第8話 ラブレター、らしくって
喜ぶべきことの、はずだ。実際に、俺は嬉しく感じている。
だけど、俺は……
『ふふ、アタシとは普通にできるじゃんね?』
「……な、なんだか、恥ずかしいね。別に、初めてってわけじゃないのに」
照れくさそうに、右希は話す。昔は良く、手をつないでいたものだ。
幼馴染から、恋人へ。関係が変わっただけで、こうも気持ちが変わってしまうものなのか。手を繋ぐだけで、こんなにもドキドキしてしまうのか。
手のひらから、お互いの体温がお互いに伝わる。
俺に右希の温かさが伝わっているように、右希にも俺が伝わっているはずだ。
「……」
右希と手を繋げたことは、俺にとってとても嬉しいことだ。だというのに……頭の隅にはどうしても、もう一人の女の子の顔が、浮かんでいる。
手を、繋いだ。だけど、ただ繋ぐだけではない……指を絡め、しっかりとお互いの手のひらを密着させたもの。
いわゆる、恋人繋ぎと言われるものだ。
それだけではない。手を繋ぐどころか、俺と左希は、その先まで……
『先輩は、私のことお姉ちゃんだと思って。私も、先輩のこと……たっくんって、呼ぶから』
『髪の長さは……ちょっと、どうしようもないけど。アタシ、お姉ちゃんにそっくりでしょ?
身体だって、そうなんだよ。腕の細さも、お腹周りも、胸の大きさも……だから、ね?
『お姉ちゃんだと思って、シて? 『たっくん』』
「たっくん?」
「!」
……俺は今、なにを考えていた?
右希と一緒にいて、右希と手を繋いでいて……右希の存在を、感じているのに。
俺は今、右希じゃなくて、左希のことを……?
「あ、あぁ、ごめん……」
話すべき……だろうか? 左希と、関係を持ってしまったことを。
左希が彼女の代わりとして、彼女の……つまり右希のできないことを、する。練習を、する。その提案に流されてしまったこと。
正直に話して、謝って……そして……
……そして?
「っ……う、右希と手を繋いでるの、き、緊張しちゃって」
「! なぁんだ、もうたっくんったら。深刻な顔してたんだもん、驚かせないでよ」
結局、俺は左希と関係を持ってしまったことを、話すことはできなかった。
しかも、俺の適当な言い訳を素直に信じてしまった右希に、激しい罪悪感を抱いた。
ここで右希に話しても、右希を悲しませるだけだ。彼氏と妹に裏切られた、と思うかもしれない。
というか、事情を話したって、納得してもらえるとは思えない。
それがわかっていて流されてしまった俺に、それを正当化するつもりはない。ないのに、俺は言い訳を考えてしまった。
「……っ」
やってしまったことは、消せやしない……だったら。
もう左希とは、あんなことはしない。これしかない。左希だって、俺との関係を右希に話すことは、しないだろう。
言わなければ、バレることはないのだから……と。
そんな汚い考えが、俺の頭の中を支配していった。
「……あ。私、そろそろ戻らないと」
右希と手を繋いで、どれほどの時間が経っただろう。
数秒かもしれないし、数分かもしれない。もしかしたら一時間かも……まあ、昼休みが終わってないから、それはありえないんだが。
ともかく時間を忘れるくらいに、右希との手を繋いでいる時間が……俺にとっては心地よかった。
そんな俺の気持ちを戻してくれたのは、右希だった。
「まだ、昼休みは残ってるけど」
「実は、これもらっちゃって」
まだ昼休みは残っているが、そろそろ戻ると言う右希。
続いて、右希は制服の胸ポケットから、なにかを取り出す。その際、俺の視線が胸元に向いたのは、右希の手の動きに誘導されて、ということを強く訴えておきたい。
離れた手が、少し寂しい。
ポケットから取り出されたのは、紙……封筒だった。
「それは?」
「えっと……ら、ラブレター、らしくって」
「……は?」
困ったように笑う右希の言葉に、俺はすぐには反応出来なかった。
ら、ラブレター? 確かに、便箋はきれいで、それがただの手紙だと言い張るには無理であろう雰囲気が漂っている。
右希がラブレターを、もらう。それ自体に疑問はない。
右希は美人だし、成績もいい。入学当初から周囲から一目置かれる存在だ。そんな右希へのラブレターは、むしろ当然だろう。
問題は、
「だ、誰から……?」
「わかんない、下駄箱に入ってて。校舎裏で、待ってますって」
なんて、ベタベタな。今時ラブレターなんて古い、なんて言うわけではないが。
ラブレターで、校舎裏に呼び出しなど。そんなこと、今でも起こり得るんだな。
それにしても、相手はどういうつもりだ? 右希に彼氏がいることは、校内のほとんどの人間が知っているはずだ。
「それで……右希は、行くのか」
「う、うん。あ、もちろん断るよ?
でも、せっかく手紙を貰ったのに、それを無視するのは悪いかなって」
「……」
ラブレターを貰い、それに答えるために指定された場所に、今から行くというのだ。
名前もわからない相手からのラブレターなど、無視すればいいのに……と考えられないのが、右希らしいが。
だが、いくらなんでも危険だと思うが。
「俺も行こうか」
断るつもりなら、俺がいた方がやりやすいのではないか。
そう思ったが、右希は首を横に振る。
「ううん、大丈夫。クラスの仲良い子に、着いてきてもらうように頼んだから。
隠れてもらって、危なくなったら出てきてもらうように」
「……準備良いなぁ」
さすがの右希も、一人で指定された場所には、行かないようだ。
一応、そのあたりの危機管理能力はあったようで、安心した。
ラブレターを貰い、それに返事をするために向かう彼女の後を姿を、俺はいったいどんな思いで見送ればいいのだろう。
たとえ、断るためだとわかっていても。
「……戻るか」
屋上から去っていった右希が扉の向こうに消えたところで、俺も立ち上がる。
一人でこんなところにいる意味も、ないし。教室に戻って、戸田にでも愚痴ろ。
そう考えながら、俺は屋上を出て、階段を下りて……そこで、体が傾いた。
「!?」
突然のことに体は反応出来ず、足は動く。明らかに誰かが、俺の腕を引っ張っている。
そして、近くの教室の中へと連れ込まれる。
中は、空き教室だった。
「っ、おいなにを……って、左希?」
いきなり引っ張られ、空き教室に連れ込まれ……俺は、俺を引っ張った人物に文句を言うため、その人物を見る。
しかし、確認した人物の正体に、俺の言葉は止まった。
そこにいたのは、先ほど一足先に屋上から去ったはずの、左希だったからだ。
つまり、俺を空き教室に引っ張り込んだのは、左希?
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