。今のお饅頭みたいなのなんだったんだろう」

「ごめん、これ。苦しかったよね?」


 俺が胸に手を当てて答えると、状況を察したらしく石動さんは顔を真っ赤に染め離れていった。


「あー……えっと、かばってくれてありがとう。美空さんはなんともなかった?」


 彼女から手を引っ張られ起きあがり、学校を出たあともお互いに言葉数は少ないままだ。


「それにしても舞には驚いたよ。去年あれほど頑張ってた陸上まで辞めて同好会なんてね」


 今のところ共通の話題と言えばこれくらいしかない。石動さんに話を振ると微笑んでいる。


「あの子、いつも突拍子もないこと言うから慣れちゃった」

「舞とはいつからお友達なの?」

「小学校からだからもう十年くらいになるかな。私、こう見えて結構おっちょこちょいでね……舞には助けてもらってばかりなの」

「もしかしてさっきつまずいたのもそうだったりする?」

「うん。なにもないところで転んだり」


 直後隣にいたはずの石動さんの姿は忽然こつぜんと消え、よく見ると言葉どおり段差のない地面に伏せていた。

 なによりも衝撃的なのはスカートの中の純白が丸見えということだ。ついに俺は天音以外の女の子の下着を目撃してしまった。

 目のやり場に困りながら駆けつけ肩を貸す。


「ねえ大丈夫?」

「うう……美空さんの前で恥ずかしい」

「あ、膝すりむいてるよ。少しだけじっとしててね」


 持たされていた絆創膏で応急処置を済ませると、石動さんは申し訳なさそうにこっちを見ている。


「今日はちゃんと歩けてるつもりだったのに。迷惑ばっかりかけて本当にごめん」

「そんな風に思ってないから謝らないで。そうだ、こうすれば転ばないんじゃないかな?」


 手を繋ぎ始めて少し経った頃、すれ違う人達からちらちらと視線を感じる。

 天音は女子同士なら自然なことだと言っていたが、実際こういうのは目立つのだろうか?

 でも今さら離すのも悪い気がする。いや違う、俺は離してしまうのが惜しいと思ってるんだ。

 ふと気付けば石動さんがこっちを見ていた。


「今日は髪型違うんだね。本当はずっと言いたかったんだけどそれどころじゃなくて……」


 天音によるとこれはツーサイドアップといって、ロングとツインテールのいいとこ取りのようなヘアスタイルらしい。


「どうかな……おかしいところとかない?」

「ううん、とっても似合ってるなと。あ、美空さんああいうのやったことある?」


 石動さんはちょうど通りかかったゲームセンター内にあるプリクラの機械を指差している。

 もちろんやったことなんてないし、仮に頼まれても丁重にお断りするだろう。

 だがそれは男の時の話であって今は興味しかない。


「ほら、もっと顔近づけないと入らないよ」


 完全なる二人きりの空間で、石動さんの息遣いが聞こえてくると胸の鼓動が速くなるのを感じる。


「え、こう? ね、ねえ、これどこ見ればいいの?」

「……緊張してる美空さんも可愛い」


 囁く声に耳がぞわぞわして、それと同時に顔まで熱くなるのを感じる。

 クールなドジっ子。

 ここまでで余すところなく石動さんの隠された魅力を理解できていたはずだった。

 唐突に真剣な表情をした彼女がこう切り出すまでは。


「あの。美空さんはいっぱい食べる女の子ってどう思う?」

「わたしは作る専門みたいなものだからなぁ。美味しそうに食べてるとこ見たら嬉しくなっちゃうかも」

「本当に本当にいっぱいだよ。それこそ男の人でも引いちゃうんじゃないかなってくらい」

「もしかして石動さんがそうなの? それなら一度見てみたいな」


 そうして連れてこられたケーキバイキングのお店はやっぱり女の子ばかりだ。

 だがこの程度でもはや物怖じなどはしない。

 ケーキ二つとコーヒーをトレーに乗せテーブルに堂々着席。

 すると石動さんの目の前には十を越えるだろうケーキが立ち並んでいた。


「わあ、それ全部いけちゃうの?」

「今日は控え目な方だけど」

「それでも十分すごいと思うよ」


 しばらく様子を眺めていると問題に気づいてしまう。

 それは石動さんの食べている時の所作だ。

 頬を上気させうっとりしながらケーキを口に運んでいくのだが、時折吐息が漏れる声も相まって普段より色気が増幅されている。


 おまけに一つ食べ終わる度に癖なのだろうけどと舌なめずりを欠かさない。

 食事の仕方は性的なことと関連があると聞いたこともある。


「はあんっ……とっても美味しかったぁ」


 もちろん憶測でしかないがまるで事後を思わせる。

 直感的に身も蓋もない言い方をすると、この子はものすごくいやらしい。


「すごいね、全部食べちゃうなんて!」

「それで……ど、どうだった?」


 あっという間に平らげてしまった石動さんは緊張気味に俺を見つめている。

 なるほど、あの魔性の雰囲気は無意識に出てしまっているのか。

 舞が昨日思わず漏らした『ピンクは淫乱』……まさかな。


「やっぱりエッ」

「えっ?」

「じゃなくてわたしは好きだよ。そうだ、今度家でご飯食べていかない? 同好会のこともあるし天音にも一度会ってほしいんだけど」

「美空さんのお家……本当に行っていいの?」

「もちろんだよ。いつでも大丈夫だから声かけてね」


 約束を取り付けこの日はお開きになった。

 時は変わって翌日の学校。四限目は体育なのだがまたもや俺に試練が訪れている。

 それは男子禁制の園、女子更衣室で着替えるというハイレベルミッションである。


「葵ちゃんどうしたのー? 早く行かないと授業始まっちゃうよ」


 教室から踏み出せないでいると舞が背中を押してくる。


「緊張というかなんというか」

「そっか、まだ慣れきってないもんね? それじゃうちについてきなよー」

「ありがと。舞がいてくれて本当に助かるよ」

「ふふ、恩はいくら売っといても損はしないからねー」


 更衣室の扉を開けると、色とりどりの下着をまとったクラスメイトからの視線が一斉に集まる。ここで不審な動きだけはしないようにしなければ。

 俯き加減に歩きながら空いているロッカーを目指す。


「ちょっとちょっと、葵ちゃんばいんばいんすぎでしょ! これはクラスの男子諸君には目の毒だなー」

「もう……くすぐったいからやめてよ」


 舞は関心するように俺の胸を軽く突っついてきた。

 薄緑色の下着のこいつは、さすがに天音ほどではないがサイズ的には小さめのようだ。


「おや、おっぱい貴族様はうちの貧乳にご興味が?」

「誰が乳貴族よ。そうじゃなくて可愛いブラしてるなと思って」

「そこがわかるとはお目が高いねー。興味があるなら今度見にいってみる?」

「だったら石動さんも一緒がいいかなぁ」

「うんうん、みゆっち言ってたよ。昨日デートした仲だもんね?」


 あれこれと話をしているうちに着替えは終わり体育館での授業が開始された。

 種目はバスケットボールなのだが、揺れるこの体のせいでできることならあんまり動きたくない。

 おまけに遠くの男共からの視線も感じつつあるから尚更だ。


「そういえば同好会の進捗しんちょくはどう?」


 俺はワンバウンドさせるようにボールを投げたが、舞はといえばキャッチできずに後ろの方まで全速力で追いかけていく。

 こいつは球技が苦手のようでこうしてだらだら話すのに向いてそうだ。


「ぜーんぜんだめ……」


 舞は肩で息をさせながら転がすようにボールを返してきた。


「そうなんだ。なかなか大変そうだよね」

「あ、でも。噂によると近々転校生が来るみたいなんだー」

「もしかしてこのクラスに?」

「そこまではわからないんだけど、多分二年ってことだから期待できるかも?」


 舞の計画がなかなか進まないようなら協力してみるのもいいかもしれない。

 昨日思い切って石動さんを誘えたように、今後は待ってるだけじゃなく自分から働きかけていこう。

 女子として振る舞うようになってから数日。俺の中ではなにかが少しずつ変わり始めていた。

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