第11話
「差し当たって。まずは各々、肖像画を調べましょ。第2フェーズに入って、なにか追加されたかも」
ミシェルさんの提案に、全員で取り掛かる。
「あ」
それぞれの壁に向かい合う。
僕のスペースには恐怖の表情と、怒りの肖像画が追加されていた。
この顔は、実はもう死んでいると言われたときか、それともクリア方法は自分以外の全員を殺すことだと思い出したときか……。
たしかにあのとき、僕は恐怖を感じていた。
しかしこれで、僕の残す肖像画は、喜びの1枚になってしまった。
周りを見れば、白石さんは怒りの表情を。
ザンさんは喜びと哀しみの表情を。
ミシェルさんは喜びの肖像画を残すのみだ。
ザンさん以外、もうみんな、あとが無い。
「とりあえず、分かったことがあるわ。例えば怒りを覚えても、顔に出さなければ肖像画には描かれないみたい。そうじゃなければ、すでに私の喜びは描かれているわ。感情に伴う表情を、顔にだすこと。それが条件みたいね」
「なるほど。では私は、頭にきたらアンガーマネジメントとして5秒間、心を静めてみよう。効くかは知らんがな」
「ところでよ、俺の方には変わった点はなかったが、みんなはどうだ?」
尋ねられ、肖像画から目を離して壁を見やる。
だけど、肖像画の裏はくっきりと真っ白いままだ。
変わった点なんてない。
どうやらそれは、他のみんなも同じだったらしい。
「ってことは家具もないし……。他に、調べられる場所もないってわけね……どうする?」
不満そうに声で、ミシェルさんが問いかける。
「進むしか――ないでしょう。問題は、選べる部屋が、あと1つということです」
慎重に決めなければならない。
次に選ぶべき部屋は、どこにするべきか……。
「ああ? 第2フェーズが終わって、今からカウントだ。次も3回目で何かが起きるだろうから、残る移動回数は2回だろ? んで、ここがスタートだ。なら右の部屋に行って、リビングに行けば、全部の部屋を回れるじゃねえか」
あぐらをかいて座り込み、右手で頬杖をつきながら言うザンさんに、ミシェルさんがあきれ顔を浮かべる。
「あきれ顔を収集されていたら今頃、全面があなたに対する表情になっていたわね。ちょっと考えれば分かるだろうけど、もしも脱出条件が肖像画を揃えることなら、最後にちゃんと揃えられているか、確認したいと思わない?」
「あー、なるほどね。いや俺は分かってたぜ」
調子の良いことを言いながら、よっこいしょっとザンさんが立ち上がる。
そう、残る移動回数は2回。
クリア条件が肖像画を揃えることだと確定できたなら、肖像画を揃えられたかを確かめるために、最後はこの部屋に戻ってきたい。
だとすれば、調べられるのは右の部屋かリビングの、どちらかだけだ。
「それじゃあ次は、リビングでいいよな? 右の部屋はこの部屋と同じく殺風景だし、さっきもヒントは少なかった。何かあるとしたら、リビングだろ」
確かに、大きなヒントがあったのはリビングだった。
リビングに、行くべきかもしれない。
「そうだな」
白石さんも頷き、僕とミシェルさんも同意する。
「決まりだ! 行こうぜ!」
元気よくそう言って、ザンさんがドアを開けた。
――
廊下にでて、僕たちはそのまま、リビングのドアの前で立ち止まった。
「さて、それじゃあ、リビングのドアを開けるぜ」
ザンさんを先頭に、全員で頷く。
法則で言えば、この入室で、何かが起こることはない。
だけど、ハイドアは理不尽だとも言っていた。
実はさっき思い出した記憶は確かにウソだが、次のフェーズは3回じゃなくて1回で発動します――なんてことも、あるかもしれない。
意味はないかもしれないが、気は引き締めていこう。
……そうして、僕たちはリビングへと入った。
目に入ってきたのは、天井から床までびっしりと飾られた、何枚あるのかも分からない膨大な数の肖像画だった。
「うへえ、いったい何人分あるんだ」
部屋の中央まで歩いて、ザンさんが肖像画を見ながら言う。
「100……200……もっとあるか……?」
テレビが置いてある壁の近くまで行って、まじまじと肖像画を見やる。
「1枚1枚が違う人ですね。……それに――」
「喜びと、哀しみと、怒りと、恐怖。1枚の絵に、感情がごちゃまぜに描かれているわね」
僕が気づいたことを、ミシェルさんも気が付いたらしい。
喜びながら泣いている、ふくよかな女性。
恐怖しながら笑っている、白人の男性。
ただただ恐怖している少年。
顔の左半分は笑っているのに涙を流していて、右半分は怒っている――なんて絵もあった。
どの肖像画も、1枚の絵に感情がまとめられて描かれえている。
だがどれひとつとして、喜び・哀しみ・怒り・恐怖。
そのすべてが描かれている肖像画は無かった。
必ずなにか、1つ以上の感情を欠けて描かれている。
「それで、どうします? 肖像画、外してみます……?」
「……外さないわけにもいくまい。我々の生死がかかっているんだ。面倒だからといって、生存へのヒントを逃したくはない」
嫌そうに尋ねた僕に、嫌そうな顔をして白石さんが答える。
ザンさんもミシェルさんも、みんな嫌そうな顔をしていた。
なにせ教室の半分ほどの広さの壁に、4面とも、天井から床までびっしりと隙間なく肖像画は飾られていた。
だけど、調べなきゃならない。
数が膨大すぎて、壁から外すと置き場所がない。
ということで、額縁を少し傾けて、その隙間から壁紙を覗き見ることになった。
だけどこの確認作業は、無駄に終わりそうだった。
なにせ、めくってもめくっても、白い壁なんてでてこない。
赤黒いテラテラした壁紙が見えるだけだ。それでも、確認作業を続けていく。
「くっ」
天井付近にある肖像画は、踏み台が無いと手が届かない。しかし、この部屋には踏み台がない。
だから長物――レイピアと傘――を持っている白石さんとミシェルさんが必然的に、壁の中央より上を担当することになった。
僕とザンさんは、中央より下を確認していく。
それを4面。
すべてを確認したが結局、ヒントのようなものはなかった。
「……あー。まったくムカつくが……。ヒントがねえってことが分かったな」
悔しそうに、ポジティブなことをザンさんが言った。
「………………あ! これ、ローラの肖像画よ。間違いない!」
ミシェルさんが指さしたのは、赤毛色の髪をもつ女性の絵だった。
描かれているその顔は、恐怖に怯えている。
「……ローラって、殺されたって言ってた……?」
尋ねると、ほかの肖像画をキョロキョロと確認しながら、ミシェルさんが答える。
「ええ。私の記憶が、文字通り正しければ……ローラが揃えたのは、恐怖の肖像画だけだったわ。そのローラよ。……――そして…………あった! あそこにジャイル!」
次いで指をさしたのは、喜びに歪んだ目と、恐怖に引きつった表情を浮かべる、黒髪の少年の肖像画だった。
「ローラ君は、殺されたと言っていたな」
「ええ。そして……私がジャイルを殺したという可能性も、まだ消えてはいない」
ミシェルさんが淡々と言った。
「この部屋で飾られている肖像画の被写体は、仲間に殺された人たちってことか? 『唯一の生存者になる』っていうクリア条件をパスするために、過去、何回も殺し合いが……? もしかして、本当にクリア条件は……?」
ザンさんが呟く。だけど、僕はそれを瞬時に否定した。
「いや。次の4時までにクリアしないと殺されるって文字、あったじゃないですか。多分ですけど、“誰に”殺されたかって、重要じゃないと思うんです。次の4時になって異界に殺されても、この部屋に飾られるんじゃ?」
「なるほど。単純に、死人が飾られているってわけか」
僕たちの会話を聞いて、白石さんとミシェルさんの顔つきが変わった。
「天井付近の上部は確認したな? 見たか?」
「いいえ。床付近の下部を調べましょ」
そう言い合うと、ミシェルさんと白石さんが二手に分かれて、壁を這うように肖像画に熱い視線を送りながら歩き出す。
スタスタスタとものすごい速さで、2人は部屋中の肖像画を、目視で確認していく。
「こっちには無かったぞ。そっちは……ッ?」
「こっちにもよ。……これが分かったのは、ここに飾られている人たちと、ローラのおかげね」
ミシェルさんが答えると、白石さんが小さくガッツポーズをして喜んだ。
「よしっ! ははッ! 私たちは、生きている! 生きているぞッ!」
「……? どういうことですか……?」
「いいかねッ? 殺されてしまったローラ君の肖像画が飾られているなら、カゲフミ君の言う通り、この部屋に飾られている肖像画は死者の物である可能性が高い! くわえてこの部屋には、4つすべての表情をもった肖像画はない! ここに飾られている者たちは、肖像画を揃えられず、死んだ者たちなんだ!」
興奮した様子でまくし立てる白石さんに、ミシェルさんが続く。
「もっと簡単な言い方があるわ。つまり、肖像画を揃えると死ぬのが本当なら、4つの感情をすべて揃えた肖像画がこの部屋にないのは、不自然なのよ。でも、実際には欠けた肖像画しかない。あああもう! まどろっこしい! 私が言いたいのは、4つの感情を揃えることは、死に直結しないってことよ! そして、私たちの肖像画は、ここには無い!」
「つまり、この部屋に肖像画として飾られていない僕たちは、まだ死んではいない。左の部屋の肖像画を揃えれば、クリアできる。そういうことですか?」
「ああカゲフミ君! その通りだ!」
「……マジかよ、何回もこの異界をループしているって言うから、てっきり、俺はもう死んでいるもんかと……。はは、やったぜッ。生きたまま脱出できるってことかよ!」
きっと今頃、左の部屋ではザンさんの“喜びの肖像画”が追加されていることだろう。
喜ぶ2人に、僕の頬も思わず緩みかける。
それを察したのか、ミシェルさんが僕の両頬を片手で鷲掴みにした。
「はにふるんでふか」
「まだ笑っちゃダメ。一応ね」
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