第19話 期待してる?

「今までだまっててごめん。本当はあたしクールなんかじゃないんだ」

「天音ちゃん、急にどうしたの?」

「ミサちゃんたちに嘘ついたままなのが耐えられなくなって! ……ねえ、こんな感じでどうかなぁ?」

「いいんじゃないかな。でもさ、揉みながらなのは真面目にやってるとは思えないよ」


 今浴槽の中で天音と向かい合っている。

 正面から伸びた両手は俺の胸をがっしり鷲掴みにしていたのだけど、それを指摘すると離れていった。


「ごめんなさーい。でもでも、おねえのおっぱいってなんか落ち着くんだよね! それにまた育ってるみたいだし?」

「ミーアみたいなこと言わないの!」


 あははと笑う天音は少しも悪びれる様子がない。やっぱりいつも触らせてるのがいけないのかも。

 どう注意したものかと考えていると、天音は自分の胸をじっと見つめため息を吐いた。


「あたしは成長してるのかなぁ」

「うん?」

「少しはおっきくなってる? ねえねえ、おねえはどう思う?」


 天音は言うまでもなく起伏のない体をしている。

 だけど、ここまで真剣な様子を目にしてしまった以上正直な感想を伝えるのもな。

「なにも変わってない」なんて言ったらこの子は落ち込んでしまうだろう。


「うん、ちょっとずつ大きくなってる……気がする」

「それ本当に本当?」


 天音は言いながら真顔で迫ってくる。

 珍しく圧を感じるけど目をそらすと疑われてしまうかも。


「まだまだ成長期なんだしこれからわかんないよ。いいからお姉ちゃんを信じなさいって」

「そうだよね、おねえの言うことに間違いはないもんっ。じゃあこれからもご協力お願いしまーす!」


 天音は勢いよく胸に飛び込んでくると頬をすりすりしてきた。

 髪が当たってくすぐったいのはともかく、天音の甘え上手な性格ならうまくやっていけるはず。

 そう思いながら頭を撫でると天音は嬉しそうにしている。


「そうだ、明日のこと覚えてる?」

「はいはーい。ミーアさんのとこで配信だよね!」

「どうしても皆に来てほしいみたいだね。それから一つ驚くことがあるかも」

「え、なにそれぇ。知りたい知りたい教えて!」

「今教えたらなにも意味がないでしょ。明日になってのお楽しみー」


 そうして次の日の朝食後。

 天音はいつものように髪をセットしているのだけど、よく見ると鏡の中の俺はツインテールになっている。

 そういえばこの髪型は初めてかもしれない。


「どうですかお客さん。今日はいつもの逆を意識してみましたっ!」


 天音はふふんっと上機嫌な様子でポニーテールを揺らす。


「似合ってるよ」

「いえいえ、お姉さまほどでは! じゃあ服は例のでいこっ!」


 お揃いのデザインのノースリーブのトップスとミニスカートは露出も高くかなり開放的な気分になる。

 スカートのスースーにもすっかり慣れてきた。

 すれ違う人からの視線を感じながら道中を進んでいくと、あらかじめ教えてもらっていたミーアの家に到着した。


「お二人とも、ようこそ我が家へ! 今日は精一杯オモテナシしまーす!」


 和風メイド服姿のミーアに出迎えられ、通されたのは彼女の部屋だ。

 畳にふすま、障子などが目を引く。

 そこは想像していたものとはまったく違う空間が広がっていた。


「なんか意外だよね。すごく日本的というか」

「なにを隠そうアタシ、ジャパニーズスタイルのお部屋にずっと憧れていまして!」

「そういえば前に買ったフィギュアって飾ってないの?」

「それならばこちらです!」


 ミーアがと押入れを開けると美少女フィギュアがずらっと立ち並んでいる。

 そのほかにも、設置されたハンガーラックにはコスプレ衣装の数々が掛けられていた。


「いいねいいねミーアちゃん。すっかりエンジョイしててうらやましいよー」


 そこへやってきたのは舞でしながら中を覗き込んでいる。


「それほどでもですよ舞サン! おや、みゆサンはまだですか?」

「それが夏風邪みたいでさ、今日は無理そうだって言ってたよー」

「それは残念でーす。ではみゆサンの分まで頑張らなくてはなりませんね!」


 一人意気込むミーアはさておいて、石動さんのことが気にかかった俺はメッセージを送信しておく。


『風邪ひいたって聞いたけど大丈夫? 元気になったらまた遊ぼ!』


「葵ちゃん、はいどうぞ」


 そうして舞からスマホを受けとると配信アプリを起動した。


「どうも葵でーす。今日はみゆがお休みなので代わりにこの子が登場するよ!」


 自分に向けていたカメラを反対側に向けると、舞は小さく両手を振った。


「どうしてもって言われてね。やっほー、いつもカメラやってる舞だよっ」

「もしかしてサプライズってこれぇ!? ミーアさん知ってた?」

「いえ、アタシも初めて聞きましたですよ! 葵サン、イッタイ何事です?」


 天音とミーアは続々と驚きの声をあげた。


《きたきたー。あれ、今日は姉妹の髪型が……?》

《うそ、あの舞さんですか?》

《声からして絶対可愛いと思ってた》

《おさげよき……! よき!》

《ガチのドッキリっぽい反応w》


 驚いているのは視聴者も同じみたいだ。


「わたしとみゆでお願いしてみたの。そんなわけで今日はこれでやっていくよ」


《はやくもレギュラー化希望》

《みゆちゃんはどうしちゃったの?》

《時々でいいんで葵さんのお顔も見せて欲しい》

《今日はなにするんだろ~》

《ミーアちゃんの一人だけ和メイドがヒント?》


「みゆは風邪ひいてるから出られないだけだよ。じゃあはじめよっか!」


 言いながらミーアにカメラを向ける。


「今日はアタシの和菓子教室でーす! ではでは、わらび餅とおはぎ作りますです!」


 キッチンに移動するとミーアはてきぱきと手を動かし始めた。

 俺は意外な特技に感心しながら、同じように取りかかる他の二人を画面に収めていく。


「あたしクリームもあんこもだーい好き!」

「天音ちゃん、ここついてるよー」

「わーい舞さんありがとっ」


 舞が天音の頬のあんをつまんでぱくっと食べた。

 二人はきゃっきゃっと楽しそうにしている。

 なるほど、こういう場面になるとコメントが加速していくんだ。

 舞の立ち振舞いはすごく勉強になっていい。


「カメラやるからおねえも映ってー」


 天音と交代した俺も同じようにお菓子づくりに参加する。

 せっかくだし舞にならって視聴者向けの動きをしてみよう。


「まーい!」


 背後から思いきり抱きつくと、舞は少しうつむいたあと笑顔を向けてきた。


「なになに? 急だからびっくりしたよ葵ちゃん」

「すっごくうまくできてるよね」

「ありがと。あとで分けてあげるー」


 他のメンバーとも食べさせあったり腕に抱きついてみたり。

 皆で楽しくわいわいやっているうちに配信は終わりの時間になってしまった。


《お疲れ様でした~》

《天音ちゃんにお菓子いっぱい買ってあげたい……》

《葵さんがいつも以上に積極的で大変よろしかった》

《たまにはカメラ交代するのもありすね》

《次回もすぐやって欲しいです!》


 反応をみる限りだと今日のやり方で間違いはないみたいだ。


「え、どうしたの?」


 トイレから出ようとしていると、ミーアは無言で俺を中へと押し込んでいく。

 突然のことに抵抗できないでいるとドアが閉まってしまった。


「やっと二人きりになれましたね」

「なんでこんなタイミングで来るの……」

「だって秘密のお話ですから。それで、そのあとはしてますか?」

「なにを?」

「もちろんホテルで教えたコトですよ!」


 そんなのあれ以外に思い当たることがない。こそこそと声を抑えてささやく。


「ま、まあ……それなりに?」

「本当葵サンの反応可愛いです。萌え萌えです!」


 ミーアが胸同士の当たる距離まで迫ってきた。


「ちょっと、さっきからなに言ってるの」

「攻められるのとても弱いですよね?」

「それはあんまり慣れてないから……っ」

「でしたら、引き続きアタシで慣れていって欲しいです!」


 そう言うとミーアは首筋に息を吹き掛けてきた。

 体がぞわぞわする。


「もういいでしょ?」

「まあまあ、もう少しだけですから。葵サンってやっぱりいい匂いします。これパフュームですか?」

「香水のことなら使ってないけど」

「そうでしたか! アタシ、葵サンの匂いもだーい好きですね!」


 続けて首筋やうなじをひたすらされて顔が熱くなっていく。


「そんな、犬じゃないんだからさ……」

「わぉ、犬ですか。だったらこんなこともしますよね!」

「ひゃん!」


 ミーアは耳たぶに舌を這わせてきて思わず声が出てしまう。

 こんなの続けられたらまずい。

 なのにミーアはスイッチが入ったようにやる気になっている。


「はあはあ……お次はどうしましょうか」

「もう終わりじゃないの?」

「まあそう言わずに」


 なにをするつもりなんだろう。

 どきどきしているとミーアの手が両肩に触れて見つめ合う。


「ねえまだぁ? あたしおしっこ漏れちゃうよー」


 この声は天音だ。

 ノックの音が響いた瞬間、声を出させないようミーアの頭を胸に押し付ける。


「ごめんね、もうすぐだからちょっとだけ部屋で待っててー」

「はーい!」


 危なかった。

 足音が遠くなったのを聞いてしたのと同時にミーアから距離を置く。


「もう出てもらっていい?」

「ハイ、色々とタンノウできましたので。やっぱり葵サンは最推しです!」

「まったくもう!」


 なんて迷惑そうに言ってみたけど、強引なミーアに対して不思議と嫌悪感はない。

 もしかして知らない間に期待してる?

 段々と慣らされているのを感じながら部屋に戻った。

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女体化したら振られた女の子との距離が近づいた件 ななみん。 @nanamin3

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