第28話 ばれちゃった、かな



「あーーーーーっ!!!」


 ベッドに寝転がり、枕を顔に押し付けて……アタシは、叫んでいた。それはもう思い切り。

 枕を押し付けているおかげで、声はこもって響かない。


 まるで感情を発散するように、アタシは叫んだ。

 叫んで叫んで叫んで……何度か叫んで、ようやくちょっとは落ち着いた気がする。


 夜だから、ご近所さん迷惑も考えないとね。


「なにやってんだよ、アタシぃ……!」


 ……昼間のことを思い出すと、急激に顔が熱くなる。

 そして、ただただ恥ずかしくなる。なにが、「アタシとして抱いて」だ! バカか!


 お姉ちゃんと先輩を応援するって、決めたでしょうがよ! なのになにやってんの! 最後だからとか諦められるとか、理由つけてなにやってんの! 猿かアタシは!

 しかも、結局諦めるどころか前にも増して気持ち強くなってるんだけど!


 先輩を離したくない欲求が、強くなってるんだけど!

 なにやってんのアタシは! これじゃただの痴女じゃん!


「……なにやってんだ、アタシ……」


 昼間は先輩と勉強会をしてて、ちょっとドジッちゃって転びそうになって、そしたら先輩が助けてくれて。

 ベッドに押し倒されたみたいになって、それで……



『今日だけ、でいいから……

 アタシを、アタシとして抱いて……!』



「うぉおおおおおお!!」


 思い出すと、無性に叫びたくなってしまう。というか叫んだ。

 結局先輩はアタシの願いを聞き入れてくれて……も、盛り上がっちゃった。


 ただ、その後お姉ちゃんが連絡があったから、帰って来る前にいろいろ後片付けをして……先輩は、帰っていった。

 あんなことをした手前、お姉ちゃんと顔をあわせづらいのだろう。


 アタシだって、それは同じだけど……


「……ばれちゃった、かな」


 これで最後にすると言いながら、膨らんでいく想い。

 お姉ちゃんとしてではなく、アタシとして求められれば……未練はなくなるかと思ったけど。結果はその真逆だ。


 あんな風に言っちゃったんだ……さすがに、先輩にアタシの想いはばれただろうか。

 いや、先輩だしなんとか気づいていない気がする。というか気づいていない。そう信じよう。


「あぁーもぉー……アタシのばかぁ」


 アタシは、なにがしたかったんだ……? 諦めたかったのか、それとも……アタシを、見てほしかったのか。


 お姉ちゃんと先輩が付き合って。先輩にとって、お姉ちゃんが最優先になった……はずだった。

 でも、プールで助けてくれた。お姉ちゃんを置いて、アタシを助けてくれた。


 あのとき握られた手首が、熱い。あのときアタシのために怒ってくれた顔が、かっこよかった。

 だから、なのかな。気持ちが、爆発しちゃったのは。


「無理やり、気持ちに蓋をしようとして……」


 それが、溢れてしまった。

 だから、あんな……あんな……っ……


「……ここで、アタシ……」


 今自分が寝転がっているベッド。ここで、先輩はアタシを……

 なんか、不思議。数時間前は、ここに先輩がいたんだ。


 先輩のぬくもりを、まだ感じる気がする。目を閉じると、先輩の顔が浮かんでくる。

 お姉ちゃんじゃない……アタシを見て、求めている顔が。とても、嬉しかった。


 ここで、アタシ……


「……っ、せん、ぱ……」


左希さきー?」


「おひゃお!?」


 またもアタシが物思いに耽ろうとしていたところへ、部屋の外からお姉ちゃんの声が聞こえた。

 なんか前にも似たようなことあったな……デジャヴ?


 というか、今の聞かれてないよね!?

 今の……その、一部始終!


「そろそろ、お風呂入っちゃって。晩ごはんを食べに行くからねー」


「う、うん」


 お姉ちゃんの言葉に、アタシは明るく努めて相づちを返した。

 晩ごはんは、先輩の家で……と、決めている。お母さんとお父さんが海外出張なので、晩ごはんは先輩の家にお世話になっているのだ。


 つまり……先輩と顔をあわせる、ということで……


「……くぅ!」


 先輩の顔を思い浮かべるだけで、顔が熱くなる。

 こんなんで大丈夫だろうか。気分が悪いと言って、今日は休んでしまおうか。


 ……いや、そんなことをすればお姉ちゃんはアタシに付き添う。

 それに、アタシの気分が悪くなった原因は自分にあると、先輩は自分を責めるに違いない。


「……じゃあ、行ってくるね」


「はーい」


 アタシはベッドから出て、クローゼットに向かう。先輩とシたあと、下着は変えたけど服はそのままだ。

 お風呂から上がったあとの服を、選ぶ。


 先輩の家に行く。とはいえ、もうほとんど家族みたいなものだ。

 だから、選ぶのは普通のパジャマ。……なんだか、パジャマ姿を見せるのが恥ずかしく感じる自分がいる。


「……ふぅ、よし!」


 落ち着けアタシ。いつも通りだ。いつも通りにしておけば問題ない。

 以前シたときだって、その後普通に接することができたじゃないか。あれを、思い出せばいい。


 部屋を出て、お風呂に入って……お風呂から上がって、お姉ちゃんと一緒に家を出る。

 隣の……先輩の家に向かい、インターホンを鳴らした。


 なんだか、無性にドキドキするのは、なんでだろう。落ち着こうと思っても、心臓が慌ただしく動いているのを感じる。


「はーい、いらっしゃい二人とも」


「こんばんは、おばさん」


「こんばんは」


 玄関の扉が開き、先輩のお母さんが姿を現す。

 私たちが両親の海外出張に着いていかなくてよくなったのは、おばさんが説得してくれた部分が大きいからだ。


 しかも、こうして毎日ご飯をごちそうになっている。

 感謝してもしきれないよ。


「辰ー、右希うきちゃんと左希ちゃんが来たわよー」


「あー、わかってる」


 おばさんが家の中……上階に向かって声をかけると、先輩の声が返ってくる。

 その声を聞いただけで、胸の奥がきゅんと締め付けられるようだ。たった、これだけで……


 そして、階段を降りてくる足音が聞こえて……先輩の姿が、見えた。


「いらっしゃい、右希と……左希」


「やっほーたっくん、さっきぶり」


「……どうも」


 先輩と、目が合う……けど、どちらともなく離してしまう。

 な、なんだこれ……なんだろうこれ。なんか、先輩の顔を直視できないんだけど……?


 あれ、おかしいな。今までみたいに、いつも通りにすればいいのに……おっかしいなぁ。

 アタシ……思ったより、重症かもしれない。

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