第16話 オモイおもい 01

「私……彼のことが好きなんです!」


 胸の位置で両手を握りしめて、愛の告白をここで――生徒会室で叫んでいた。

 もちろん、オレでもなければ、里霧でもない。生徒会に相談に来た女子生徒がそう叫んだのだ。


「はあ……」


 そんなことをここで叫ばれても……愛を叫ぶなら屋上で頼みたい。


 いまいち状況が掴めていないオレの傍ら、テンションが上限に到達していそうな人間が一人。


「どこが好きなのっ! どこどこ!」


 里霧有耶のテンションは極まっていた。

 机に身を乗り上げるほどに高まっていた。


「ええと、彼とは――」


 そうして、『私』と『彼』の馴れ初め話は里霧の問い詰めによって幕が上がる。


 里霧がこの様子なら、わざわざオレが聞き役に徹する必要もなさそうだ。


 片思い女子生徒に記入してもらった用紙を取り上げて、オレはそこに視線を落とす。



 名前:福意初ふくいはつ

 学年:一年生

 要件:相談



 その他色々書いてあるが、必要そうなのはこの辺だろう。

 それに、開口一番で何を相談しに来たかなんてのは、察するに余りある。


 というか『彼』って呼称、今どき珍しいな。昔読んだ少女漫画にはそういった呼び方をするキャラクターもいたような気がする。もしかすると、福意初という女子生徒は少女漫画が好きだったりするのだろうか。まあ、好きだからなんだという話でもあるんだが。


「それで、彼って同級生なの?」


 なかなか明かされない『彼』の正体について、里霧は瞳を輝かせていた。

 好きだな、恋バナ。


 ちなみにオレも嫌いなわけではない。


「ええと、はい。同級生です。同級生なんですけど、同じクラスじゃなくて、別のクラスの人なんです」


 少し顔を俯けると、福意は照れ隠しをするように、長い髪の毛先をまとめはじめた。


 他人に恋愛相談をする行動力の高さのわりに、席についてからずっと落ち着きがなく堂々としている様子ない。突発的な行動だったのだろうか。


「名前は名前は?」


 それにしても、今日はやけにテンションが高いな里霧。


 いいことでもあったのか。 いや、いいことがあったというより、深夜テンションのそれに近いような気がする。


 なんでも面白いというか、なんにでも興味が湧くというか、そんな意味不明で奇天烈な思考回路。


 里霧を一瞥していると、その対面にいる福意からようやく『彼』の名が明かされる。


 このときだけ、泳ぎっぱなしだった福意の視線は里霧をしっかりと射抜いていた。


「彼の名前は山田一やまだはじめ……くん」




 な、なんて見本で使われてそうな名前!


 次点で田中、佐藤あたりか。

 ポピュラーな名字だけど、名前が一なところが逆に珍しい。


 ルビも多分いらないなこれ。


 しかし、そんなことを思っていたのはオレだけだったらしく、特に名前について、里霧からツッコミ、追求されることはなかった。


 もし、この場に厳見がいたなら間違いなく言及するだろうな。

 そして、女子たちの会話は続く。


「まだこれといって関わりがあるわけじゃないし、これといってきっかけがありそうでもないし……」

「福意ちゃんが山田くんを好きになったきっかけってなんだったの?」

「入学式のことだったんですけど――」


 福意は当時のことを思い出し起こしている様子で、頬を赤らめていた。人に対する好意がこれだけわかりやすい人間も最近じゃ珍しい。


 そんな枕詞を皮切りに、入学式で起こったあれこれを、彼女と彼の馴れ初めにまつわるあれこれの話に突入する。





 時は一ヶ月ほど巻き戻って四月上旬。入学式。


 もちろんオレも入学式に関わっていたが、今回は福意初の物語。

 どういう出会いで、どういう経緯を辿って、どうやって恋に落ちたのか。


 そういう話だ。


 入学式当日――1年生にとってみれば、高校生活が始まる大事な日。その日の振る舞いは大なり小なり、この後に続く人間関係に影響をもたらす。周りからの第一印象の良し悪しが決定する日。


 態度が悪ければ不良に、陽気なやつは人気者、極端ではあるがそういったふるいに掛けられる。


 そこに悪意があるかどうかはともかくとして、潜在的にそういう人だろうと断定されるのだ。


 そんな日に福意初は、あろうことか寝坊をしてしまった。


 目覚まし時計は朝の八時を指していた。入学式の集合時間は朝の九時、これから身支度や朝食を取って、学校に向かうという手順を踏んでいては到底間に合わない時刻。


 本来なら、朝の七時に起床し、余裕をもって登校するはずだった彼女は、気が動転したなんて表現では甘いくらいに大慌てしていた。


 指し示した針を確認するや否や、ベットから飛び起きて、前日にまとめて置いてあった制服に手を伸ばす。綺麗にアイロン掛けをされていた制服だったが、福意は無造作に手に取って、荒々しく着替えていく。


「ちゃんと昨日設定したはずなのに、どうして入学式でならないの!」


 そんな愚痴を目覚まし時計に向けていた。



『ああ、入学式の日に目覚ましが鳴らなかったっと、それは不憫ね』

『一応、前日に音が鳴るかどうかも確認して、おかしな様子はなかったんですけどね』

『まあ、機械は突然逝くからな、運がなかったと諦めるほかないな』



 ものすごい速さで身支度を終えた福意は、家を飛び出して、学校へと駆けていた。


 福意の登校手段は徒歩。志操学園高等学校の近くに自宅があるため、バスや電車を利用せず、徒歩で登校しているらしい。自転車の方がもちろん早いのだが、健康志向の強い福意は徒歩を選択したそうだ。


 その間、木から降りられなくなった猫を救い、大きな荷物を抱えた老婆を


 助け――、


『いや、ちょっと待て。無いだろ、何があったらそんな展開になる!?』

『え? 割りとよくありませんか?』

『そんなことがあるのは、多分、あなただけだと思うわよ……』


 猫を木から下ろし、通学路からはずれないところまで荷物を肩代わりして、老婆に返す。


 そして、寄り添うようにしていた歩幅を翻し、もう一度、駆け足で通学路をひた走る。


 相当な時間を割いてしまったが、走ればまだ間に合うだけの時間はある。しかし、このあといくつかある信号が微笑んでくれるかどうかで、このあとの明暗が分かれるところだ。運悪く、赤信号に捕まりでもしたら、おそらくは間に合わない。一つだけなら希望はあるが、それ以上、引っかかってしまうことがあったら、遅刻は確定したようなものだ。


 福意が抱いたそんな懸念は、懸念でしかなかった。


 驚くべきことに、視認したときには赤を示していた信号は、近づくとすぐさま青に変わってくれた。


 そのおかげで、志操学園高等学校の校門が目と鼻の先の距離までたどり着いた。


 この先には、もう信号機は設置されていない。あとは駆け抜けるだけ。高校生活が幕を開ける今日、入学式に――ファーストコンタクトで変な印象を植え付けないで済む。


「よかった、間に合いそう――」


 安堵の言葉を漏らし、福意は駆けるスピードを落としていく。


 昇降口前に貼られているクラス表を確認するも名残惜しく視線を残す――残しながら、中に這入る。


「――っ」


 正面に注意を向けていなかった福意は、昇降口に立ちふさがる何かにぶつかって、倒れ込む。


「いたたた……」


 尻もちをついたところをさすって、自分を阻んだ障壁を見上げる。


 そこにそびえ立っていたのは自分と同じ制服、正確には男子の制服を身にまとっていた新入生。


 もちろん、その新入生とは、彼――山田一だ。



『何たる少女マンガ的展開!』

『恐ろしいほど王道いくわね。登校途中の曲がり角でぶつかるのかと思ったら、ここでなのね』

『運命的な出会いだと思いますよね、構図も運命的ですし』

『『?』』



 振り返り、福意の存在を認めると、山田は優しい口調で声をかけた。


「あ、大丈夫?」

「…………」


 福意によると、背の丈は自分よりも頭二つ分ほど高く、精悍な顔つきをしているらしい。


 聞いている限りだと、相当なイケメンということになるが、恋に落ちてしまっている彼女の証言は本人を見てみないとなんとも言えない。


 あまりに大絶賛をするせいで、こっちまで変な色眼鏡がつきそうだ。

 恋フィルターとでも呼ぼうか。


 そのフィルターにプラスして、記憶という朧げなフィルターもかかっているとなると、信憑性はないに等しいだろう。


 そういった出会いを迎えてしまった福意初は恋に落ちて、現在に至ったそうだ。



「なるほど、話を聞いている限りだとアイドルにしか聞こえてこないんだが……」

「彼は私の中では、もう既に――アイドルです」


 斜めしたに視線をやり、頬に手を当てる福意。


「そ、そうですか……」


 ツッコミを入れようとも思ったが、当たり障りのない返答にシフトするオレだった。


声のトーンといい、仕草といい、福意が取った行動のすべてがツッコむ気を失せさせる。


他人を引かせるほど惹かれていて、逆上せている。


「それはそうと福意さんは、その山田一くんとどうなりたいんだ?」


 相談しにくるということは、何かしらのこうなりたいという展望――願望があるはずだ。


 付き合いたいとか、きっかけがほしいとか、そういった明確な何かがあって然るべきだろう。


 それに話を聞いている感じ、そういう願望があることは間違いない。

 そうでなきゃ、見ず知らずの先輩たちに相談しに来ないだろう。


「そうですね~、う~ん」


 わかりやすく、首を傾げて唸る福意。


「来世まで一緒にいられたら良いなって思います」

「愛が重い!」


 付き合いたいとかそんなチャチなもんなかった。考えうる範囲で最上位にランクインしそうなくらいに重い回答だった。


 しかも、満面の笑みでいるのが怖い。自分の回答になんの疑いもない様子だし、そう答えるのが当然とすら言ってのけてしまいそうだ。


「なんか、逆に気になってくるわね、山田くん」


 ついさっきまで乗り気だった里霧の表情にも陰りが見える。


「ということで、来世まで一緒にいるためには、何をすればいいのでしょうか!」


 何がということなのかわからないし、何をすればいいのかもオレにはわからねぇよ……。


 来世まで一緒にいる方法ってなんだ? 逆に教えて欲しい。


「何って言われてもなぁ……」


 質問に対して、適切な答えが出ていないオレは、里霧に目配せをしてみる。


 ここで振られるとは思っていなかったであろう里霧は自分を指さし、小声で

「え、私?」と戸惑っている様子だった。振っておいてなんだが、やっぱり答えに詰まるよな、すまん。


「ひとまず、きっかけがないと来世もなにもないから、きっかけ作りからかな。山田くんって部活とか委員会とかに入ってたりしないの? 入っているなら、同じ部活とか委員会に入るのが手っ取り早いと思うんだけど……どう?」

「山田くんと同じクラスの子にも聞いてみたんですけど、私が聞いた限りでは部活にも委員会にも入ってないみたいなんですよね」

「一緒の部活に入ってからならやりようはあったんだけど、入ってないんじゃそれも無理っぽいわね」

「そうなんですよね」


 同じ部活、委員会に入る案は実行不可となった今、新しい策を練る必要がある。女子二人は腕を組んで、「う~ん」と考え込んでいる。これ以上、新しい策も出そうにないな。


 まあ、仕方ないか。


「よし、ここはオレに任せてもらおうか!」


 立ち上がってオレがそう宣言すると、二人はぽかんとした表情を浮かべた。



――――――――

読んでくださり、ありがとうございます!

今後も続いていきますので、お付き合いいただければ幸いです


この話は全6話構成です。

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