第12話 たっくんのことは頼んだからね!
昼休み、そして午後の授業を終え、放課後になる。
俺は部活にも委員会にも入っていないので、帰り支度を始める。戸田は陸上部に行ってしまい、クラスの連中も各々移動していく。
部活動に行く者、帰宅する者、放課後に遊びに行く者……俺は、帰宅勢だ。
教室を出て、下駄箱へと向かうために階段へ。下の階へと降りる。
一つ階を降りたところで、ぴょんっと一つの影が、俺の前に躍り出た。
「っ、
「その割に、表情が変わってないですけどー?」
俺の前に姿を現したのは、腰に手を回した状態の左希だ。いたずらっ子のような笑顔を浮かべていたが、俺の表情が変わってないことに不満げだ。
だが、それも仕方ないだろう。左希が来ることは、予想できたのだから。
放課後、下駄箱に向かうための帰り道。その途中で、左希は俺の前に姿を現す。
時には待ち伏せ、時には後ろから追いかけてきて……俺と、一緒に帰るために姿を現すのだ。
部活をしていない者同士、毎日のように一緒に帰っている。
もちろん、常に二人きりではない。風紀委員の用事がないときは、
「今日、お姉ちゃんは風紀委員だって」
「そうか……」
今日は風紀委員があるらしく、右希はいない。
当然だが、右希は俺と左希が二人で帰っていることを、知っている。知っていて、別に止めるでもない。
幼馴染であり、彼氏と妹。二人の関係が仲良くなるのは、右希としても望ましいのだろう。
『わーん、私も二人と一緒に帰りたいよー! でも風紀委員の仕事もしっかりしなきゃ……
左希、たっくんのことは頼んだからね!』
「って、言ってたよ」
「……そうか」
「にひひ、お姉ちゃんに頼まれちゃった。どうしてくれようかなぁ」
下駄箱で靴を履き替え、校庭に出る。隣には、左希。
できるだけ意識すまいと、思っていたのに。二人きりだと、どうしても意識してしまう。昼休みでの出来事を。
今俺に、元気に話しかけてくれている……あの、小さな口で。
あの小さな口を、いっぱいに開けて……俺の……
「せーんぱい?」
「!」
「もー、どうしちゃったのいきなり固まって。
……もしかして、思い出してた?」
俺の顔を覗き込む左希は、白い歯を見せにんまりと、笑った。
その笑顔と言葉に図星をつかれた俺は、たまらず顔を背けていた。それがまた、図星だと証明することになると気づかずに。
その様子に、左希はくすくすと笑った。
「なぁんだ、そうだったんだ。アタシが無理やりしちゃった形になったから、怒ってるのかと思った」
「! それは……いや、怒っては、いるぞ」
いきなりあんなことをされて、しかも学校で。
俺は左希に対して、怒る権利があるはずだ。……その、はずだ。
「怒ってるなら、どうするの?」
「っ……」
しかし、すぐに左希に優位を取られてしまう。
左希のやつ、完全に楽しんでいるのだろうか。
ここで、ビシッと言うべきだ。あんなことは、もうしない……だから、忘れようと。
「あの……」
「そういえば、もうすぐ夏休みだね」
それを口にしようと、した瞬間。それを遮るように、左希が口を挟んだ。
それが偶然か意図的かは、わからなかった。
「そ、そうだな」
そして、いきなりのことに思わず俺は、反射的に答えてしまう。
必然的に、話題は左希が挙げたものになる。
「アタシ、高校生の夏休みって楽しみだったんだー。先輩は二回目でしょ、どんなだった?」
言葉通り、楽しみを全身で表すように、身振り手振りで俺に問いかけてくる。
その姿を見ているだけで、どこか微笑ましく感じるのだから、不思議だ。
「どんなって言われても、俺の夏休みの様子は知ってるだろ」
「そうだけどそうじゃなくてー、高校生としての意見を聞きたいのー」
家が隣の右希と左希にとっては、俺が去年どんな夏休みを送っていたかは、聞かなくてもわかっているだろう。
それでも、左希たちから見た俺ではなく、あくまで俺個人としての意見を聞きたいのか。
……と、言われてもな。
「そんなに、変わらなかったな。ていうか、中学の時は強制的に入部されられてたから勉強と部活漬けだったけど、高校じゃ部活には入ってないから……」
「遊び放題!」
「……まあ、そりゃそうだが。言い方」
部活と勉強、中学に比べて部活がない分勉強に回せる時間は増えたし、空き時間も増えた。
その時間で、右希や左希と遊ぶ時間もできた。
まあ二人は二人で部活入ってたから、あまり三人で遊ぶ時間が増えたとは言えないが。
「劇的に、なにが変わったってのはないかな。夏休みにまで遊ぼうって友達もいなかったし」
「先輩、友達少ないもんね」
「やかましい」
ただ、去年の夏休みと今年の夏休みとで明確に違うことは、やはり右希と左希が同じ高校の後輩になったことだ。
同じ高校なら、夏休みのシステムも同じだ。
右希は風紀委員がどうなるかはわからないが、左希は俺と同じく部活に入ってはいない。
左希と一緒の時間は、増えるだろう。
そう、左希と一緒の……
「……」
いかんいかん、変な想像をするな俺。
むしろ好都合じゃないか。二人きりになっても、もうあんなことはしないと。そう、訴えるチャンスなのだから。
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