第21話

「…………それ、集めて平気なの?」


 レナが心配そうに僕を見た。

 僕も不安に思っていたことを、口にだして訊いてくれる。


「その石、とっても嫌な感じがするの。血がどうとかじゃなくて、もとからの気配が……。うまく隠してるけど、すごく嫌な感じがする。……ねえカゲフミ、それ捨てましょ」


 僕の身を案じて言ってくれているのは、僕にも分かった。

 だけど。

 僕はレナの目の前で、そのピースをペンダントに嵌めた。


「えッ、なにしてんのよ!」


 カチリと音がなって、ピースが台座と一体化する。

 淡い光を放っていたペンダントは、ゆっくりと輝きを失った。

 それを見届け、心配そうなレナの顔を見つめる。


「多分、このペンダントを完成させる以外に、僕らはあのドアには辿り着けない。そう思うんだ。だから僕は、このペンダントを完成させる」


 レナの顔は険しいままだった。

 だから、僕は笑顔を見せた。


「持っているだけで、何か悪影響があるかもしれない…………って、はあ。分かったわよ。カゲフミって、あたしに似て頑固だもんね。だけど、良い? 悪影響があれば、すぐに捨てるのよ。あたしは、あたしのためにカゲフミが犠牲になるのだけは嫌だからね。そんなカゲフミ、最低なんだから」


「うん」


 そう答えて、強く、頷く。

 レナは短くなったばかりのショートヘアーを、右手でがしがしと掻いた。

 男らしい仕草だった。

 こういうところは、変わっていないんだ。


「分かった。信じてるから、信じさせてよね。あたしも、カゲフミと一緒に帰る方法を探し続けるわ。もしかしたら、伝える手段があるかもしれないし」


 僕が例の2人を救ったあとで、ミディアムヘアのレナを見つけて元の世界に帰る。

 その確率がどんなに低かろうと。

 レナと同じように、僕も諦めない。


 あれ。

 でも、待てよ。


「このピースが無くなるなら、この異界で、もう生贄は捧げられない……?」


 呟いた僕に、レナが首を横に振る。


「ほんと、今のカゲフミって甘いわね。奴ら、そのピースのために他人の命を弄ぶような狂信者でしょ? この世界にピースがないと分かれば、多分、もっと沢山の血が流れる。殺すしかないわ。……それで? その王って、どんなヤツなわけ?」


 殺すしかない。

 レナは簡単に、そう断言した。


「たった1度だけど、長いくちばしに、丸まった背中、口から出る細長い触手で血を吸い取るのを見たわ……。それに、ものすごい力だった」


「吸血に強力な力……ヴァンパイアかしら……。いえ、触手みたいなものよね……? 蚊? んー、敵の正体が分からないと、戦略が立てづらいわね。どう攻めたものかしら」


 あのレナが、猪突猛進タイプのレナが、行動する前に戦略を立てている。

 そのことにビックリするが、彼女が通ったハイドアの数に思いを馳せる。

 23。


 本当に沢山の、最悪なハイドアを、2年間でいくつも通ってきたんだろう。

 それこそ、染みついた考え方が変わるくらいに……。

 それでもレナの良いところが、芯の強さが、僕の好きなところが変わっていないのが僕はとても嬉しかったし、誇らしく思えた。


「ふぅぅ…………。…………よし」


 僕なら、どう攻めるか。

 考えていた案を、気持ちを落ち着かせてから、僕は2人に告げた。


「やつらの根城、洞窟だけどさ。構造は上に伸びているだ。それと、全部の部屋が繋がっていて、窓は無かった。…………多分、燻せると思う」


「うわ、えっげつな。甘いって言ったの取り消すわ。やるわねカゲフミ!」


 そう、これなら多分、一網打尽にできる。

 でもやっぱり、どこか殺したくないという気持ちがあった。

 慈悲というより、命を殺す責任を負いたくない。そんな感情だった。

 未来の僕はどうだから知らないけど、まあ多分、いまの僕は甘いんだろう。


 僕の表情を見てか、そんなの見なくともお見通しだったのか、レナがふっと笑う。

 そしてどこからか、突如、直径50センチはありそうな草束ロールを取り出した。

 地面に置いて、レナが言う。


「良いのよ。それがカゲフミの最高なところなんだから」


 いくつもの青々しい草が、1本の白い糸で、中央を纏められていた。

 両手で抱えないと、持つことすらできなそうな大きさだ。


「血の流れるモンスターにしか効かないけど、敵に心臓があるなら問題ないわよね。衝撃を与えると、即時性の睡眠ガスが発生する植物よ。これを使いましょ」


 受け取ろうと思ったが、そうする前に、レナは草束をどこかに仕舞った。

 多分、収納的なアイテムを持ってるんだろう。

 僕も欲しい。

 そんなことを思っていると、レナがまたメイリンを見た。


「眠ったあとは、ここの住民たちに任せるわ。ここの住民たちも、きっと心とキバが折られただけ。苦渋は飲まされてきているわよね。だから、カゲフミは眠らせるだけよ。生かすも殺すも、ここのモンスター達の判断に委ねるわ。それに、部外者のあたしたちが全ての重荷を引き受けてやる道理なんて、ないでしょう?」


 レナの目は、鋭かった。

 メイリンが地面のうえに降り立つ。

 レナに近づき、その顔を真っすぐに見据える。


「分かったわ」


 真剣な顔で、彼女はそう言った。

 そのやり取りを待って、僕は作戦の欠陥を伝える。


「……だけど問題は、いま君を探すことに、400匹のモンスターが洞窟の外にいることだ。1度で終わらせるなら、全員を洞窟のなかに集める必要がある」


 手っ取り速いのは、問題が解決すること。

 つまり、人間が捕まることだ。

 だけど――。

 僕が考えを巡らせていると、さも当然のようにレナが言った。


「それなら、あたしが囮になるわ。わざと捕まって、洞窟のなかに集めればいいのよね」


「だめだよ、危険すぎる」


 管理長は、捕まえた人間に容赦しないと言っていた。

 アイツのあの口調、あの時の怒りに満ちた目。

 きっと、言った以上のことをするだろう。


「あに言ってんの。あたしがヒーロー、あんたがヒロイン。いつだってそうだったでしょ」


 それは、昔のごっこ遊びの話だ。


「……ヒーローは捕まらない。捕まえられるのは、いつだってヒロインの役目だ」


 僕の言い分に、レナはそれでも首を縦に振らない。意見を曲げない。


「カゲフミ、何個のハイドアを通った? 身を守るための装備は? ……あたしは、どんな状況になっても対応できる。だから危険な役は、あたしが引き受ける。……その催眠ガスが、モンスターにしか効果がないのは確認済みよ。カゲフがちゃんとやってくれれば、あたしは無傷のまま、眠っている敵を踏んづけて出口に戻るわ」


「! 待って、誰か来るッ!」


 宙に浮いたメイリンが、路地裏の方を向いて言った。瞬時、レナが右腕を勢いよく空に向けて振った。その姿が黒いグネグネにひん曲がり、僕の持つ和傘の影と同化する。


 まだ囮について、ちゃんと話せていないのに。

 そう思いながら、僕も路地裏の方を見る。

 現れたのは、おそらく一般兵。灰色のローブを纏った、5匹のぎょろ目だった。


「おお、これは尊き者よッ! この辺で、人間を見ませんでしたかな? すんすん、確かにこの辺りにニオイが……ん? いや、しかしこのニオイは尊き者と……?」


 まずい。

 多分いままで、ぎょろ目たちは人間のニオイを嗅いだことがなかったはずだ。

 だけど、今はもうレナという人間のニオイを知ってしまっている。

 僕には2つのニオイが付いている。


 あのバケモノのニオイと、僕本来の、人間のニオイだ。

 どちらのニオイが強いかと言われれば、多分、人間のニオイだろう。


 なにせ、あのときズボンに付着した液体は、少量だ。

 僕のニオイをかき消すほどの量じゃない。


「……ここは、わたしが見張っておく。他を探してくれ」


 苦し紛れに、低い声でそう告げる。

 ……。……いけるか?


「…………ええ、分かりました」


 そう答えて、5匹のモンスターが去っていく。


「はあ、良かった……」


 その姿が見えなくなったのを見計らって、メイリンが小さな声で言った。


「いや」


 あいつ今、「はい」じゃなく「ええ」で答えた。

 しかも、くどいくらいに「尊き者」だとか毎回言っていたくせに、今、あいつは言わなかった。


 確信はない、だけど疑いがある。

 そういう感じだろう。

 でも、こちとら偽物だ。

 疑いをもたれた時点で、ほぼ負けだ。


「多分バレた。もう洞窟には戻れない」

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ハイド&シーク~幼馴染を探していたら異世界へのドアが開きました~ 伊吹たまご @ooswnoy

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