第19話 お姉ちゃんのそういうところが、嫌い



「……夢か」


 目が、覚める。

 視界には、見慣れた白い天井が映っていた。アタシの部屋の、天井だ。


 夢を、見た。ここ最近の夢だ。

 先輩とお姉ちゃんが、付き合って。でも二人の仲は全然進展してなくて。だから、アタシは……


 練習と称して、先輩に関係を迫った。

 そして先輩も、アタシと……


「……なんで脱げてるんだ」


 ふと、肌寒さを感じた。視線を下に落とすと、そこには肌色があった。

 昨夜は、パジャマを着て寝たはずだ。なのに今のアタシは、パジャマの前部分がはだけてフルオープン状態だ。


 アタシは、寝る時には下着をつけない派だ。なのでまあ、もろ出しというか丸出しというか。


 自分でも、寝相が悪いことは知っていたけど……今日のはひどいな。

 どうやったら、寝たまま前ボタン全部外せるんだよ。


「もしかして、先輩が夜這いに……なぁんてね」


 アタシは窓を、見る。窓はしっかり施錠されており、外からの侵入は不可能だ。

 小窓は開けているけど、網戸をしているし、人が通れる大きさではない。


 先輩が寝ているアタシのパジャマのボタンを外した、とかなら、ちょっと面白い展開だったんだけどな。

 ま、先輩はそういう人じゃないか。


 お姉ちゃんである可能性は、もっとありえない。

 やっぱり自分で、パジャマのボタンを外したのか。


「先輩……」


 夢の中で見た、先輩の表情は。戸惑いと、拒否に似た表情と……それ以上に、興奮した様子だった。

 シているときは、アタシも夢中になって先輩の表情をよく見ていなかった。


 ……あんな顔、してるんだ


「……んっ……先輩……っ」


 アタシは、先輩が好きだ。今更こんなことを思ったって遅いし、それを伝えたって先輩もお姉ちゃんも困らせるだけだ。

 だから、この気持ちはしまっておく。一生。


 なのに……アタシは、未練がましく、彼にアタシを見てほしいと、思ってる。


「せん、ぱい……っ……」


 アタシとお姉ちゃんは、よく似ている双子だ。だから、昔から比較されてきた。

 お姉ちゃんはよく勉強できるねとか、お姉ちゃんを見習って頑張らなきゃねとか。お姉ちゃんはすごいんだと、思い知らされた。


 お姉ちゃんと比較される自分が、アタシは嫌だった。アタシは、アタシだ。

 先輩にも、お姉ちゃんの妹ではなく……アタシを、見てほしい。


 だから……お姉ちゃんと同じ『たっくん』呼びは、やめたんだ。『先輩』と、アタシだけの呼び方に変えた。


「はっ……ん……」


 先輩にアタシを見てほしい。もっと、アタシだけを見てほしい。

 先輩を諦めなきゃ。きっぱり、未練なんて残さないように。


 二つの気持ちが、自分の中で渦巻いていた。

 諦めなきゃいけない気持ち、諦められない気持ち。自分でも、どうしたらいいのかわからない。


 ただ……今は、ただ先輩のぬくもりを。あの熱い視線を思い出して、このまま……


「もう……少しっ……」



 コンコン



左希さきー、起きてるー?」


「!」


 昂る気持ちを、一気に解放したい……あと、少しというところで。

 扉が叩かれ、部屋の外からお姉ちゃんの声が聞こえた。アタシは、我に返った。


 急いで布団を被り、扉の方を見る。

 扉は、閉まったままだ。いきなり開けられていたら、アタシは引きこもり人生に突入するところだった。


「な、なにお姉ちゃん」


「あ、おはよー左希。朝ご飯、そろそろできるから降りてきてね」


「う、うん」


 それだけ言って、お姉ちゃんの足音が遠のいていく。

 アタシはほっと一息ついて、布団を剥いだ。中途半端なところで終わってしまったが、もうそんな気分じゃなくなってしまった。


 ベッドから降りて、クローゼットを開く。

 今日は休日だし、どこかに出かける予定もない。適当な部屋着でいいだろう。


「……」


 服を着替えながら、アタシは思い出していた。あの日のこと。

 期末試験のテストが返ってきたあの日。アタシは先輩と、ある約束をしていた。


 それは、全教科平均点以上を取ったら、一つ言うことを聞いてもらうというもの。

 そしてアタシは見事、全教科平均点以上をもぎ取った。


 その結果、アタシが提示したものが……



『先輩。アタシと、デートしてよ』



「……なんであんなこと言っちゃったかなぁ」


 思い出し、その場にしゃがみ込む。

 いや、確かにいろいろ考えた結果、先輩にはデートしてほしいって思ったよ? でも……


 実際、口にしてしまうとは。しかも、よりによってお姉ちゃんの前で。

 あのとき、お姉ちゃん……すごく驚いた表情を、してたな。


 あのときのお姉ちゃんは、なんでか泣きそうな顔をしていた。

 一瞬、アタシの提案がそんなに嫌だったのかと思った。でも違う。それにしては、お姉ちゃんの表情が歪むのが早すぎる。


 アタシがなにか言ったからではない。アタシがなにか言う前から、お姉ちゃんは表情を歪めていた。

 その理由は、わからなかったけど。



『うん、いいと思うよ。せっかくのご褒美だもん、私が口出しすることじゃないよ』



 その後、お姉ちゃんはアタシの提案を拒否するどころか、快く受け入れた。

 先輩はもちろん、困惑していた。けれど、アタシもだ。


 なんで? なんでそんな、余裕なの? アタシなんかじゃ、先輩を振り向かせられないと……お姉ちゃんの敵にもならないと、思ってるから?


「……お姉ちゃんのそういうところが、嫌い……」


 お姉ちゃんは昔から、優しい。いっつも笑顔で、その裏になにを隠しているのか、わからない。

 双子なのに、わからない。お姉ちゃんが、本当はなんて思っているのかなんて。


 お姉ちゃんが羨ましくて。それは、自慢でもあったけど。

 欲しいもの全部、取られちゃう。たっくんも、取られちゃった。そして、アタシじゃ奪えないと、お姉ちゃんは思っている。


「…………嫌い……」


 アタシは、膝を抱えて……消え入りそうな声で、つぶやいた。

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