第30話 里霧有耶の宣誓 08


 里霧にはオレの秘技秘策を教えたわけだが、いまいち反応が悪かった。冗談を言っているように捉えられたのか、返ってくる言葉は「はいはい」とか「ほんとに?」みたいな真に受けていないような反応が大半だった。


 会話の中には、推度するような言い回しもあったし、訝しんでいるような表情もあったし……もしかしたら、冗談みたいなことを本気で言っているのがまずかったのかな〜、なんて思ったりもする。


 まあ、どうするかは里霧次第だ。


 オレのアドバイスが効くかどうかなんて、そのときになってみなければわからないし、少なくともオレはその場面には立ち会えない。


 いまは生徒会室で待っている他ない。


「お、お疲れ……、さまで……、す」


 まるで心霊現象の如き遅さで、扉が開かれる。


 そこにはついさっき生徒会室をあとにしたはずの厳見春介だった。


「今日最初に来たときのテンションはどうした? テンションがシーソーしてるぞ」


 そして、何故か敬語。


「誰のせいだと思っていやがる……」


 前傾姿勢になっているせいで顔こそ見えないが、全身に悲壮感が溢れている。


「恨むからな」

「え、ごめん……」


 厳見がこうなってしまっている原因はもちろんオレにあるので、これは当然で正当な恨み節だ。まあ、恨み節に正当性なるものがあるのかは置いておくにしても、厳見のこの有様は、オレが予め頼んでおいた例の件のせいだろう。


 原因のオレとしては甘んじて、恨み節なり、苦労話なりを聞き入れなければならない。


「言いたいことは色々あるけど、ここで文句言ったら一時間じゃ済まないし、それこそ本末転倒だ。いまのところは飲み込んでおいてやる。感謝しろ」

「一時間以上も続く文句って一体……」


 一時間以上も続く文句も気になるところではあるが、いまは感謝しつつ、話を進めるとしよう。それこそ本末転倒になりかねない。


「それで、オレはどこに行けばいいんだ?」

「二年C組の教室。くれぐれも失敗しないでくれよ、でないと俺はなんのためにボロボロになったんだかわかったもんじゃない。マジで失敗しないでくれよ、マジで」


 いつもゆらゆらチャラチャラしている厳見だが、いつになく目の色が本気と書いてマジと読ませるほどに、真剣味を帯びていた。


 この様子を見る限り、かなり苦戦したらしい。


 失敗したら、二週間くらいは恨まれそうだ。


「保険だ、持ってけ」


 厳見はブレザーのポケットから塊を取り出すと、それをオレに向かって投げつけた。

 若干落としそうになったものの、なんとか塊のキャッチに成功する。


「随分と頑丈な作りだな」


 ガムテープで何重にも巻かれていて、単一電池のような大きさと形状になっていた。


 梱包がこれだけ堅牢になっていると、取り出すのにも一苦労しそうだ。


「使わないに越したことはないけど、あって困るものでも……、いや困るか」


 困るんかい。


 まあ、一応もらっておくけども。一応ね、一応。


 オレはガムテープの塊をポケットに収めて、二年C組の教室に向かうため立ち上がる。


 塊のネタバラシはまだ先だ。


 長く座っていた体をほぐすために、軽く伸びをしていると、厳見は言う。


「いま訊くのものもなんだけど、これって不撓がやらなきゃいけないことか?」

「本当になんだな」

「だってそうだろ、どうしてお前が、送波のやったことを問い正しに行く必要がある?」

「そんな急に言われてもな」


 当然、答えは出るはずもなかった。


 答えを出し倦ねているオレに構わず、厳見は続けて言う。


「俺の経験上、あの手のタイプは間違いなく問い正したところで何も変わらない。断言してもいい。不撓が何をどう説得したって、送波秋夜は何も変わらない」

「別に送波を更生しようなんて微塵も考えてないがな」


 厳見はそれっぽく肩をすくめる。


「まあいいや。でも一つだけ忠告しとくよ」

「忠告?」

「正直なところ、送波について色々調べてはみたものの、本心というか、気性がいまいちわからなかったんだ。だから、追い詰められたときにどんな行動を取るか予想できない」

「気を付けとけってことか」

「そもそも、悪名高い生徒会長直々の呼び出しってことになってるから、かなり警戒してるはずだ。なにが起こってもおかしくない」


 独裁者なんて言われてる人間から呼び出されるんだ、送波でなくとも、警戒はするだろう。そして、本人に後ろめたいことがあるというのなら尚更だ。


 頭の片隅に入れておくとしよう。


「とりあえず言うべきことは言ったから、俺は図書館棟の方に行くとするよ」


 取っ組み合いになったりでもしたら、染屋じゃなにもできないだろうしね、と、そう言い残して、厳見は生徒会室の扉を抜けていった。


 厳見春介、本日二度目の退場だ。


「あと、早めに行けよ、アイツらが時間を守るかまでは保証できないし」


 扉からちょこんともう一度顔を出した厳見だった。


 本日三度目の退場である。



 ――――――――

 読んでくださり、ありがとうございます!

 今後も続いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。


 ラストスパート

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