第3話

 部屋の広さは6畳ほど。大して広くはない。

 その部屋にもやはり、花柄の壁紙が貼ってあった。


 異様だったのは、部屋の4面すべてに4枚ずつ、合計16枚の絵画が飾られていることに対してだった。なんだか、狂気じみた何かを感じる。


 向かって正面にある壁には、中年太りしたアジア系の男性が4枚。

 右手にある壁には、赤毛の少女が4枚。

 左手にある壁には、20歳ほどの黒人男性が4枚。

 ドアがついている壁には、品の良さそうな老婆の絵が4枚。


 ――そのどれもが、笑っている顔。

 怒っている顔。

 悲しそうな顔。

 恐怖している顔。


 どの人物も、そんな表情が描かれていた。リアルすぎる。

 髪の毛1本、シワの細部にいたるまで、くっきりと描かれていた。

 まるで生きてるみたいだ。

 どの肖像画にも、左下に『持ち出し厳禁』の文字がある。


「……描かれている人物に、見覚えはあるか?」


 白石さんの質問に、全員が首を振る。

 もちろん僕にも、絵画に描かれている人物に知り合いはいない。


「だけど絶対に、なにか意味があるわね、これは……」


 腕を組んで考え込むミシェルさんの言葉に、白石さんが続ける。


「おそらくモンスター無しのクリア型だな。肖像画は持ち出すなよ。ルールを破れば、即全滅も有り得る」


「クリア型って?」


 白石さんの言葉に質問すると、ああと思い出したように答えてくれた。


「カゲフミ君は、異界にきて間もなかったのか。密室に入ってカギをかける。これが、別のハイドアに至る手段だ。しかし、稀にそれだけでは移動できない異界もあるんだ。定められた条件をクリアしないといけない異界、それを、私たちはクリア型と呼んでいる」


「クリア型……。そういうのもあるんですね」


「順当に考えるなら、描かれているのは感情。被写体は、これまでの犠牲者ってところか?」


 ザンさんが唸りながら、1つの絵画に手を伸ばして壁から取り外す。


「つっても、憶測の域はでねぇなあ」


 一瞬、ひやりとした。

 でもそうだ。持ち出し厳禁ってだけで、取り外し厳禁じゃない。

 壁から外すのは問題ないのか。


 ……なるほど。

 ルールを破らない範囲で行動し、情報を集めて、クリアしろってことか。


「……あれ……?」


 そんな風に考えていると、違和感をおぼえた。

 だけど、その違和感がなにか、分からない。

 じーっと、壁を見つめる。

 あ。


「ザンさんが絵をとった場所、壁紙がないです」


 リビングにも、廊下にも、この部屋にも。クドイくらいに貼られた、花柄の壁紙。

 だけど肖像画を外した壁には、それがなかった。

 代わりに絵が飾られていた場所には、真っ白い壁紙が見えた。

 まるで日焼け跡みたいに、くっきりとそこだけ白い。


「これ、ヒントじゃないかしら」


「ヒント……?」


 僕の質問に、ミシェルさんが答える。


「ええ。なにかの制約があるのか、クリア型の異界に、クリア不可能なものはないの――理不尽なものはあるけどね。必ず、どこかにヒントがある。言うなれば、今回のクリア型は脱出ゲームね。ミスリードに気を付けながら、答えを考察する必要がある。だから何か気が付いたらすぐに教えてね。もっとも、持ち出し厳禁なんて書いてあるんだから、この肖像画が鍵だと思うけど」


「それじゃあ一旦、全ての絵を外してみませんか?」


 僕の提案に、皆が頷いてくれた。


「もしかしたら配置が重要かもしれないわ。念のために飾られている位置のまま、床に置いていきましょ」


 ミシェルさんが声をかける。

 そうして絵を外しては、床に置いていく。

 その作業は、数分で終わった。

 結論から言えば例外なく、絵が飾られている箇所は白かった。


 だけど、それ以外に不審な点はない。

 肖像画は、どの額縁も同じ黒色だし、サイズだって同じA4だ。


「……なんかのヒントなんだろうが……全然わかんねえな」


「……もう一方の部屋を見てみましょう」


 この部屋には、ほかに調べられそうな物がない。

 だって、収納スペースもないし、家具すら置いてない。

 床に置いた絵はそのままに。

 部屋から出て、もう1つのドアへと向かう。



 そうして入った次の部屋は、部屋の広さは6畳ほど。大して広くはない。

 花柄の壁紙。

 部屋の4面すべてに、合計16枚の絵画が飾られている。

 同じだ。

 さっきの部屋と、まるで同じだった。


 でも、絵の内容だけが違う。

 16枚もあるA4サイズの額縁に、しかし飾られている内10枚が、真っ黒に塗りつぶされている。

 ちゃんととした絵が描かれているのは、6枚だけ。


「おい、なんだこりゃあ……」


 ザンさんが呟きながら、壁から1つの絵を取り外す。


「こりゃあ、俺の顔じゃねえか」


 絵が描かれている6枚のうち、2枚はザンさんの肖像画だった。

 怒りの形相と、そして、恐怖に怯えるような表情の2枚だ。


 ザンさんが手に取った絵画は、燃えるような赤を背景に、怒りに狂っている肖像画だった。

 ただの絵のはずなのに、思わずブルリと恐怖を感じさせてくる。


「もう2つは私の絵か……うむ、なかなか上手いじゃないか」


 白石さんが眺めているのは、上機嫌そうな顔の1枚と、――おそらく恐怖しているのだろう――強張った顔で、硬直している絵だった。


「しかし問題は、私がこの絵を描いたことも、描かせたこともないことだな。どんな意図で飾られているのか……」


「俺なんて、こんなおっかねぇ顔をした記憶すらねえぜ」


 ザンさんが絵画をマジマジと見ながら言った。

 残る2枚は、ミシェルさんの絵だった。

 悲しそうな顔と、大声をだして叫んでいるような絵だった。


「うわあ、ぶっさいく。私、こんな顔じゃないはずなんだけどなぁ」


 そんなミシェルさんの軽口を無視して、白石さんが自分の鼻に手を添える。

 考え込んでいるようだった。



「さっきの部屋の被写体が犠牲者だとして、それなら私たちが描かれているのは何故だ? 私たちはまだ生きている……。部屋が違えば、ルールが違うということだろうか? しかし、この異界に来てから私たちはこんな表情はしていない。ハイドアを通る前というのなら、私たち全員の表情が描かれているべきだ……。この黒い絵が塗りつぶされているのは、描く必要がないからか、まだ描く段階ではないのか。そもそもこれに描かれて、どんな影響があるのか……?」



「ねえ」


 部屋全体の絵を見て回っていたミシェルさんが、全員に声をかける。


「この部屋の絵も、外してみましょうよ。何か、分かるかもしれないわ」


「……ああ、そうだな」


 思考から帰ってきた白石さんが、そう言って作業に入る。


「そうですね」


 1人1面。

 ミシェルさんの言葉に同意して、目の前の絵画を外して、床に置いていく。

 僕の肖像画は、どこにも描かれていなかった。

 それぞれ自分の肖像画が飾られている壁を担当したものだから、僕は4枚すべてが黒塗りにされている壁を担当することになった。


 その4枚を外し終わると、出てきたのはやはり白い壁紙。

 それが4つ。

 なんの変哲も、ヒントもない。


 落胆していると、後ろから白石さんの声が聞こえた。 


「なあみんな! コレを見てくれ!」


 振り向いて白石さんの目線に目を向けると、そこには同じく、絵を外したあとに残る真っ白い壁紙。

 それと、その上に書かれた、赤茶色で書かれた文字があった。



『無暗に行動するな。おそらく時間が進む。我々は記憶を失っている』

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