第24話 おねえのお部屋のおラノベ

「お二人とも本当にお疲れ様でした! 今日はジャンジャン飲みましょう食いましょうです!」


 ここはコミケの打ち上げにと立ち寄った会場近くのファミレス。

 周りの参加者らしき人達も同じことを考えているのか、と賑わっていてなにかのパーティーのよう。

 そんな雰囲気の中、ミーアは勢いよく立ち上がると黄金色の液体が入ったグラスをかかげた。

 ……目を凝らしてみると炭酸らしきものがしゅわしゅわしている?


「待って待って。それってアルコールなんじゃ」


 すぐに問いかけたけど当のミーアは気にする様子もない。

 それどころか得意気な表情を浮かべながら、「これですか? オレンジジュースとソーダとあと色々入れたですけど忘れました。とにかくアタシ特製のノンアルコールスペシャルジュースです!」ときた。

 まったく、ややこしいにもほどがある!


「今さらっと怖いこと言ったよねー?」

「いいえ舞さん。どこも怖くないでーす! お一ついかが?」

「いやいや、いらないいらないー」

「これがおいしいですのに!」


 デスジュースを勢いよく飲み始めたミーアを見て笑う舞。それはそれとして。舞は舞で戦利品と称した紙袋を両手に終始ご満悦の様子だった。

 そんなこんなで乾杯をすませるとテーブルに並んだ料理に手をつけ始める。

 しばらく三人もくもく食事をしていると舞が俺の方を見ていた。


「そういえば葵ちゃんさぁ。途中いなかったけどどこか見てきたの?」

「おやおや、なにかお買い上げしましたですか?」


 そこにフライドポテトをかじりながらミーアも続いてきた。

 二人の期待するような目。そっかー。そんなにも知りたいなら仕方がないよね。

 もちろんひけらかすつもりは決してない!

 俺はとっておきを見せてあげようとバッグから一冊を取り出した。


「おぉ、レシピ本かぁ。葵ちゃんらしいと言えばらしいねー」

「最近マンネリ化しててね。だからこれで新しい刺激が受けられたらなっと」

「試作する時はぜひぜひアタシ呼んでくださいね! ――むむ? よくみたらこれ、SNSで話題のお方のご本じゃないですか?」

「うんうん、確かにそんな感じの名前の人だった気がするー」


 俗世に疎すぎるのも考えものかもなぁ。

 そんなことを痛感しながら、わいわいと会話に花を咲かせる二人を尻目に俺はデザートのチョコレートパフェに口をつける。

 甘いものはいくらでも入るなんて、おおげさな表現だと思ってたけど本当だった。

 いつの間にか大好きになってしまっていた生クリームを頬張り、次々と食べ進めているといつの間にかミーアが隣に来ていた。


「葵サン葵サン、見てください。こちらはやくも拡散されていますですよ!」

「うん?」


 ミーアから向けられた画面にはコスプレ衣装に身を包んだ女の子の写真が映っていた。ノリノリなポージングは置いといてこの顔には見覚えしかない。


「あの、この人ってさ……」

「もちろん昼間の葵サンですよ!」

「待って。なんで勝手にアップしてるの?」

「またまたご冗談を。よくわからないし好きにしてって言ったのは葵ちゃんじゃない? それにこんなに可愛いんだから皆に見てもらったほうが絶対いいよー」


 正面の舞はとにかくめちゃくちゃ早口でまくし立てたあと、満面の笑みでウインクした。

 確かに聞かれた時面倒くさくて適当なやり取りをしてしまった。その上この二人が要注意人物なのを忘れていた。

 ……。

 んー。まあ、どうせSNSかくう上のことだし直接影響がなければいいか。

 そんなわけで場の雰囲気もあるし追及するのはやめておいた。


「おっかえりー!」


 そのあとはなにごともなく帰宅してドアを開ける。

 その瞬間、天音がみぞおち目掛けて飛び込んできた。これは完全に危険行為であるショルダータックルの型。親しい間柄にあってもルールを違えてはいけない。

 やられること通算三度目の俺としてはさすがに予測できる動きだ。


「させるかっ!」


 ひらりと体をかわすと天音はそのまま壁に突っ込んでいき、続けざまにまるで猫のような受身を取ると恨めしそうに俺を見た。


「ちょっとちょっと、なにするのー? 今のはおねえへのほんの気持ちだよぉ?」

「普通そういうのは別の行動で現れると思うんだけど。じゃ、わたし疲れてるから」

「むーむー!」


 天音の抗議するような声をすり抜けてお風呂場の扉を閉めた。

 身体を洗ったあと浴槽へゆっくりと浸かる。

 慣れないことばかりで疲れたけど楽しかったな。

 今日の出来事を思い返しているうちに瞼が重くなっていった。


「んんっ?」


 次に気がついた時には板のようなものが背中に当たっている。

 どくんどくんと鼓動のようなものを感じることからこれは人肌だ。

 そしてこのシャープさ。言い換えて質量の寂しさは身近な人間が間違いなく有している。


「もー、いま絶対失礼なこと考えてるですわ!」


 振り返るとやっぱり天音が背後から抱きついてきていた。もちろんなにも着ていない状態で。


「人が寝てる間になにやってるの?」

「なにって、おねえを人肌に温めておこうかとですわ!」

「わたしは草履か!」

「えー……っと? うん。うん、まあそんな感じですわ! それでどうですわお嬢様?」


 その反応から、天音はとりあえず言ってみただけで意味なんてわかってない。

 それはさておき。女の子同士のスキンシップには慣れてきてはいるけど、素肌同士が密着するのは例え妹相手でも落ち着かない。

 ただ、今変に抵抗しても騒がれるだろうしされるがままに身を委ねることにする。


「おかげで大分暖まってきたよ」

「それはよかったですわ~!」


 天音がさらにぎゅっと密着し妙にとしたものが当たる。

 それまではよかったのだけど、密着状態から揺れる天音からは「んんっ……」と色気を感じる声が漏れ始めてきている。

 俺は慌てて身をよじって離れた。


「で、さっきからその口調はなんなの?」

「あらあら、ようやくお気づきに? おねえのお部屋のおラノベを拝読しましたの! それでいかがですのあたしのおもてなしっぷり?」


 もしかしてあの令嬢もの?

 ああ、確かに人肌で温めあう描写――というか内容はほぼR18ものだった……!

 いけない。健全を地でいく天音にはよくない。あれはあとで処分いんめつしておくとして、このままこのノリを続けさせるわけには。


「元の話し方のほうが可愛かったよ。今のは天音に全然、ぜーんぜんあってないんだから!」

「なーんだ。だったらそう言ってよぉー!」

「でもどうして急に人の部屋のものを読み出したの?」

「だってだって、おねえがいなくて寂しかったんだもん! ご飯だって冷たいし……」

「え? でもレンジで温められるようにしてあったでしょ?」


 俺がそういうと天音は正面にまわって来た。


「冷蔵庫のはあったかいんだけどなんか冷たいの。でねでね、気づいたんだけどあたしが好きなのはおねえのできたてのご飯だったんだ!」


 満面の笑みを浮かべる天音。

 そっか。俺は天音の気持ちを理解できないで、軽い気持ちで外出してしまっていたんだ。

 あまりに無責任すぎた。

 すっかり親代わりになれてると思ってた自分が恥ずかしい。


「ねえ、天音はなにが食べたい?」

「カレーでっす!」

「今からだとちょっと時間かかるけどいい?」

「ふっふー、もっちろんあたしもお手伝いするよぉー!」


 お風呂から出ると早速キッチンへ。

 下ろしたままの髪をひるがえしてくるくるっと軽やかに回る。と天音は見るからに上機嫌だ。

 卵も上手く割れなかったのが嘘のように手際が良く様になっている。


「もしかして隠れて練習してる?」

「へへ、やっぱりわかっちゃう? 少しでもおねえみたいになりたくて!」

「そっか、偉いぞー」

「もっと褒めて褒めてー」

「この欲しがりさんめ」


 頭をなでると天音は微笑みながらテンポよくニンジンを切り始めた。

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