第11話 すでに先輩より友達多いかもねー?



「おい辰、辰! 聞いたか!?」


 教室に戻ると、なにやら焦った様子で俺の名前を呼ぶ声がした。

 その声の主……戸田は、教室の入り口にいる俺のところへと、駆け寄ってきた。


「どうしたんだよ」


「どうしたって……右希うきちゃん、ラブレター貰って呼び出されたって話じゃないか! 知らないのか!?」


 ……焦った様子から、ただ事ではないと思ったが、なんだそんなことか。

 いや……普通は、彼女がラブレターで呼び出されたってのは、そんなことではないのか。


 それにしてもこいつは、どこからこんな情報を拾ってきたんだ。


「あぁ、知ってるよ」


「知ってるよってお前……」


「さっき、右希本人から聞いたんだよ。ラブレター貰って、それを断りに行くって」


 俺の答えに、戸田はしばしぽかんと口を開けた後、ほっとため息を漏らした。


「なぁんだ、そっか」


「なんでお前がほっとしてるんだ?」


「そりゃお前、友達の彼女が他の男に呼び出されたとか、焦りもするだろ」


 腕を組み、当たり前のように言う戸田。

 こいつは、俺に彼女ができたことをひがんでいたから、てっきり……


「見くびんなよ。うらやましいとは思うけど、だから別れてほしいなんて思うわけねえだろ」


「戸田……お前、いいやつだったんだな」


「な、なんだ急に」


 俺が素直に褒めたものだから、戸田は照れているようだ。

 正直、野郎の照れた姿なんてまったく興味は湧かないが。いや照れさせたのは俺のせいか。


 しかし、普段はああ言っておきながら、ホントは俺たちのこと応援してくれてたんだな。見直し……


「そうか、俺はそんなにいいやつか。だったらさ、そんないいやつでかわいそうな俺に、ここはいっちょ女の子紹介してくれるとかどうよ? 具体的にはお前の幼馴染の子をさ。もちろん、彼女じゃなくて妹のほうな」


「……」


 前言撤回。こいつこれが狙いだったのか?

 俺はたまらず、ため息を漏らしてしまった。


 てか、こいつ左希さき狙い、ってことは……もしかして……


「お前まさか、左希のこと右希の代わりにとか思ってるんじゃ……」


 先ほどの男たちの言葉が、思い出される。右希がだめだったから左希を、と。

 もしそんな理由であれば、先ほど言ったいいやつという評価を取り下げなければいけない。


 それどころか……


「? 代わりって? 左希ちゃんは左希ちゃんだろ?」


「!」


 だが、まるでそれが当たり前のように。きょとんとした顔で言う戸田に……俺の言葉は詰まった。

 いや、本来はこれが当たり前なのだろう……それでも。


 なぜだか俺の胸は、締め付けられた。

 右希との練習だと流されて……右希の代わりを左希に押し付けているのは、自分であるような気がして。


「いや、実際いいと思うんだよな左希ちゃん。おとなしめで清楚なイメージの右希ちゃんとはまた違って、活発そうな感じさ。辰を迎えに来てるときとか、そうじゃん?

 ああいう子が隣にいてくれたら、退屈しないだろうなぁ」


 入学してから、右希と左希についての話は、尽きない。

 特に、最近は彼氏ができた右希よりも、フリーの左希に対してだ。


 俺は直接見たわけではないが、左希はどうやらクラスの中で、ムードメーカー的に存在になっているらしい。

 人当たりがよく、誰にでも平等に接する。それでいて、嫌味がない。



『アタシ、すでに先輩より友達多いかもねー?』



 なんて、笑いながら言っていたものだ。そして、それを否定できそうにないのが悔しい。

 入学したばかりの左希に、入学から一年以上経っている俺は負けている。とほほ。


 男女ともに人気が高く、すでに告白されたとの話も聞く。だが、すべて断っていると。

 左希は自分が告白されたなんて話を、俺や右希にはしない。又聞きで聞いたことだ。


「なあなあ、左希ちゃんって、どんな子なんだよ」


「どうって……だいたい、噂と違わないと思うが」


「じゃなくて、幼馴染から見た左希ちゃんだよ! あるだろ、なんか!」


 幼馴染として見た、左希か。そりゃ、俺からすれば左希は、元気いっぱいな妹といった印象だ。

 これまで妹として見てきたし、左希も俺のことを、兄と慕ってくれていると、思っていた。


 お姉ちゃん想いでもあり、自分のことよりも右希のことを優先する。それが左希の美点であり、欠点でもある気がする。

 だから、だろうか……俺に、あんなことを言ってきたのは……


「左希は……姉想いの、優しい、子だよ」


「ははぁ、やっぱりそうなのか!」


 結局俺は、ありふれた答えを出すことしかできなかった。

 ただ、戸田たちどころか右希にも言うことのできない関係を、俺は左希と持ってしまった。これだけは、確かだ。


 さっきだって、学校であんなことを……

 ……いや、思い出すな。思い出したらまた、むずむずしてきてしまう。


「辰ー、なんか顔赤くね?」


「! ……そ、そんなことは、ない」


「ふーん。ま、いいけど。

 けど、意外だよな。左希ちゃん、部活入ってないの。運動部にでも入るかと思ってたのに」


 部活……か。

 左希は、部活に入ってはいない。それは右希も同じだが、右希は風紀委員に入っている。

 委員会と部活の両立は難しいから、委員会に所属していれば部活に入っていないのもうなずける。


 運動が得意な左希は、てっきり運動部に入ると思っていた。だが、結果は帰宅部だ。


「いや、今からでも左希ちゃんが陸上部に入ってきてくれれば、俺の後輩になるわけか。

 戸田先輩、いや志良しいら先輩なんてな。くふふふふ」


 隣で気持ち悪い笑い方をしている戸田は、置いておいて……

 多分左希が今後部活に入ることは、ない。その可能性があるなら、すでにどこかの部活に所属しているはずだ。


 だから、放課後に予定でも入らなければ……今後も俺と揃って帰宅する、という毎日は続いていきそうだ。

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