第15話 いいよね、このまま……



「……っ、さ、左希さき……!」


 俺の膝の上に跨り、正面から抱きついてきた左希は……俺の頬に、何度も唇を落とした。

 その感覚がくすぐったくて、次第に胸の奥が熱くなってきて、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。


 さらに、いつの間にか左希の顔は俺の首に移動していて、今度は首へ唇が落とされていた。

 俺は倒れないように床に右手をつきつつ、左手で左希の腰に触れる。


 なんとか、体を離そうと思ってだ。だが……


「んっ……あはっ、先輩から触ってくれるなんて」


 軽く声を漏らした左希が顔を上げ、上目遣いで俺を見た。

 その妖艶な笑みに、俺の胸は高鳴る。


「い、いや、今のはちが……」


「いいよ……アタシも、嬉しいし」


 俺はただ、体を離そうとしただけだ。

 だが、片手だけでうまくいくはずもない。男女の力の差はあるが、俺は片手で左希は俺の上に跨り、全体重をかけている。


 それに、だ。触れた腰の細さに、柔らかさに、力が抜けていくのを感じる。

 左希は再び俺の首に唇を落としていく。


「っ……」


 くすぐったいような、気持ちいいような。たまらず声が出そうになり、俺は唇を噛みしめる。

 左希が俺の首に顔を埋めているため、髪の毛が鼻に触れる。いい匂いがするし、くすぐったい。


 全身を押し付けられ、柔らかさやらあたたかさやらいい匂いやらで、もうなにも考えられないほどに、俺の頭の中は左希に乱されていた。


「んっ……ふふ、先輩。いいよね、このまま……」


 ふと、俺のなにかに気づいたらしい左希は怪しく笑う。

 それから片手を動かし、それをゆっくりと下げていく。


 胸、腹、そしてさらにその下へと……



 ピンポーン



「!」


 もう、だめだと……目を閉じた、その直後。家中に鳴り響く、インターホンの音が聞こえた。

 その音に俺は我に返り、左希もまた動きを止めた。


 そして、テーブルの上に置いてある時計を見る。


「……あらら、残念」


 それだけつぶやき、俺の上から退いた。

 これまで、引き離そうとしても離れなかった体が、あっさりと退いたことで、俺は肩透かしを食らっていた。


 が、すぐに左希から距離を取る。そんな俺を、左希は笑って見ていた。


「ほら、きっとお姉ちゃんだよ。迎えに行ってあげなよ」


「……あぁ」


「お姉ちゃんも合鍵持ってるから、黙って入ってくればいいのにねー。でも、そうしてたら……」


 左希の言葉を最後まで聞くことなく、俺は部屋を出た。

 顔が、熱い。体も……部屋の外に出たおかげで、少しは涼しくなった。


 今家のインターホンを押したのは、きっと右希うきだ。彼女を待たせるわけにも、いかない。

 俺は、階段を降り一階へ。


 ……先ほどの左希の言葉を、思い出していた。

 右希は真面目な性格だから、合鍵を持っていてもインターホンを鳴らした。そのおかげで、俺は我に返ったし左希も動きを止めた。


「もし、右希が勝手に……」


 左希ならば、インターホンなど鳴らさず、勝手に家に入るだろう。そして、部屋まで上がってくる。

 もしも右希が、そんな性格だったら。


 ……考えるだけでも、恐ろしい。


「あ、たっくん。……なんだか、息が荒くない?」


「へ? そ、そんなことはないぞ」


 玄関の扉を開け、外にいた右希を迎え入れる。

 息が荒いなどと、少し動揺してしまったが……なんとか、ごまかせたように思う。うん、大丈夫だ。


 そのまま、右希を連れて二階へ。俺の部屋へ、入る。


「あ、やっほーお姉ちゃん」


 部屋の中では、ベッドに座った状態でにこにこと笑った左希が、手を振っていた。

 その様子を見て、右希は「もう」と軽くため息を漏らす。


「やっほーじゃないよ。ちゃんと、勉強してた? たっくんに、迷惑かけてない?」


「だーいじょうぶ、ばっちりしてたって。ね、先輩」


「! あ、あぁ」


 左希のやつ、いちいち俺に同意を求めてこなくても……

 ともかく、俺も左希の言葉にうなずいたことで、右希は納得したようだった。


「そ、それより、委員会お疲れ様」


「うん、ありがとー。いろいろやること多くて参っちゃうよー」


 右希は荷物を置きつつ、キョロキョロとあたりを見回した後、俺のベッドにちょこんと座る。

 その仕草は、堂々たる姿の左希とは真逆のものだ。


 俺は、机の椅子に腰を下ろす。


「ごめんね、勉強中断させちゃったかな?」


「いや……ちょうど、休憩していたところだから」


「……そうだね、先輩と休憩してたんだよ」


 右希に疑問を持たれないように、俺は適当にごまかす。が、またも左希が意味深に俺にアイコンタクトを送った。

 いや、気にするな。いけないと思ってるから、過剰に反応してしまうだけだ。


「そっか。なにかお話してたの?」


「帰ってるときは、夏休みの話で盛り上がったよー」


「へぇえ」


 右希と左希は、微笑まし気に会話を始める。

 俺の気も知らずに、左希はよくあんなにも平然とできるものだ。


 それとも、あれくらいの精神を持たないとダメなのだろうか。


「そっかぁ、もうすぐだもんねぇ夏休み」


「そうそう。夏休みと言ったら海かプール、ということは水着!

 お姉ちゃん、先輩を悩殺する水着を選ばないとねぇ」


「ちょ、ちょっと左希っ、声が大きい!」


 聞こえている……二人の会話が。

 しかし、右希の水着か……そえは、想像するだけでも楽しみだな。


 これまでも、毎年のようにプールには行っていた。だが、彼氏彼女の関係になってからは、初めてだ。

 彼女としての、右希の水着……とても、楽しみだ。

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