第2話 その……こ、恋人と、して



 ――――――



 晴嵐 右希せいらん うきと、晴嵐 左希せいらん さき

 晴嵐家の双子の姉妹と、俺荒蒔 辰あらまき たつは幼馴染の関係だ。


 家が隣同士で、物心ついた頃からはもう一緒に遊んでいたように思う。きっとそれよりも前から遊んでいたのだろう。

 右希は姉で、左希が妹。おとなしめの姉と、活発な妹で、二人の性格は対称的だ。


 二人の両親が海外出張に行ったのは、彼女たちが中学二年生の頃。

 はじめは、両親は二人を海外に連れて行こうと考えていたらしいが、中学二年生という難しい時期に今の環境を離れるのはどうなのか、という話し合いになった。


 なにより、二人はこの地から離れることを、頑なに拒否した。



『やだ、たっくんと離れたくない!』


『はなれたくない!』



 ……この地というより、自惚れではなければ俺と、というべきか。


 結果として、ウチの両親が面倒を見ると説得に加わり、二人は残ることになった。

 世話を見るとは言っても、なにも一緒の家に住むわけではない。家が隣同士のため、気を遣いやすいという意味でだ。

 もっともウチの両親は、一緒に住んでもいいとは言っていたが。


 ただ、姉妹二人がそれを拒否した。両親の説得に加わってくれた俺の両親に、それ以上迷惑はかけられないからと。

 ただ、朝昼は学校、夜はウチでご飯を食べるようにしているため、二人はウチに毎日来ることになっている。


 逆に二人が、自宅にいることは少ない。

 家事も二人が手伝ってくれるので、母さんは大助かりらしい。



『二人とも本当にいい子ね、娘に欲しいくらいだわ』



 隣の幼馴染と半同居のような、嘘みたいな生活にも……当時は戸惑ったが、時間の経過が解決していった。


 ……そんな生活が、二年ほど続き。彼女たちは、高校生となった。

 家から近いためか、二人が受験したのは俺が通っている高校だった。偏差値も平均で、二人は危なげなく合格した。


 いや、正確には左希はちょっと危なかったが……右希と一緒に勉強し、俺も教えたかいあってか見事合格した。

 これで、中学の頃のように、二人がまた後輩になるのだと、嬉しくなったものだ。


 ……しかし、中学の頃とは決定的に違う出来事が、俺に訪れた。



『す、好きです……! よ、よければ私と、つ、付き合って、ください!』



 高校入学の、わずか次の日……右希に呼び出された俺は、この学校で有名な桜の木の下に、呼び出された。

 なにが有名だったのか、正直忘れてしまっていたのだが……その瞬間、思い出した。告白の伝説を。

 ともあれ、俺は人生で初めての、告白を受けたのだ。


 昔から、ずっと一緒だった幼馴染の、右希。

 正直言うと、俺は右希に惹かれていた。昔からかわいかったが、成長するに連れ清楚な美人に、育っていった。


 そんな彼女から、まさかの告白。最初俺は、それがいたずらかなにかだと思った。

 だが、すぐに違うとわかった。妹の左希ならともかく、姉の右希はそんな冗談を言う奴ではない。

 なんらかの罰ゲーム、というには、入学したばかりで人間関係ができあがっていないだろう。


 だから、俺は……



『……! 本当!? よ、よかった……!

 あ、こ、これからよろしくね! その……こ、恋人と、して』



 俺も、素直な気持ちを伝えた。昔から、右希が好きだったこと。

 それを聞いた右希は、とても嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見ただけで、俺も嬉しくなったものだ。


 その日を境に、俺と右希は……幼馴染の関係から、恋人同士になったのだ。



『へぇ…………そっ、か。お姉ちゃんと先輩、付き合い始めたんだ。はは、おめでとう』



 その日は右希と一緒に帰り、真っ先に左希に報告した。

 同じく幼馴染で、右希とは双子だが俺にとっては妹のような存在の、左希。


 彼女は驚いた様子で、それでも俺たちのことを祝福してくれた。

 ただ、その笑い方がぎこちなかったような気がしたと、ようやく違和感を抱いたのは……しばらく、時間が経ってからだった。


 ともあれ、右希と恋人同士になり、人生初彼女ができた俺の人生は、まさに薔薇色……とは、残念ながらならなかった。

 俺にとって、初めての彼女。そして右希にとっても、俺が初めての彼氏だ。


 お互い、恋人に対しての接し方がわからず、幼馴染の頃と劇的に関係が変わることはなかった。

 いや、それどころか……幼馴染だった頃は、なんともなかったことに、恋人だというだけで意識してしまう。


 結果として、右希と恋人になり……約三カ月が経とうとしていたが、恋人同士がするようなことはなに一つしてこなかった。

 キスはおろか、まともに手を繋ぐことさえも。



『……先輩、お姉ちゃんとうまく、いってないの?』



 そんな俺の違和感に気づいたのか、ある日左希が話しかけてきた。それも、わりと直球で。

 幼馴染としての勘なのか、それとも右希になにか聞いたのか……


 ともかく、勘付かれているならごまかしても仕方がないと思い、話した。

 せっかく右希と恋人同士になったのに、まともに恋人らしいことができていないこと。


 恥ずかしいが、どうしてか左希には、わりとなんでも話すことができた。



『ふぅん……じゃあ先輩は、お姉ちゃんと手を繋いだり、キスをしたり、その先のこともしたいんだ』



 話を聞き終えた左希は、取り繕うこともなく俺の話を要約した。

 間違ってはいないが、そうもあっさりとまとめられると、なんだか恥ずかしい。なんでそんなすました顔ができるんだ。


 ……そういえば、左希が俺を『たっくん』ではなく『先輩』と呼び始めたのは、彼女らの両親が海外出張に行った辺りからだったよな、とぼんやり思っていた。



『手を繋ぐ、か。それって、こういうことだよね。握手みたいな』



 言いながら、左希は俺の右手を持ち上げ……自分の左手と、手を繋ぐ。

 いや、ただ繋いだのではない。お互いの指を一本一本絡ませ、手のひらをくっつけた。


 これでは、握手ではなくて……まるで……



『ふふ、アタシとは普通にできるじゃんね?』

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