第3話 どんなパンツはいてるの?

「さて、行こっかおにい!」


 あの揉みしだきの洗礼はさておき、家を出た俺達は最寄りの大型デパートを目指している。

 服装はパーカーとジーンズ、それからスニーカー。これらは元々持っていたものだがかなりぶかぶかになってしまっている。

 不恰好だとは思うが天音が言うにはこれなら透けたりしないだろうとのことだ。


「どうした忘れ物か?」


 ふと隣に視線を向けたところ天音は立ち止まりと考え込んでいるみたいだ。


「さっきから気になってたんだけどね。外だとその喋り方目立つと思うんだよー」

「ああこれか? 正直どういう風に振舞えばいいのかさっぱりわからなくてな」

「ねえ、おにいは男っぽくない言葉づかいとかできない?」

「できるわよ」

「うわぁ……。たった一言で嫌な予感させるのうまいね」

「あら、天音さんご機嫌麗しゅう。本日もいいお天気ですわね!」


 よし、直近で履修していた令嬢ものがすぐに役に立った。俺の記憶も捨てたものじゃないな。

 お兄ちゃんは割といい線いってると思ってたのに、天音ときたら心底呆れ返るように首を振っていて心外というほかない。


「ちょっとちょっとー。そういうのはいいから真面目にやろうよ? 友達に接する時みたいな馴れ馴れしさをイメージしてみて!」

「おはよう。天音は今日もすっごく可愛いね! こんな感じでどうかな?」

「よく言われる! あっ、じゃなくて……いいと思うよ。歩き方はあたしの真似して。それから座る時は足を閉じることっ」


 頬を染め髪をいじりだすのは照れた時の天音の癖だ。

 道すがら試しにウォーキングをしてみるも、これが想像していた以上に大変で足が慣れている方向に開いてしまう。

 女の子になりきるのもなかなか大変そうだな。


 そうして自然な受け答えの練習をしているうちに到着。デパートに入るまでは意気揚々、来るなら来いの精神を保っていたはずだった。

 それがどうだろう。

 店内のランジェリーショップに差し掛かった途端、カラフルな下着の数々に圧倒されてしまい俺の視線は定まらなくなってしまった。


「天音さん。俺……わたしここに存在しててもいいのかな」

「ちょっとお姉ちゃん、堂々としないと怪しまれるよ。外見は完全に女の子なんだから自信持って! さ、まずはサイズを測ってもらいにいこ」

あねさん、一生ついていきます」

「ふふっ、あたしにお任せあれだよ。すいませーん、この人の採寸お願いしていいですか?」


 試着室に二人きり、俺は女性店員さんの言うことに従ってじっとしている。こういう時なにも話さなくていいよな?

 トップがどうとかアンダーがどうとか言ってたが、結局よくわからないまま採寸とやらは終わってしまった。


「むうう……おねえちゃんEもあるじゃん。やっぱり大きいなあ」

「なんか肩こりそうな気がしてきた。胸って想像以上に重たいものなんだね」

「あのぉ、それあたしにはわからない感覚なんだけど……? さて、フリフリのとか際どいのとかあるけどどんなのが好み?」

「よくわからないしごく普通のやつでいいと思う。天音に選んでもらえると助かるんだけどだめ?」

「そうだよね、そうなるよねー。急にこだわりとか語り出したらどうしようかと思った!」


 ナイスだ俺。下着に並々ならない造詣ぞうけいがなくて命拾いした。

 変なところで天音からの好感度を下げてしまうのは避けたい。それはもちろんあの塩対応モードが深く脳裏に刻まれてしまっているからだ。


「で、わたしはどうしたらいいの?」

「その前に好きな色をいくつか挙げてみて!」

「まずは黒でしょ。それから青。あとは無難に白かな。なにかの心理テスト?」

「それはあとのお楽しみ! じゃあちょっと向こうで待っててねー」


 天音の指差したベンチに腰掛け周りの様子を眺めていると、同じく下着を買いに来たのだろう女の子が店に入っていく。

 完全に男だった俺もああいう風に見えてるのだと思うとやっぱり不思議な感じがするな。

 そんなことを思っているとスマホが突然鳴った。


『ねえ葵ちゃん、今どんなパンツはいてるの?』


 このセクハラ親父の魂を煮詰めたようなメッセージは舞からだ。俺が女になってしまったことによりいつも以上に調子に乗っているのだと思われる。


『お前はどうやらブロックされたいようだな』

『やだなあ、これはごきげんようくらいの意味合いだからお構いなく。ところで今はお家にいるの?』

『いや、天音と一緒に今後必要になるものを買いに来てるよ』

『そっかそっか。もし天音ちゃんいなかったら今頃大変だったんじゃない? でね、制服なんだけどなんとか用意できそうだよ』

『そこまでしてもらって本当悪いな』

『うちら友達でしょ。だから気にしないでいいよー』


 舞は基本的に残念側の人間なのだが、昨日のことといいという時は頼りになる。

 天音が小走りでこっちに向かってきているのを見て、俺はスマホをポケットにしまい立ち上がった。


「お待たせー。じゃあ次のお店だねっ!」

「服だったっけ? よくわからないしTシャツにジーンズとかでいいと思うんだけど」

「だめだめ。せっかくの女の子なんだから可愛いの着なくちゃ」

「だからいいって言ってるのに……」

「おにいはお姉ちゃんに生まれ変わったんだよ? いいから行こ!」


 結局強引に腕にひっつかれながら別の階の店に入った。

 ここも女性ばかりなのだが、少し慣れたようで目が泳がなくなってきたような気がする。

 清四郎と男ものを見てた時と比べてどこか華があって意外と悪くないかもしれない。

 段々と楽しい気持ちになってきたのも束の間、目の前には可愛らしい桜色のワンピースが差し出されている。


「さすがにその色はちょっと派手じゃない?」

「春らしくていいじゃん。あとこれのつけかた教えてあげる」


 天音はなにかの包み紙を見せたあと俺の腕をぐいと掴んだのだが、すでに拒否権なんてものはなさそうだ。

 そのまま試着室に連れ込まれていく。

 しかし……ふむ。


「それはブラジャーというやつですよね天音さん」

「どうして急に敬語になるの?」

「なんでもない続けてくれ」

「よく見ててね。まずここをこうして――」


 天音は俺がさっき答えた色の下着を買ってきていたようだ。

 柄は地味すぎず派手すぎずのラインをうまく攻めているようで、さすがは女における先輩といったところか。

 そうして何度か試行錯誤しながら一人で身につけられるようになり、抵抗が薄れてきた勢いでワンピースに袖を通す。


「ど、どうかな……。なんか変じゃない?」

「ぜーんぜん。思ったとおりすっごく似合ってるよ! このまま着ていっちゃおうか」


 そのあとも買い物は続いていき最後は喫茶店で食事をして帰宅した。


 天音が風呂に入ったのを確認すると、おもむろに部屋の鍵を閉め鏡の前に立つ。

 目の前には胸をはだけさせた女の子。もちろんそれは俺なのだが、心身ともに健全な男子がここですべきはただ一つだろう。


 これより行うのは保健体育の実習。人体の神秘への知識欲。女性について勉強するだけ。そう、決してよこしまな気持ちではない。

 自らの胸を鷲掴みにすると、手の平全体にぽよんぽよんとマシュマロのような感触が伝わる。

 なんだこれ。柔らかすぎないか?

 すぐさま幸せな気分になり、できることならずっと触っていたいと思ってしまうほどだ。


 気を取り直し続いてはパンツを脱ぎ捨てる。天音によるとショーツとも呼ぶそうだが今は正直どっちでもいい。

 これまでトイレの時は恐る恐るであまり見ることができなかった。それでも感じていたのは生まれてこのかた鎮座していた相棒の不在だ。

 そして今まさにまじまじと観察しているが、男の時に生い茂っていたものは一切見当たらない。

 これ触るのちょっと怖いな。

 こっちに関してはわからないことばかりで、今後さらなる研究が必要になるだろう。


 観察後、下着と寝間着を身につけベッドに横になるとすぐに眠気に襲われた。

 もしかしなくても朝から慣れない出来事ばかりだったせいだな。


「そうだった、おにい――」


 遠くからの天音の声を耳にしながら俺の意識はどんどん沈んでいった。

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