第16話 ……私にも、欲しいな?



 学生にとっての、一大イベントと言えば……そう、夏休みだ。

 七月の後半から九月にかけて夏休みがあり、その後体育祭。そして文化祭と、夏から秋にかけてはイベントが目白押しだ。


 夏休みまで、目前……なのだが。

 夏休みの前に、やるべきことがある。それこそ、期末試験だ。


「んがー! もうやだ、勉強したくないー!」


 ある日の休日、俺は右希うき左希さきと共に、勉強会を行っていた。

 俺は二年生で、二人は一年生のため、範囲は違う。だが、一年前は俺もやった範囲だ。


 少しでも、教えられることがあるだろう。


「ごめんねたっくん、自分の勉強もあるのに」


「いや、気にするなよ。勉強見てやるくらいなら、別に邪魔にならないしさ」


「ありがとう」


 右希は成績優秀であり、俺もまあそこそこできる方だ。少なくとも、赤点はないだろう。

 というのも、期末試験で赤点を取れば夏休みに補習を受けることになり、夏休みの時間が大幅に削られるのだ。


 なので、この中で一番危うい左希のために、勉強会を開いているわけだが。


「こら左希、ちゃんとしなさい。たっくんにも失礼でしょ」


「だってぇ、勉強やだぁ」


「子供か」


 床に寝転がる左希は、タダをこねる子供だ。

 左希は運動神経は抜群だが、頭はそんなによろしくない。小さい頃は、クラスメイトに脳筋とからかわれたこともあるくらいだ。


 そんな左希が、いざ勉強に向き合っている姿を見るのは、なんだかッ不思議な気持ちだった。


「そんなにダダこねても仕方ないだろ。だいたい、高校入学の試験はめちゃくちゃ気合い入れてたじゃないか」


「それは………………一緒に、いたかったし……」


「?」


 若干すねたような表情で、左希は何事かつぶやく。

 よく聞こえなかったが……一緒にいたかったって、それは右希のことだろう。


 本当に、左希はお姉ちゃんが大好きだなぁ。


「といっても、このままじゃ赤点補習で、夏休み遊べなくなるぞ?」


「……やだ」


「じゃあ頑張ろう」


 こうして子供っぽくなっている左希を見ていると、とても俺に迫ってきた人物とそういつ人物とは思えない。

 ……いや、変な意味ではなく手だな。うん。


 まあ、勉強が嫌いって気持ちはわかるが……どうにか、やる気を出させることができないものか。


「うーん……あ、じゃあこういうのはどうだろう」


 しばらく考え、左希をやる気にさせる方法を思いつく。


「どういうの?」


「全教科平均点以上なら、一つ言うことを聞いてやる」


「!」


 俺の出した、やる気を出させる方法。

 それを聞いた瞬間、左希は体を起こして、俺をじっと見つめた。


 その瞳は、期待に満ちている。


「な、なんでも一つ……!?」


「なんでもとは言ってねぇ! ……けどまあ、頑張り次第にもよるが……

 あくまで、公序良俗を守れよ。あと、あんまり高いもの買ってとかも無理だからな」


 左希のやつ、言ってないことまで認識している……なんでもとは、言ってない。

 全教科赤点回避だと、簡単のようにも思えた。だから、平均点以上にしたが……


 少し、厳しかったか?


「わかった! うぉおおおおおおお!」


 ……まあ、やる気になってくれたなら、それでいいか。

 左希がテスト範囲に向き合ったのを確認して、俺も教科書に戻ろうとするが……


 ふいに、服を引っ張られた。

 それは、左希とは逆側……つまり……


「右希?」


 服を引っ張ってきたのは、右希だった。

 左希には気づかれないような、小さな仕草で。だから俺も、小声で聞く。


 左希は勉強に集中しているし、バレてはいないようだ。


「ずるい」


「へ?」


 右希はいったい、どうしたのか。彼女の言葉を待っていると……

 思いもしなかった言葉が、聞こえた。「ずるい」とはどういうことか。


 右希は俺を見上げるようにして、少し睨んでいるようにも見える。


「左希にだけ、ごぼうびがあるんだ?」


「あ……」


 続く右希の言葉を聞いて、ようやく俺は右希の言いたいことを理解できた。

 俺が、左希とだけごぼうびの話をしたのが、気に入らないのだ。


 言うことを一つ聞くという約束だが、それはごほうびみたいなもんだからな。


「いや、右希はそんなことしなくても、頑張る子だって知ってるし……」


「左希にだけ、ごぼうびがあるんだ?」


「……」


 これは……まあ、あれだよな。

 左希だけそんな約束をして、だからずるいということだ。


 こんな目で見られたら、お前だけだめ、とは言えないよな。


「……私にも、欲しいな?」


「!?」


 しかも、こんな言い方までされたら……!

 てか、言い方……!


「っ……わ、わかったよ。右希にも、全教科平均点以上だったら言うこと聞くから」


「! 本当!?」


 正直、右希にとって全教科平均点というのは簡単なことだろう。

 高校での勉学状況は知らないが、中学の頃を知っているからわかる。


 だけど、右希だけ"◯点以上"とか条件を変えたら、それはフェアではない。

 同じごほうびを上げる以上、条件も同じにするべきだ。


「あぁ。嘘はつかないよ」


「! 約束、だからねっ」


 若干頬の赤い右希が、念押しするように俺に言う。

 それから、彼女も勉強に取り掛かる。


 そんなに、欲しいものでもあるのか……それとも、やりたいことでも、あるのか?


「……俺も、勉強しよ」


 その内容がなんなのか、考えてもわからない。

 とりあえず、俺も勉強しよう。これで二人が赤点回避してもし俺だけ補習、なんてことになったら、目も当てられない。


 なんであれ、高校生として過ごす初めて過ごす右希と左希との夏休みだ。

 ちゃんと、三人で遊びつくしたい。

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