第3話 アタシと、シちゃおうよ?



 右希うきと、恋人同士になったがうまくいっていないこと。

 いや、正確には進展がないこと。それを、右希の妹の左希さきに話した。


 すると、左希はなんの躊躇もなく俺の手を取り……繋いで見せた。

 ただし、指と指を絡ませ、手のひらをくっつける。これでは、ただ手を繋いだ、とは言えない。


 まるで……恋人繋ぎと言われる、それだ。



『っ……今のは、不意打ちだろ』


『ま、そうかもねー。

 ……ん、なんかくすぐったいかも』


『っ! ……ま、まずいだろ、なんか、こういうの。右希も、帰ってくるだろうし』


『まずい? なにが? 手を繋いでいるだけだよ? それに、お姉ちゃん委員会で遅くなるから、しばらく二人きりだよ?』



 指を絡ませ、繋がれた手。それを離すことなく、むしろ左希は自ら、手のひらを押し付けてくる。

 女の子の小さな手が、ふにっとした柔らかさが、程よい温かさが、手のひらを通じて俺に伝わる。


 左希とは、何度も手を繋いだことはある。だが、こんな繋ぎ方をしたことは、なかった。

 だから、だろう。初めてやったことだから、緊張しているだけだ。


 妹みたいに思ってる女の子に、こんなにドキドキしてしまうのは。



『ねえ、先輩』



 俺は今いったい、どんな表情をしているのだろう。

 自分ではわからない俺の顔を見ながら、左希はうっすらと笑みを浮かべた。これまでに見たことがないほど、妖艶だと思える笑顔。


 右希と同じ顔なのに、右希は浮かべないであろう、表情を浮かべて。



『アタシと……シちゃわない?』


『……へ?』



 妖艶なその瞳は、俺を捕らえて離さない。

 まるで金縛りにあったかのように、俺の体は動かない。目すらも、動かせない。


 左希の目に、吸い込まれてしまいそうだ。



『しっ……なに、を』


『決まってるじゃない。……練習、だよ』


『れん……しゅ、う?』


『うん。先輩がお姉ちゃんとイロイロできないのは、お互いに初めてのカレカノで緊張しているからだよ。だから……その緊張を、なくすために。

 ……アタシで、練習しちゃおうってこと』



 左希は、男を……いや、俺を惑わせるように、ゆっくりと唇を動かした。ただ喋っているだけの行為が、どうしてこんなにも魅力的に感じるのか……?

 左希の表情から、彼女の仕草から……俺は目が、離せない。


 そして、彼女は……ゆっくりと、手を離した。

 解放された、と思ったのもつかの間。左希は、自分が着ている制服につけられたリボンを外して……


 ボタンに手をかけ、ゆっくりと外していった。



『お姉ちゃんとシたいこと……いっぱい、あるでしょ? その、練習。

 ね。アタシと、シちゃおうよ?』



 …………練習。……その名目で、俺は左希と関係を持ってしまった。

 右希と同じ顔に誘われ、その場の雰囲気に流された……そんなのは、ただの言い訳だ。


 ただ、俺と左希の関係は、この日を境に劇的に変わってしまった。それだけは、確かだ。

 ただの幼馴染……彼女の妹……その関係から、彼女の練習相手へと。



『先輩は気にする必要はないよ。アタシから誘ったことだったし……

 それに、あそこまでして誘ったのに反応してくれなかったら、それはそれでショックだったからさ。準備してたかいもあったし』



 ベッドの上で着衣を整える彼女は、後片付けをしつつ俺に言う。俺に、気にすることはないと。

 正直、最中のことはよく覚えていない。


 ただ、左希の色気に負けて、俺は……手を、出してしまったわけだ。



『今後も、我慢できなくなったりしたら、遠慮なく言ってね。なんだってシてあげる……

 あ、でも……"ここ"は、お姉ちゃんに取っといたほうがいいかな?』



 気がついたように、自らの唇に触れ左希は笑った。

 最中、左希はキスだけはしてこなかった。


 その後は、当たり障りのない会話をしてから……右希が帰って来る前に、俺は帰宅した。

 夜は、いつものように右希と左希が晩ご飯を食べに来たわけだが……俺は、左希の顔を、直視できなかった。


 そして、右希の顔も。



『じゃ、じゃあたっくん。また、明日ね』



 帰り際、右希の照れたような笑顔に、俺はちゃんと応えられた自信がない。

 それに……



『じゃ、先輩。また明日ね♪』



 いたずらっ子のように笑う左希の表情に、俺は目をそらしてしまった。

 彼女の身体を抱いたときの、柔らかさと温かさがまだ、手のひらに残っているような気がして。



――――――



『あ、それとも……"二人きり"で歩くのは、気まずいとか思ってたのかな?』



「あー……」


 先日の出来事、そして先ほどの左希の言葉を思い出し、俺は机にうなだれていた。

 登校したはいいものの、やる気が起こらない。週明けというものあるだろうが、原因はまた別だ。


 あんなことがあって、週末の休日を挟んだ。休日は、俺たちは一緒に遊ぶこともあったが……

 最近は、二人ともクラスの友達と、遊びに行っているようだ。おかげで……というべきか、今回はあまり顔を合わさずに済んだ。


 それでも、ウチにご飯を食べに来るから、まったく顔を合わさないわけにはいかないが。


(恋人なら、休日デートくらい、誘うべきだったんだろうけど……)


 彼氏としては、彼女を休日デートに誘うべきなのだろう。だが、彼女の妹と関係を持った翌日に彼女をデートに誘えるほど、俺の神経は図太くはない。

 まあ、これまで休日デートに頻繁に誘ってたかと言われれば、ノーだが。


 そりゃあ休日にデートに誘うこともあったが、そのときには左希も着いてきた。右希も拒否しなかったし、三人の空間は心地よかった。

 彼女と三人でのお出掛けは本当に心臓に悪いので、誘わなくて助かったと言える。二人のクラスメイトに感謝だ。


 とはいえ……このままずるずる、ってわけにも、いかないよなぁ。


「よー、どうしたんだよ朝からそんな暗くて」


「ん……」


 俺にかけられた声に、机に突っ伏していた顔を上げる。

 そこには、一人の男子生徒……クラスメイトの戸田 志良とだ しいらがいた。

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