第21話 せ、先輩の、ばーか……
……夏休みに入って、アタシをたちは一緒にいる時間が増えた。
普段は学校で、でも学年が違うアタシたちは一緒の空間にはいられなかった。
けど、夏休みに入ったことで学校に行かなくても良くなり、お互いの家を行き来すれば会えるようになった。
お姉ちゃんは風紀委員に入っているからたまに学校に行くこともあったけど、それでも数回だけだ。
もし誰かが部活に入っていたら、こうはいかなかっただろう。
そして、今日は……
「じゃ、先輩。着替えたら、出口付近で集合ってことで」
「おう」
お姉ちゃんと先輩と、三人でプールにやってきた。
近くにあるプールの施設。近くって言っても、電車に乗って二駅先にあるところだけど。
あの日新しい水着を買ったアタシたちは、プールに行く日を話し合い……それが、今日となったわけだ。
屋内プールなので、天候は関係ないけど……それでも、晴れてよかった。
「ふぅ……なんか、緊張してきた」
更衣室で、服と下着を脱ぎつつ、お姉ちゃんが言う。
今日になるまで、事あるごとにプール緊張するとか言っていたけど……当日になっても、変わらないらしい。
まったく、なにをそんなにドキドキすることがあるのか。
いつもより多く肌を見せることになるとはいえ、別に裸を見せるわけじゃないんだから……
「……」
「あれ、
「! だ、大丈夫大丈夫!」
い、いけない。アタシったら、なにを思い出しているんだろう。
平常心を保て。お姉ちゃんが緊張するとか言うから、なんかアタシまで変にドキドキしてきちゃった。
「……よし」
邪念を振り払い、水着を着る。
アタシが選んだのは、ビキニタイプの水着だ。トップスはブラジャータイプで、下はショートパンツタイプのものを選んだ。白が基調の、花柄がデザインされたものだ。
うーん、ちょっと露出が多いかもとは思ったけど……いや、良いんだ。これで先輩をからかってやるんだから。
もっとも、もう水着なんかじゃ反応してくれないかもしれないけど、それはそれでからかおう。
「わ、私も……へ、変じゃない?」
少し遅れて、お姉ちゃんも水着を着終える。
お姉ちゃんが選んだのは、ワンピースタイプの黒い水着。結局露出は恥ずかしいからと、無難に選んだのがこれが。あと、曰く黒は痩せて見えるから選んだとかなんとか。
ちなみにこれにも、花柄がデザインされている。
「うん、かわいいかわいい」
「ちょ、ちょっと。適当に言ってない?」
「そんなことないよ。よく似合ってる」
やっぱり男の子は、こういったおしとかやかなタイプが好きなんだろうなぁ……
お姉ちゃんを見ていると、自分が痴女っぽく見えてくるから不思議だ。
「さ、行こ行こ」
「う、うん」
アタシはお姉ちゃんの手を引き、更衣室を出る。
男女の更衣室の出口は、最終的に合流できる近い位置にある。
そこに、先輩は待っていた。
「せんぱーい、お待たせー」
「! おぉ、左希」
すでに先輩は、待っていた。
女の子に比べて、男の子の着替えはすぐだろう。あまり待たせてないとよかったんだけど。
アタシの声に反応した先輩が、こちらを見る……すると、頬を赤らめたのが、わかった。
……まったく、しょうがないなぁ。
「ほら、お姉ちゃん。いつまでも隠れてないで」
「わ、わっ」
引っ張ってきたお姉ちゃんを、アタシの前へと押し出す。
お姉ちゃんは恥ずかしいからか、胸や足を手で隠している。ただ、そういう仕草がなんかこう……ぐっときてしまうことに、お姉ちゃんは気づいているのだろうか。
いないんだろうなぁ。
「う、
「た、たっくん……」
目の前には、愛しの彼女の水着姿。それを見て、先輩は固まっている。耳まで真っ赤だ。
……アタシの裸を見た時は、あんな態度じゃなかったくせに……
「ど、どう、かな」
「え、あぁ……うん、すごく、似合ってるよ」
恥ずかしそうに聞くお姉ちゃんと、恥ずかしそうに答える先輩。
まるで、初々しい彼女だ。付き合ってもう、三カ月だというのに。
なんだろうな、この甘酸っぱい空気……先輩ったら、お姉ちゃんの水着ガン見じゃん。
これじゃ、アタシの水着でからかうもなにも、ないじゃんか。
あー……やっぱり、新しい水着なんか、買うんじゃ……
「左希も、それ新しいのか? よく似合ってるじゃん」
「! ……え……」
自分で嫌気がさしていたところに……思いもしなかった言葉をかけられて、アタシは耳を疑った。
視線を上げると、先輩と目が合って……どこか恥ずかしそうに、目をそらしていた。
……なに、その反応。なに、今の言葉。
違う、違う違う。先輩は、お姉ちゃんの水着に照れた照れ隠しで、適当にアタシの水着を褒めただけだ。
それだけだ。深い意味なんて、ない。そのはずだ。
「……左希? どうしたの、後ろ向いて」
「な、なんでもない」
お姉ちゃんが不思議そうに、アタシに聞いた。それもそうだ、アタシは顔を背けていた。
だって……こんな顔、見せられないよ。自分が、どんな顔をしているかはわからない……けれど、わかる。この顔は、見せちゃいけないことだけは、わかった。
ほら、今だ。「お姉ちゃんだけじゃなくてアタシの水着まで褒めるなんて先輩ったら浮気者~」とでも言って、からかうときだ。
なのに……口角が吊り上がって、仕方ない。
多分、今のアタシ……すごく、恥ずかしい顔をしている。
「せ、先輩の、ばーか……」
「え、なんで!?」
ただ、そう言うことしか……できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます