第18話 オモイおもい 03


「さて、繋ぐところまでは上手くいったが、問題はこの後だな」

「それもそうね。これから先は私たちも変に手出しできないし、本人に頑張ってもらうしかないわね」

「福意の頑張り次第だが、連絡先でも交換できたら大団円ものだな」


 まあ、そこまでいけなくても、挨拶を交わせるくらいの仲になれば良し――って感じかな。


 人と仲良くなるには、それなりのステップがある。しかも、そのステップは人それぞれで違う。


 すぐに仲良くなれる人間、仲良くなるのに時間がかかる人間、十人十色なわけだ。


 厳見春介曰く、同じステップ数の人間であったとしても、そのアプローチの仕方は異なる。詳しいことは長くなると言われ、詳細には聞いていないものの、厳見独自の理論があるらしい。


 最近、厳見の言葉を借りていることが多い気がする。


 しかし、それだけ厳見春介が友人関係の悩みについて――人と人との関わりについて、多くの知見を持っていることをオレは知っている。


 昔、その独自理論を聞いて、「友達の作り方間違ってないか?」と厳見に訊いてみたことがある。


 すると、厳見はこう言った。「友達を作るってだけならこんなことする必要はないな、一切ない。ただ、多くの人と仲良くなろうとするなら、考えて、意見を殺す必要もあるんだよ」だそうだ。このあとになにか言っていたと思うが、いまは思い出せない。


 なんのために友達を作り続けているのかは知らんが、今回の件に当てはめてみると、山田に対してどれだけ適切な距離感で接することができるか、そこが肝なんだろう。わからんけど……多分。


 そんなことを考えていると、福意と山田は二人で、こちらに向かって進みだしていた。


「やべっ、こっち来たぞ!」

「えっ、最初に行くの向こうじゃなかったの?」

「そのはずだけどな! なんでこっち来てんだ、あっち行け!」


 まさかの事態に慌てる里霧。オレも例に漏れず、もちろん慌てている。


 どうしてこれほど慌てているのかと言うと、隠れる場所がない。正確には隠れる場所はあるのだが、隠れるまでに時間がかかって、到着する頃にはまだ丸見え状態。隠れる時間がない。


「どうすんの? 私、面割れてるんですけど!」

「さっき唐突に仕事押し付けたやつの隣に生徒会長いるのやばくね? 察するにあまりあるだろっ!」


 実際に察するかはあれとしても、放課後、この時間、人気がなくなってきた静謐な廊下に渦巻きメガネの同級生に仕事を押し付けた生徒会長。冷静に考えれば、因果関係を疑わざるを得ない。


 そして、ここにたどり着くまで残り十秒を切っている。その少ない時間の中で、隠れる以外の選択肢を取った上で、この場を――この急場を切り抜けなければならない。


 思考は駆け巡り、実行可能か不可能かに関わらず、いくつもの案が上がっては却下されていく。


「何かないかっ!」


 要素が足りない。

 辺りを見回し、自分のブレザーのポケットを弄る。


「ん?」

「なに? なにかあったの!」


 ブレザーを弄って、左側のポケットにはさっき里霧が付けていた渦巻きメガネがあることは知ってた。


 そして、右側の内ポケットにも同様の膨らみがあることに気がついた。


 なにか入っている。


 そして、それがなんなのかは、すぐに思い至った。


「里霧っ! これ付けろ!」

「えっ、これを?」


 山田と目が合うまで、残り――五秒。


「目は隠すなよ、絶対バレるから!」

「じゃあ、あんたはなに付けるの?」

「これに決まってるだろ!」


 山田と目が合うまで、残り――一秒。


 目と鼻の先、すぐ近くまで迫っていることもあってか雑談の声が聞こえ始めた。


「そうなんですよ。あの子すぐいなくなるんですよ?」

「へぇ~、そうなんだ。それは大変だね」


 他愛のない会話をしている二人。


 そのまま、気づかないまま、なにごともなく通り過ぎてくれたならよかったのだが、そうは問屋は卸さない。山田は異変に気がついたのか、こちらに振り向く。


 そして、足の動きが止まった。


「…………?」


 視線の先には、渦巻きメガネで変なポーズを決めている男と、額にサングラスを乗せ、まるで、雑誌の撮影をしているかのような女がポーズを決めていた。


 そんな面妖な姿、姿勢を取っている二人は、間違いなく生徒会の生徒だった。


「…………」


 訝しむ表情は突き抜けて、何か確信めいた表情を浮かべる山田は、今すぐにでも警察に通報しそうだ。


 待て、怪しいものではない——と、心の中で呟いた。


「山田くん、早くしないと終わらないよ?」


 ナイスアシスト福意様。


「ああ、オッケー。今行くよ」


 止まっていた山田の足は再び、福意の方へと動き出す。

 しかし、山田の視線はオレたちを突き刺したまま。


「どんだけ警戒してんだ。オレたちはただ突っ立てるだけだぞ」

「オレたち? もしかして私も同列に扱われてるの?」

「残念ながら、オレの横にいるだけで同列だ」


 隠れるためとはいえ、渦巻きメガネで変なポーズを取っているオレは、あまりにも変質者だった。


 そして、その変質者の隣にいる里霧ももれなく変質者に格下げされている。


 里霧が一人で立っていたなら話は変わっていたのかもしれない。


 そんなことを呟きながら、山田をやり過ごす。


「行ったか――」


 気を抜いた瞬間、山田がそっと顔を出してきたような気がするが、多分、気のせいだろう。


「一瞬、覗いて確認したわね」


 気のせいじゃなかった。

 しかし、これが最後の確認だったようで、山田が再度覗いてくることはなかった。


「行ったか?」

「行ったみたい」


 二人が向かった方に顔を出してみると、二つの背中が見える。


「それで二人に任せた仕事ってなんなの? 任せろとか言って、福意ちゃんには言ってたみたいだけど、私はまだ何も聞いてないんだけど?」

「そういえば言ってなかったか」


 任せろって言ったっきり、里霧にはほとんど何も伝えていないような気もする。

 伝えていたのは、山田を説得させる役をやってもらうということだけだったか。


「二人にやってもらうのは空き教室の掃除だ」

「へぇ~、教室の掃除ね。それは本来どこがやるやつなの? いや、まあ、想像はついてるけど……」

「もちろん生徒会!」

「生徒会って空き教室の掃除までやるのかぁ……」


 しみじみと里霧。


「本来なら、保健委員か用務員のおじちゃんたちがやってるんだけど、保健委員のやつらが『一つだけやってくんね?』って言うから仕方なく……」

「断りなさいよ! だからあんな紙の山が生まれるんだって!」

「以後、気をつけます」


 里霧からのお叱りをしっかりと受けたところで、件の教室に向かう二人の後ろをつけていく。


 感づかれないように、身を潜めながら、二人との間隔を開けて進んでいくと、福意は立ち止まった。


 福意が立ち止まったところは目的地の空き教室。その前だ。


 この空き教室は他の教室や部室とは隔絶された位置にある。それゆえに、昔は溜まり場のようなものとなっていたらしく、そのことが発覚して以来、こうして施錠されている。


 とはいっても、行事企画書を通して、生徒主催の行事で使われたりすることもあるので、こうして定期的な清掃をしている。


 福意はその教室の方に向き直ると、しまっている扉を開けるため、鍵をがちゃがちゃと弄りはじめる。


「あー、あそこの鍵、開けるのコツがいるんだよな」

「へぇ~、どんな感じにやるの?」

「奥に押し込んでから、少し手前に引いて、若干左に傾けてから一気に回すと、開けやすい」


 ただ、一発で開くとも限らない。

 何度もやらなきゃ開かない日とかもあったりする。


 湿気とか関係あったりするんだろうな。


「お、開いたみたいだな」

「そうみたいね」


 首を傾げながらも、なんとか解錠に成功したらしい。


 扉を開けて、ぞろぞろと這入っていった。

 オレたちは空き教室の扉まで、カサカサと距離を詰めて、中の様子を伺う。


 普段は使われていないものの、定期的に掃除しているから、他の教室と比べて埃っぽいということもない。とはいえ、目に見える大きなゴミがないだけで、小さいものはいくつか見られる。


「私は雑巾やるから、山田くんはほうきの方、お願いしてもいいかな」

「ほうきでもいいけど、俺が雑巾やってもいいよ――水で濡らして使うでしょ?」


 学生を経験してきた者であれば、雑巾をやりたくない心理は理解できることと思う。その雑巾を率先してやろうとする山田の発言に驚かされたオレは、「イケメンか?」と言って感心し、傍らの里霧も同様の反応を示して、「イケメンだ」と声を漏らしていた。


「いいよ、いきなり頼んだのは私なんだし、これぐらいは自分でやるよ」


 福意は雑巾とバケツを手に持って、廊下の方へと進んでいく。


「それじゃあ、水汲みに行ってくるから、山田くんは先に始めてて」


 そう言い残して、福意は教室を出る。


 扉の前で様子を伺っていたオレたちに視線を向けることなく、ゆったりと歩き始めた。


 この行動は山田に悟らせまいとしたためだろう。

 先を行く福意を追うようにして、オレたちも空き教室の扉から離れた。


「どうですか、進捗は? 仲良くなれそうですか?」

「どうなんでしょう、今のところ事務的な? 会話しかできてない気がしますけど」

「会ってから時間が経っているわけじゃないし、掃除はじめてからが本番じゃない?」

「そうなんですかね」


 そうこうしているうちに、水道のある場所に辿り着いた。

 蛇口を捻って、バケツに水を張る。


「高校生活が始まって間もないし、山田としても、友達はほしいところだろう。あっちからも多少のアクションはあるだろうから、あまり気張らないで行ったほうがいいだろうな。もしかしたら、変なこと口走って、相手から距離を取られるかもしれないしな」


 そうなったら、目も当てられない。


「とは言っても、そこらへんの塩梅って難しいんだよね。男女だと余計に」

「趣味とか共通の話題がわからないんですよね」

「この前の小テストどうだった~とか、無難に学校の話題とかでいいんじゃない?」 

「そうですね、そうしてみます!」


 気合を新たに拳を握った福意だったが、


「ちょっと水! 水溢れてるっ!」

「えっ、ホントだ!」


 本当に大丈夫だろうか……。

 少し不安に思ったオレ、不撓だった。

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