第8話 初活動!
「皆いいねいいね。思ったとおりとーっても可愛いよ!」
翌日の放課後、調理実習室にて。
着替え終わったばかりの全員を眺めてご満悦な様子の舞に俺は声をかける。
「あれ、舞も着てるんだ?」
「一人だけ制服なのはおかしいしね。うちだって一体感を生むためにはなんでもやるよー」
確かカーテシーとか言うんだっけな。
メイド服姿の舞はスカートの裾をつまんでちょこんとお辞儀をした。
「本当にそれだけが理由?」
「やっぱりわかっちゃっう? 制服から学校バレするのは防がないといけないのよー。ま、うちが映りこむことはないんだけど一応ね」
「せっかくだし皆で交代してカメラ回そうか?」
「ううん、その気持ちだけで十分だよ。なによりうちは外から眺めてるのが一番たぎるの!」
そう言って舞は最終チェックと称し離れていった。
言葉の意味はよくわからないが楽しそうでなによりだ。
それはさておき、このスカートはあまりに短すぎて下手すると丸見えになるのではないか。
確認のためひらひらさせているとミーアが近くまできていた。
「わぁお。葵サンがセクシーポーズの練習してます!」
「ってこれは違う!」
「そんなに照れなくても可愛いでーす! あ、ちょっとダケお時間いいですか?」
「急にキスとかしないならいいけど」
「今はしませんですからここに並んでくださいね。何枚かヨロシクお願いしたくて!」
隣り合うミーアとツーショットで写真を撮ったあと、一緒にスマホを覗き込み確認する。
うん、意外と様になってる。メイド服もなかなか悪くないものだな。
ただここで違和感があるとすれば、彼女の頬が俺の頬に当たるような超至近距離にあるということだ。
思わずあのキスが頭をよぎる。
陽気なミーアにとっては普通のことなのかもしれないがどうにも落ち着かない。
「もしかしてキンチョーです?」
「こういうのあんまり慣れてなくて」
「安心してください。アタシに身をゆだえてもらえれば悪いようにはいたしません!」
「そこはゆだねてじゃない?」
「そうとも言いますね!」
ミーアはにかっと八重歯を見せながら俺の腰に手を回してきた。本当遠慮なくグイグイ来る子だな。
「葵サンはすごくいい匂いがしますね!」
「あ、ちょっと」
「なんだかアタシもドキドキしてきました!」
ミーアのさらさらな髪の毛が俺の首元に当たり、距離を取ろうとすると詰めてくる。
そんな攻防をしていると少し離れたところで
天音のことだから挨拶どころか今頃世間話くらいはしてそうだな。
そうこうしているうちに舞が戻ってきた。
「はい皆、お楽しみのところ申し訳ないけどそろそろ始めるよー。主に進行はうちがやるからいつもどおりよろしくね」
「えーっと今日は、お、オムライスを……」
そうして動画の撮影が開始したのだが、普段どおりと言われると余計に意識してしまう。
声はうわずり顔が熱くなっていく。
次の言葉が出ないでいると正面から舞がいい笑顔で近づいてきた。
「葵ちゃん緊張しすぎー」
「ごめん、最初から撮りなおして」
「いやぁこのまま回しっぱなしでいくよー。葵ちゃんの恥らう姿なんてなかなかお目にかかれないだろうし!」
「この、覚えてなさいよぉ……」
「大丈夫だよあお。頑張って」
石動さんが小さなファイティングポーズを取り、その隣では「ふぁいとー」と天音とミーアが手を繋ぎあい応援している。
よし、こうなったらいつもより大げさに演じてやろう。
俺は深呼吸をすると散々練習した笑顔でカメラの前に躍り出た。
「今日はオムライスを作っていきまーす。皆、準備はいいかな?」
「おー!」
三人が元気よく握り拳をあげるのを見て俺は包丁を取り出す。
「じゃあまずは野菜とお肉からだよ。今からやり方を見せるから真似してみてね」
食材をちょうどいい大きさに切り分けていくとわーとそれぞれから声があがる。
いつも一人黙々としてるのもあってなんだか悪くない気分がしてきた。
「すごーいです。アタシも葵サンみたいになりたいです!」
「じゃあ一緒にやってみる?」
「葵センセー、お手柔らかく!」
「お手柔らかに、ね」
俺はミーアの背後に回り手ほどきする。この胸のせいで体同士が密着しているのは我慢してもらおう。
「わぁお、葵サンはソービッグ」
「うん? 左手は猫の手ね。それから右手はこうしてゆっくり。わかった?」
「なるほど、キャットですね!」
炒めの工程まで何事もなく終わり、チキンライスができたところでお次は卵割りだ。いつものように手早くボールに割り入れて他の三人にも促す。
石動さんとミーアは問題なくこなしたが、天音だけは殻を大量にぶちまけてしまった。
このままでは歯ごたえとカルシウム十分なオムライスは確定だろう。
「わー……やっぱりだめだったぁ!」
「こうやるんだよ。肩の力は抜いてね」
「こんこんだね。わかったおねえっ」
隣に立つ天音にコツを教えたあと今度は一人でやってもらう。
一つ二つと続けてうまく割ることのできた天音は、カメラに向けて得意げにアピールしだした。
「見た見た? あたしに卵はお任せあれー!」
「じゃあフライパンもやってみようか?」
「ひぃ、火はまだ早いと思うよー。ここでみゆさんにバトンタッーチ!」
「え……天音ちゃん?」
天音にぐいぐい押されながら近くまでやってきたのはよかったが、やはりと言うべきか石動さんはつまずいた。
このまま転べばまたパンツが見えてしまい、映像として残ってしまうかもしれない。
そうはさせるか。
例によって俺は彼女の体を支えようとした。
「大丈夫?」
「ありがと、あお」
抱きつく形で見つめ合っていると舞のにやにやする顔に気がつく。
「次の工程はなんだったかな、葵ちゃん?」
「えっと、最後はこのチキンライスを卵で包んでいきまーす!」
石動さんに教えたあと全員分を仕上げ、最後にケチャップで好きなように飾り付けてもらうことにする。
天音は大きなハート、ミーアはLoveの文字、そして石動さんは俺の似顔絵と三者三様の特徴がよく表わされていた。
「はい、アーンしてください!」
そうして食事の時間となったのだが、俺はミーアからスプーンを差し出されている。
「自分のあるから大丈夫だよ」
「いいえいいえ、こういうのはココロが大事なのでーす!」
強引に食べさせられてしまった。
「じゃあ私も。あお、口開けて」
「みゆまでどうして……?」
「はいはい、だったらあたしも!」
石動さんだけでなくノリノリの天音まで加わったのは言うまでもない。
結局全員で食べさせ合う流れになっていき、こうして初めての活動はお開きとなった。
「ほんっとおねえは揉むの上手くなったよね」
「上手い下手とかあるのそれ? ていうか別にわたしは揉まなくていいんだけど」
「だって柔らかくって気持ちいいんだもん!」
そして今は帰宅していて風呂から出たところだ。
バスタオル一枚姿の天音は牛乳を一気に飲み干しグラスをテーブルに置いた。
「ぷはー、お風呂上りはやっぱりこれだよね!」
「飲みすぎはお腹壊すよー」
「おねえにはあたしの気持ちなんてわからないと思いまーす!」
「まあほどほどにしなよ。あとちゃんと服着てね?」
はーいと元気な声を背に俺は自室へと上がっていく。
『葵ちゃんお疲れ様! 今日の動画早くもすごいことになってるよー』
スマホを見ると舞からのメッセージが届いていた。
教えられていたチャンネルページを開くと登録者数は一万を越えていて、動画の再生数は五万ほど。
投稿されてからわずか数時間で異常な伸びを見せているようだ。
振り返ってもそこまで見せ場という見せ場はなかったと思うんだけどな。
『舞もお疲れ様ね。今日みたいな感じなら無理なくできそうだよ』
メッセージを返信したところでドアをノックする音が聞こえた。
「おねえ、入るよー」
「どうしたの? またなにか言い忘れ?」
「今日から一緒に寝ようと思って。だめぇ?」
髪を下ろした天音は首をかしげている。
「仕方ないなぁ。ほらおいで」
特になにを話すでもなく天音は胸の中で寝息を立てている。
そういう話はしたこともないが、本当はもっと母親に甘えたかったりするのかもしれないな。
今の俺にできることならなんでもしてあげよう。
そう思いながら天音の頭を優しく撫でた。
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