第17話 オモイおもい 02


「あれが山田一か?」

「多分……そうじゃない?」


 福意初が生徒会室にきた翌日の放課後、オレたち二人――不撓導舟と里霧有耶は廊下の曲がり角で身を潜めていた。視線の先には福意の姿が見える。そわそわしながら、そのときを待っている。


 本日の中心人物である山田一は、教室の扉付近で友達と談笑している。福意から聞く限りだと、授業が終わり、放課後を迎えるとすぐさま帰るとのことらしい。ということは、目の前で行われている愚痴大会が終われば、彼はいつもどおりに帰路につくことだろう。


 それにしても、友達の愚痴すごいな。先生に対する愚痴もあれば、バイト先の愚痴、果てはここにいない友達の愚痴まで、四季折々の愚痴を披露している。


 友達の畳み掛ける愚痴についていけていない山田の表情は引きつっている。ものすごく帰りたそうだ。


「痛っ……なに?」


 まるでドアにノックをするかのように、頭のてっぺんを小突かれたので、見上げる。


 小突いた本人の里霧は視線を変えることなく、山田の方を見据えていた。


「それはそうと、あの子に何を吹き込んだの?」

「大したことは教えてない。まあ見ていればわかるよ」

「見ていればわかるって、また変なこと考えたんじゃないでしょうね」

「またって、オレが今日に至るまで、そんな変なことしたか?」

「えっ――してるでしょ?」

「えっ――即答⁉ 今までのどこに変な行動が⁉」

「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」


 覚えは一切ないが、やるだけやってみるか。


 …………。


 うん、ないな。


「って、そんなことより、終わったみたいよ」

「なぜオレの頭の上に手を乗せる……」


 オレは視線を真っ直ぐ戻す。


 福意が待機している場所は山田とは別のクラスの教室。その扉の前でこちらの合図を待っている。


「作戦の確認をするぞ」


 そう言って、オレは淡々と話す。


「今回の作戦は福意と山田との間に出会いのきっかけを作ることが目的だ。ここまではいいな」

「もとからそういう相談だもんね」

「山田たちの雑談が終われば、間違いなくこっちの方へやってくる。昇降口までの最短ルートだからな」


 遠回りをするなら話は変わるが、山田にはそうする理由はないだろう。放課後を迎えてすぐに帰宅するような男が、わざわざ遠い道を選択するわけがない。


「あとは福意が待機しているところまで来たら、合図で福意は飛び出す」

「それでぶつかって――って少女漫画みたいな展開じゃない――しかもこんなものを作戦って……」

「出会い方が少女漫画だったんだ、それならきっかけ作りも少女漫画みたいな方が上手くいく」


 と、思う。


「それに一から十まで決めても、状況によって臨機応変に対応できるか怪しいからな。しかも事は恋愛絡みだ、パニックになって真っ白になって、何もできなくなるよりは、多少ザルな方が気楽でいいだろ?」

「まあそうかもね。そこまでは異論ないんだけど、ぶつかったその後はどうするつもりなの?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったな」


 オレは自分の制服にある胸ポケットを弄る。


「はい、これ」

「えっ、メガネ? なんで?」

「福意の同級生って設定。オレがやってもいいんだが、男が出ていくよりも同性のやつが出ていった方が都合いいだろ?」

「それはまあ、わかるにしても、今どき渦巻きメガネって……」

「仮装部に『何かいいメガネない?』って聞いたら、これ出された」


 これがああで、あれがこうで、と仮装部から熱い説明を受けたが、扮装するならこれぐらい強烈なキャラの方がいいだろう。ただ、問題は里霧がこのメガネを受け入れるかどうかだが……。


「それ以前にいま出ていく必要ある?」


 メガネ以前の問題だった。


「第三者を入れることで信憑性を増すことと、目の前で不憫な目に遭っているという意識付けをすることによって同情心を生み出すことができれば、山田の人柄的には九分九厘、手伝ってくれるはずなんだ。だから、里霧の存在は必須だ――頼む!」


 捧げるような姿勢を取り、オレは手のひらの上に渦巻きメガネ乗せた。

 そして、里霧は捧げ物をさっと取り上げる。


「べつにそこまで言われなくてもやるわよ、これくらいのこと!」


 そう言うと、里霧は渦巻きメガネを身につける。

 そして、メガネのレンズを少し下げて、照れくさそうにこう言った。


「あと、演技には期待しないでよ!」


 どうやら二人の談笑(愚痴大会)は終わったらしく、山田とその友達は手を振り別れの挨拶を交わしていた。山田の帰宅は近いらしい。


 雑談をしていたせいで、里霧に必要な文言を伝えきれていなかった。正直なところ、このあとの行動よりも里霧がこの役を担ってくれるかどうかが鬼門だった。


 厳見曰く、『あ~、付けてくれるやつはなんの抵抗もないだろうけど、嫌なやつはとことん拒否するだろうな。とはいえ、俺の交友関係内での話だけどな』だそうだ。そういうこともあって、直前まで里霧には話さなかった。結果的には、その懸念は杞憂に終わったわけなんだが。


 幸い、その鬼門は突破できた。


 さて、ここからは福意が教えた手順通りにやってくれるかどうかだ。


 別れの挨拶を終えた山田は足早に廊下を進んでいく。

 教室の扉付近に待機している福意はこちらに視線を寄越し、合図を待っている。


 山田は廊下中央を進んでいたが、廊下に置かれているカラーコーンの存在を認めると、進路を教室側に切り替えた。これだけ寄ってくれれば、ぶつかってもわざとらしくはないだろう。


 ちなみにカラーコーンはオレが設置した。

 ついでに水もぶち撒けといた。


 もしかしたら、こういった裏方の仕事によって、少女漫画の展開が作られているのではないかと考えていた。いつも、ご苦労さまです。裏方の人。


 廊下の曲がり角で待機しているオレは、左半身を晒して、左腕を振り下ろす。


 この動作が福意飛び出しの合図だ。


 クリアファイルに挟まれた一枚の紙切れを抱いて、福意は飛び出した。


 ぶつかることが前もってわかっていた福意の勢いは、ほぼゼロと言っていいほどだった。触れた瞬間に自分からのけぞって、見事な転倒ぶりを披露する福意。


「いてて……」


 対する山田は突然のことに動揺している様子だ。

 しかし、そんな中でも、尻もちをついている福意にそっと手を差し伸べる山田。


「あっと……ごめん、大丈夫?」


 切り揃えられた前髪に、大きな瞳、全体の雰囲気からも清潔感が漂っている。


 福意に限らず、女子から好意を寄せられることも多そうだ。それを裏付けるかのような行動力――山田という男は随分とポテンシャルが高いらしい。


 裏とかでファンクラブが設立されてたりしてな。


「あっ……うん」


 その手を取った福意は俯きながら立ち上がる。好きであるが故に、その人の顔を直視できないのは当然といえば当然の反応だった。


「「…………」」


 立ち上がった福意は落ち着かない様子でいる。


 恥ずかしさで顔を伏せてしまっている福意に困りかねている山田。


 数秒間の沈黙を破ったのは、意外にも福意だった。


「あ、あの……ありがとうございます」


 頭を下げる福意。生徒会室で話したときとは、まるで別人だ。


 恋をすれば人は変わると言うが、これほどまでに激変させてしまうほどか。口調はもちろんのこと、動作というか所作というか、そういったところも違うように思える。なんなら声もワントーン高い。


「結構勢いよく転けたけど、痛いとこない?」

「ああ! はい、痛いところはどこにも――」

「それとこれ落としたよ――えっと、」


 二人の会話を傍目に、オレは里霧の肩を叩く。


「それじゃあ里霧――頼んだ」

「見様見真似でやってみる。できるかどうかは知らないけど」


 渦巻きメガネキャラの見様見真似ってなんだろう、なんて思ったりもしたが、真似先があるんだろう。


 オレが持ってきたとはいえ、近年じゃまあ見ないけどな――そのメガネ。


 里霧は既に、役に入っているようで、こちらを見向きもせず、福意と山田のいるところへと駆け出た。


 駆け出すといっても競歩くらいの速度。


 数秒もせずに二人のいるところへたどり着く里霧。


「福意ちゃん――ほんっっっとごめん! 急に委員会の用事入っちゃって――そっちのやつ手伝えそうにないんだ、ほんっっっっっとにごめん、今度埋め合わせするから」


 顔の正面で手を合わせて、謝罪の意を示す里霧。


 あれだけ自信がなさそうにしていたのに、言葉も仕草も自然だ。素人目ではあるが、演劇部でもやっていけるんじゃないかと思うほどに。オレの想像以上に里霧は演技が上手かった。


 どういうキャラクター性なのかも、こういった文言を入れてほしいなんて伝えていなかったのに、『委員会の用事』とはいいチョイスだ。


 委員会なら、あとでオレがどうにかできる。


「本当は誰か代理の人呼べたら良かったんだけど、私の知り合いで今日空いてる人いなくて……」

「いいよ、そんな気にしなくて!」


 考え込む素振りをする里霧。


 すると、里霧は突っ立っている山田と目が合ったらしい。

 偶然ではなく、わざと合わせにいった感じだろう。


「ん?」

「ああ!」

「えっ?」

「山田一くんだよね!」

「そ、そうだけど?」


 言葉の末尾の後に、「そんなことよりも、そのメガネはどうしたんだ?」と言いたげな顔をしている山田だった。驚くのも無理はない。何せ相手は渦巻メガネだ。誰だってビビるし、訊きたくなる。


「もしよかったらなんだけど、私の代わりに出てくれないかな?」


 渦巻きメガネにあるまじき攻めの姿勢だ。


「一人でやるのはきついだろうから、山田くんがいれば安心かな~って思うんだけど……」

「う~ん、そう言われてもなぁ~」


 唸って見せる山田だったが、渦巻きメガネ里霧はこの程度では止まらなかった。


「そこをなんとかっ! ねっ!」


 なんかこのゴリ押し、見覚えあるな……なんでだろう。


 あ、オレがよくやるやつか。

 直近だと染屋に対してやってたな、あのゴリ押し懇願。


「まあ、少しだけなら……」


 渋々の了承だった。


「わぁ~、ありがとう! それじゃあ、安心だ!」

「安心……なのかな?」


 安心の意味にピンときていない山田だったが、安心したのはオレを含めた生徒会陣営の方だ。


 ここで断れでもしたら、別のアプローチを考えないといけない。福意が接触する度に変なキャラが出てくるようでは福意が避けられかねない。となると、厳見を召喚しなきゃいけなくなる。


 そんな事態は避けたいところだ。


「それじゃあ、私は委員会があるから。二人とも後のことは頼んだね!」


 里霧はにこやかな表情を浮かべると、手を振って踵を返す。

 そして、渦巻きメガネは颯爽と曲がり角を抜けるのだった。


「どうでしたか、委員会渦巻きメガネの里霧さんになった感想は?」

「演劇とかしてる人ってすごいわ……」


 心から漏れ出た感想のように聞こえた。


「まあ、それはそれとして、ひとまずナイス!」

「それはどうも」


 言うと、里霧は付けていた渦巻きメガネを取り外すとこちらに寄越してきた。


「貰ってくれてもいいよ? 仮装部から了承もらってるし、必要になるときあるかもしれないし」


 了承というか、いらないと言われた。


「ないよ? 必要になることは絶対にないよ?」


 それなら仕方ない、潔く受け取るとしよう。

 残念だなぁ~。


 差し出されたメガネを受け取って視線を福意たちに戻した。



――――――――

読んでくださり、ありがとうございます!

今後も続いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。


全体の約半分は終わったかな?

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