第19話 オモイおもい 04


 かくして、山田一と福意初の二人で行われた、空き教室の掃除は終わった。


 特に進展があるわけでもなく、至極ありふれた日常会話が繰り返されていただけで、恋愛に関する踏み入った話は、聞いている限りだとなかったと思う。


 そう聞くと、福意に一歩踏み出す勇気がなかったかのように感じるかもしれないが、そうではない。


 福意はそれとなく、話題を振っていた。それもオーソドックスな切り口で。


 しかし、投げかけられた質問と感想には、はにかみ笑いを見せたり、話題を逸らしたりと、はっきりとした態度を示さない山田だった。


 ここで言うはっきりとは、山田に彼女がいるのかどうか、という話だ。

 仮に、山田に彼女がいるのだとしたら、ここから先に福意との展開はありえないだろう。


 無駄骨を折るくらいなら、素直に言ってほしいところだが、山田としても言いたくない事情もあるかもしれないし、なんとも言えないところだ。 


「今日は手伝ってくれてありがとう」


 掃除のために開け放っていた窓を順々に閉めていく福意と山田。

 そして、扉付近でその光景を見守る不撓と里霧。


「今日の今日で手伝ってもらえる人がいると思わなかったよ」

「俺としてもいい暇つぶしになったから気にしないで」


 おっと。


「もしかして、放課後予定あった?」

「ちょっと人と待ち合わせ」


 言って、山田は慌てて訂正をした。


「ああ、別に放課後になってすぐにってことじゃなくて!」


 慌てていた様子だった山田だが、すぐさま冷静な口調に戻る。


「今日の放課後、待ち合わせをしてたんだけど、結構時間が空いちゃってさ。どっかで時間潰さなきゃいけなかったんだけど、掃除のおかげでそうする必要もなくなった」


 爽やかな笑顔を浮かべる山田。


 予定があるのに手伝わせてしまったという罪悪感を払拭するための行動だったのだろう。発言から訂正までのスピードといい、そのあとの笑顔といい完璧だった。相手に対する気遣い、フォローは厳見と比肩しうるかもしれない。


「後片付けも済んだことだし、俺はもう帰るよ」


 山田は置いていたスクールバックを肩にかけて、手を掲げると「それじゃ!」と言って、扉へ進む。


 もちろん、スクールバックに手をかけた時点で、こちらに向かってくることはわかっていたので、オレたちは空き教室の扉から離れ、廊下の曲がり角に身を隠した。


 すたすたと競歩でもしているかのようなスピードで廊下を行く山田。

 その背中を見送ると、空き教室から福意初が出てきた。


 そして、オレたちと同様に、山田の背中を目で追っていた。


「して、どうでした? 進展の方はありましたか?」


 背後から話かけると、特に驚いた様子もない福意。


「これから話すきっかけ……くらいはできましたかね」

「そこまでいけば、あとはどうにでもなるだろ」


 幸い、福意のクラスと山田のクラスは、合同でやる授業がいくつかある。

 顔を合わせれば、それなりに話す機会が増えるはずだ。


「里霧さん的には今回の結果はどのように感じていますか?」

「なぜリポーター風?」




 理由があると思うのか。

 あるわけがないだろう。


「少なくともゼロが一に進展してるわけだから、いいと思うわよ」


 続けて「まあでも、これからの頑張り次第ではあるだろうけど」と里霧は付け足した。


「生徒会ができるのはここまでだ。あとは福意の行動と運にかかってるな!」


 この先、福意の思いが成就するかどうかはわからない。

 叶わないかもしれないけれど、叶うかもしれない。


 もし叶うことがあれば、そのときは惚気話の一つや二つ聞かせてもらうとしよう。



          *



 生徒会の仕事を終え、生徒会室の鍵を施錠する。


 あの空き教室の前で福意を見送ったあと、オレと里霧もそこで別れた。どうやら里霧も放課後に用事があるらしい。


 そんなこともあって、開けっ放しの生徒会室を閉めるために一人戻ってきたというわけだ。


「やることやったし、職員室に鍵置いて帰るかな」


 呟いて職員室までの道を辿る。

 くるくると鍵を回しながら、廊下を歩む。


 道すがら、福意初のことを思い出す。


 開口一番、生徒会室で愛を叫び、恋愛相談にきた彼女のことを思い出す。


 まだ大して生きているわけじゃないが、あんなにド直球な恋愛相談を受けたのは、さすがの生徒会長といえど、初めてのことだった。


 今まで、生徒会でも何度か恋愛相談(?)は受けたことはあったが、そのほとんどは言葉を濁して、直接的な表現を避ける生徒ばかりだったから、そういった点で言えば、福意は今までにないタイプだった。


 ただ、


「想い人が想い人だからなぁ」


 山田は人気あるだろうしなぁ。

 なんかわからんけど、雰囲気? とか?


 山田の人気がものすごく曖昧な感じになってしまった。


 そんなことを考えているうちに、職員室に到着した。


 中を覗き込むと、職員室内は無機質に並べられたデスクがあるだけで、人の気配はなく閑散としている。


 部活で出ているにしても、おかしなくらい人いないな。

 まあ、なにかしらトラブルでも起きたんだろう。


「すいませ~ん、うちの顧問います?」


 どうせ返事は返ってこないだろうと思いながら、声を張ると、奥の方から木霊した。


「ああ、不撓か。ちょっと待ってろ」

「あ、人いたんだ」


 確か、一年生の現国をやっている先生だったか。

 自分で訊いておいて何だが、そもそもいるとは思ってない。


「ちょっといま、出払ってるらしい。なにか伝えることがあれば言っておくけど?」

「部屋閉めたんたついでだったんで、特には」

「はいはい、おつかれ」


 踵を返して、そのまま帰路につこうと思ったが、オレはもう一度、閑散とした職員室に視線を向ける。


「先生たちいないみたいですけど、何かありました?」

「いつもみたいに部活に出ている先生はいつものことだが、今日は転校生の手続きに出ていたり、あと問題児がまたやらかしたらしくてな、その対応とか色々あって閑古鳥だ」

「なるほど、いつも通りですね」

「キミの顧問もそこいらの対応をしているからな、生徒会長もその顧問も毎日大変だな」


 現国の先生は紙の束を掲げて、


「特に行事企画書とかな」


 と言って、呆れた表情を浮かべた。


「それはそうですね」


 そうして、オレは軽く会釈をして、今度こそ職員室を後にした。

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