第21話 オモイおもい 06

 

 まさかそんなことは無いだろうと――あるわけが無いだろうと思いながら、福意と里霧とともに山田の後を追った。校舎裏から無人の学校敷地内をぐるっと回り、正門が見えたところで、これ以上はさすがにないとオレは確信した。


 もう暴走する福意を止めなくていいと思うと涙が出る。


「ほら、何もなかっただろ? 今日はこの辺にして、また別の日にそれとなく本人に訊いてみたらいいんじゃないか?」


 見切りをつけて、帰宅しようと促すが、福意の視線は微動だにしなかった。


 終始、山田の動向を見逃してはいなかった。


「ほら、やっぱ――――」


 ドス黒い感情が籠もった言霊に反射して、オレは福意の視界を手のひらを添えて遮った。



「あれは、見てはいけません。見ないでください。……おねがいだから!」


 心なしか、ラスボスが放つタイプのオーラが見える気がする。


 黒とか紫とか赤とか。


 そんな感じのやつ。


 福意はいいとして、件の山田はというと、もうわざわざ言葉にする必要もないくらいの光景を繰り広げていた。手短に言うならば、山田と名も知らぬ新しい女子が歓談している。


二人で。

男女で。


 遠くて会話は聞こえないが、二人の手振り身振り、視線や口の動きを観察していると、そこまで親しい関係でないことはよくわかる。


 お互いの会話のテンポがわからないときに見られる特有の間。


 それの間が時折、二人に訪れている。


「なんか、ここまでモテてると驚きを通り越して呆れてくるわね」


 里霧は腕を組んでそう言った。


「ギャルゲーの主人公? ラブコメの主人公みたいな能力でも持ってんのか? アイツ」


 万有引力的な能力が山田に備わっているとしか思えないな。


 スタンド使いが惹かれ合うみたいなことなんだろうか。


「……わた……いう……ありながら……」


 山田と女子Cとの様子を眺めていると、オレの手のひらによって視界が塞がれている福意は黒い感情を沸々と煮詰めるように呟いていた。


 カチカチカチ。


 その呟きの直後、福意の手元から歯切れのいい、硬い音がしていることに気がついた。


 カチカチカチカチ。


「待て待て待て待てぇ!」


 その音の正体、硬い音の正体はカッターナイフ。


「私というものがありながらああぁ!」


 福意の愛憎を含んだ叫びと、右手に持ったカッターナイフは異常事態を察するにあまりあった。


 そして、その事態に気づいたのは、里霧も同様だったらしい。


 オレはすぐさま、カッターナイフを持っている右手を抑え、里霧は左腕を抑えていた。


「早まるな、変なことを考えるな!」

「人生まだまだこれからだよ! この先にもっといい人が現れるから! ね! ね!」


 福意は拘束されてもなお、歓談中の山田に突撃しようと、手足を動かし、暴れている。


 その暴れている最中、カッターナイフの刃がオレの前髪を掠める。


 血の気が引いた。

 死ぬかと思った。


「止めないでください不撓会長! 里霧先輩! 私はあの人の道を正さなくちゃならないんです!」


「人の道を正す前に自分の道をしっかり歩け!」


 踏み外しかけているのはお前だ!


「そんな正論、聞きたくありません! 私はオフロードを歩いて生きていくんです!」

「頼むか舗装してくれ!」


 踏み外している自覚があるなら、止まってくれ。


 踏みとどまってくれ。


 自力で。


「里霧もなにか言ってくれ!」

「えっ、私⁉」


 まさか自分に白羽の矢が立つと思っていなかったのか、それとも抑えることに必死だったのか、里霧は驚いたような声でそう言った。


「ほら、こんな騒いだから山田くんどっか行っちゃったよ!」


 福意の荒ぶる右腕を抑えながら、視線を校門前に向ける。


 確かに山田と女子Cの姿はなく、閑散とした景色が広がっていた。


 これだけ騒いでいてはこうなることは至極当然で、この場から去ったことよりも、この光景を見た山田が警察に通報しているかどうかの方が心配になる。一つ見間違えれば、オレと里霧が襲っているように見えなくもないし、そうでなくとも、凶器を振り回している生徒がいることも問題だ。


 山田の姿が見えなくなると、福意は牙を抜かれた狼のように、凶暴性がなくなった。


 あと一歩遅かったら、オレの顔が切り刻まれているところだった。


 その証拠に、眉間のあたりから顎にかけて、カッターナイフの刃が抜き身の状態で静止していた。


 あ、危なかった……。



          *



 生徒会に恋愛相談をしてきた福意は、その過程で恋敵の存在を知り、真偽を確かめるために山田の跡をつけた。それも福意一人ではなく、オレと里霧を含んだ三人で。もちろん、オレと里霧は自ら進んでついていったわけではない。渋々、仕方なくというのがオレの所感だ。


 そして、一度ならず、二度までも恋敵の姿を見てしまった福意は理性の糸は途切れ、本能のままに暴走してしまったあの日、その後日談。


 時は放課後。場所は生徒会室。


 机を挟んで対面に座っている福意は清々しいほどの笑顔を湛えていた。


「先日はお見苦しい姿を失礼しました」


 先日の嫉妬オーラは一切感じない。


 このまま清涼飲料水のイメージキャラクターとして採用されても不思議はないほどに爽やかだ。


 もはや別人、誰だこの人は。


 オレの知っている福意初はもっとこう、おっかなくてカッターナイフを振り回すような、そんな感じ。


「正気に戻ってくれたのは結構だし、別に、この前のが失礼ってわけでもないんだけど……」


 オレは視線を右に向けて、抱いた疑問について、福意に訊いてみた。


「そんなことより――――福意、なんでコイツと一緒に来てるんだ?」


 コイツ――コイツとは、福意が恋焦がれてしかたのなかった相手。


 山田一。


 先日の一件を知っている人間からすると、どうして一緒にいるのか、同席しているのか理解できない。


 とういか、福意と一緒にいて山田が無事なことが信じられない。


 怒り狂ってカッターナイフ持ち出す女だぞ。


「それはですね……」


 もったいぶる福意。


 なんだ、この間は……。

 事はそれほどまでに深刻だというのか?


「も、もしかして、法廷にいくことになったとか?」

「生徒会長は私をなんだと思ってるんですか……」

「そりゃあ、キレるやつだろ?」


 二つの意味で。


 納得のいっていない福意と、首を縦に激しく振って同意する山田。


 おいおい、まじで法廷に行くんじゃないだろうな。


 オレ、証人として呼ばれたりするのかなぁ。


 不安だ。


「私の印象は置いておいて――」


 予想に反した反応だったからか、福意は渋い顔をする。


「私たちが今日、生徒会に訪れたのはこの前の件についてなんですが、生徒会長にも手伝ってもらったので、一応言っておかないとなと思いまして」

「随分と硬い言い回しだな」


 福意は「それは私の癖なので」と照れ隠しに頬を掻いてみせた。


「それで生徒会室に来た訳なのですが――――」


 たっぷりと間を置く福意。


 それは重大な何かを、伝えるための静寂だった。


「――――私たち付き合うことになったんです!」

「……ん……?」


 虚を突かれたオレの脳内は、破壊的な情報の衝撃に耐えられず、思考がショートする。


 ツキアウってなんだ、槍で行われる試合か?


 もしくはフェンシングでもするのか?


 それとも、男女交際という意味の付き合うか?


 数秒の沈黙の間で、どうにか頭のメンテナンスは完了した。


「ああ、それはおめでとう!」

「ありがとうございます!」


 演技掛かった祝福の言葉と、ぎこちない笑顔しか送れない。


 どんな手段を以ってして、山田を口説き落としたのだろうか。


 これまでの福意を見ている限りだと、取った手段は一つしか思い浮かばないが……。


 疑念は尽きない。


 幸せそうな福意の彼氏であるところの山田の表情は、福意ほど晴れやかではなかった。


 晴れやかどころか、曇りまくっている。


「まさか、家族以外の連絡先全部消されるとは思わなかった……」


 と、山田は独り呟いていた。


「マジか」


 引いた。


「なにを言ってるの、自分から消したんでしょ?」

「…………」


 消させたな、間違いなく。


 プレイボーイ山田一の姿は跡形もなく消え去り、一途(強制)な山田一に生まれ変わっていた。


 何も言い返さないくらいに一途になってしまった。


「生徒会長もやることがあるでしょうし、私たちはこれで失礼します」


 言って、福意は立ち上がった。


 山田も同じく立ち上がると、「はあ」とため息を吐く。


 二人が踵を返したところで、生徒会室の扉はひとりでに開いた。


 当然、扉はひとりでに開くわけがないので、扉の向こう側の誰かが開けたということになる。


「えっ?」


 扉の向こうから現れたのは里霧有耶。


 生徒会執行部の一員であり、福意の恋愛相談を受けたもう一人の生徒である。


 里霧は驚いた表情を浮かべて、開いた口は閉じることはなかった。


 そして、去っていく二人に視線を追従する里霧。


「失礼しました~」


 別れの挨拶をする福意の後に続いて、山田は軽い会釈をして生徒会室を去っていった。


「どういうこと?」

「さあ、オレに言われてもな」

「なにがあったの?」

「なにかがあったんだよ、多分」


 ひとまずこの件は解決ということでいいのだろうか。


 福意の相談通りというか、望んでいた結果にはなったわけだし、この結末でもいいと思うのだが、どうしても豹変してしまった山田が気がかりになる。


「一応、顧問に言っておくか」

「ほんとになにがあったの……あの二人」


 里霧の疑問はすぐに解消されることはないだろう。


 けれど、まあ、いつか、ことの真相を知れることを祈るしかないだろう。

 知って、なにかできるか、なんてことはわからないけれど。


 またなにかあれば、その相談にのるしかない。


 それが志操学園高等学校――生徒会だ。

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