第22話 先輩と距離を縮める、チャンスでしょ?
水着のお披露目も済んだところで、アタシたちはプールで遊ぶことに。
ここは屋内プールなので、日焼け止めクリームを塗る必要はない。
まあ、先輩に日焼け止めクリームを塗らせてみる、っていうのもおもしろそうだったけどね。
ただ、お姉ちゃんや人の目もあるところでさすがに、できないか。
まずは、流れるプールに浸かる。力を抜いて浮いていると、勝手に体が流れていくのが面白い。
「それにしても、人が多いなぁ。二人とも、はぐれないようにな」
「うん」
「はーい」
夏休みということもあり、人がたくさんいる。
周囲では、親子連れやカップルといった人たちが、多い。それを見て、アタシの心はちょっとざわつく。
せめてこのプールで。お姉ちゃんと先輩の距離が少しでも縮まればいいけど。
ただ、このままぷかぷかしているだけでは、なにも進展しないよなぁ。
となると……
「あ。あれ、面白そうじゃない?」
「ん?」
なにかいいものはないかと探していたところ、良さげなものを見つけた。
それは、ウォータースライダーだ。
流れるプール、その最上のものと言ってもいい。要は、滑り台だ。
あれは……確か、二人一緒でも滑れるタイプだ。事前に調べておいた。あれで流れる際、二人一緒にくっつけて流してしまえば、距離も縮まるだろう。
物理的にも気持ち的にも、ね。
「あ、あれかぁ……ちょっと、怖くない?」
「なに言ってるの。ほら行くよ。先輩も」
「お、おう」
少し怯えているお姉ちゃんを引っ張り、ウォータースライダーの列へ並ぶ。
人気なのか、結構な列が並んでいたけど、三人で話していたらあっという間だった。
そしてついに、アタシたちの番になった。
「それでは、こちらから流れていただきます。一人ずつか、お二人で流れることも可能ですよ」
スタッフさんが、にこにこして話しかけてくれる。
それを聞いて、アタシは二人がなにを言うより先に、お姉ちゃんと先輩を押し出した。
「ほらほら、二人とも一緒に滑りなって」
「え……や、でも
「アタシは一人で楽しむから。
……先輩と距離を縮める、チャンスでしょ?」
「!」
多少、強引かもしれないけど。こう言えば、お姉ちゃんも拒否はしないはずだ。
それが証拠に……
「じゃ、じゃあたっくん。一緒に、滑ろうか」
「え……ふ、二人がそれでいいなら」
そして先輩は、お姉ちゃんの言葉を拒否することは出来ない。
二人はスタッフさんの指示に従い、ウォータースライダーの入り口に座る。
「それでは、彼女さんが前になって、彼氏さんがしっかりと支えてあげてください」
「かっ……は、はい」
「ほら、もっとお腹に手を回して」
「は、はい……っ」
「っ……」
先輩が座り、足を開いたその間に、お姉ちゃんが座る。先輩の胸に、背を預けるようにして。
そして、安全のために先輩の腕が、お姉ちゃんのお腹に回される。
やたらとお腹周りを気にしていたお姉ちゃんだけど、先輩の様子を見るに先輩はそれどころではなさそうだ。
「……」
「それでは、いってらっしゃい!」
二人は、スタッフさんに押されてスライダーを流れていく。
きゃあああと悲鳴が、だけど楽しそうな声が聞こえた。
アタシは、つい想像してしまう。先輩に、後ろから抱きしめられて……背中に、先輩の体温を感じて、それで……
「っ……」
「それでは、次の方……あれ?」
スタッフさんの案内を話半分に、アタシはスライダーの入り口に座る。
そして、この表情を誰にも見せたくなくて……アタシは、自分から滑り落ちた。
滑っている途中は、一人だった。この狭い空間の中で、一人……誰にも、気にされることなく。いつまでも、この時間が続けばと思った。
だけど、そうはいかない。
バシャアン!
視界が開けると同時に、体全体に強い衝撃が襲い来る。
強い、とはいっても、心地の良い衝撃だ。水の中に放り出され、少しの浮遊感と心地よさが、全身を包み込む。
勢いよく水の中に放り出されたことで、水の中に沈む。
このまま、ずっと水の中にいたい……膝を抱えて、そう思ってしまった。
でも、そうもいかない。息が続かず、酸素を求めて体が浮上する。
「ぷはっ」
水面に顔を出し、思い切り息を吸う。
水中にいたことで、自分一人だけだった世界が、色と音を取り戻す。周囲の、騒がしい楽しそうな声。
その中で、間近で聞こえる声が、二つ。
「あははは、たのしーなこれ!」
「うん! 怖かったけど、ハマっちゃいそう!」
笑い合っている、二人の姿。どうやら、作戦はうまくいったようだ。
密着していたことで感じていた気まずさも、水中に放り出された爽快感で忘れ去っていたらしい。
これで、少しでも二人の距離が縮まったかな。
作戦……通りだ。
「ねえ、もう一回行かない?」
「お、いいねぇ。なあ、左希も行くだろ?」
「…………ごめん、アタシ喉渇いちゃった。飲み物買ってくるから、二人で楽しんできてよ」
二人は、もう一度ウォータースライダーに行くようだ。だけどアタシは……
なんでか、胸の奥がきゅっとして。表情を見せたくなくて、急いでプールから上がる。
二人の返事を聞くこともせず、アタシはこの場から去る。
水の中にいて、よかった……髪も顔も、全部濡れちゃっているから。
「……アタシ、なにやってんだろ」
しばらく歩いたところで、つぶやく。足を止める。
二人の距離を縮める、ウォータースライダー作戦。それはうまくいった。当初の気まずさも、すっかりなくなっていた。
なのに、アタシが空気を壊してどうするんだ。
二人とも気にせず、もう一回でも二回でも、ウォータースライダーを楽しんでくれたらいいけど。
せっかくの、二人きりなんだ。アタシのことなんか気にせず、きっと楽しむよね。
「……」
とりあえず、少し時間をつぶそう。このまま帰るのは……さすがに、もったいない気もするし。なんなら、一人でどっかで楽しもう。
そう考えて、再び足を進めようとした……
「よぉ彼女、一人?」
「なぁ、俺らと一緒に遊ばねえ?」
「……」
そのとき、アタシの前に二人の男が、立った。
これはあれか……ナンパってやつか。
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