第14話 図書館棟の研究 03
※14話は約8900文字です。
――――――――――――――――――
染屋考案の謎解きゲームは図書館棟を主戦場とし、その答えは本棚の中にある。
謎解きゲームもとい、本探しゲームの参加者であるところのオレと里霧は、それぞれ分かれて一冊の本を探すこととなった。
探す――なんて言ってはいるものの、今のところ、二階にある吹き抜けの手すりにもたれ掛かっているだけ。だけ、というのは聞こえが悪いので訂正しよう。正確には、もたれ掛かりながら記憶を探っている状態だ。
図書館棟に入って、二階の手すりにもたれ掛かるまでの記憶。
会話や仕草、その場にあった物や何から何まで、思い出せるものを全部。
「…………」
順番に辿っていく。
一見、時間の無駄に思えるかもしれないが、案外、どうでもいいところにヒントがあったりするから侮れない。本を探しながらのマルチタスクでは思い至らないことも思い出せるから、分けてやった方が最終的には時間短縮になってたりする。
急がば回れ。急がずとも回れ。
吹き抜けになっている遠い天井をただぼーっと眺める。
「本に繋がる何かあったか〜」
一人で独り言を言ってみた。
こうなる展開は予想できていた。
だから、目に見えるものは極力覚えておくようにしていたが、その記憶が一つの物に結びつくかは別問題だ。それぞれの記憶が『点』から『線』にならない。
そうだな、とりあえす、さっき返却した本でも思い出してみるか。
「恐竜図鑑、都市伝説、六法全書、走れメロス、化学基礎、武術の雑誌」
んー、まあ、これだけじゃ共通点なんて無いわな。
となると、返却した本に加えて、染屋との会話がヒントに結びつくのか?
確証は一切ないが、まあ特にアテもなかったので、思い出してみることにした。
『いや、だって不撓が生徒会長になってから、何ヶ月も経つっていうのに、今まで一人だって増えなかったじゃないか。それを抜きにしたって時期的にもおかしいだろ』
『ああ、ただのアンケート集計だよ。不定期だけど、置いてほしい本についてのアンケートを図書委員がやっているんだ。そのための集計をさっき終わらせたところ』
『私は二年、染屋愛歌。ここら辺の説明はいらないだろうけど、一年生から図書委員をやっててたまに生徒会の仕事を手伝ったりしてる。趣味は読書、朝食のときにはコーヒーを飲むのが日課だ』
『この図書館棟の中から一冊の本を私に見せてもらおうか!』
他にも幾つかあるが、染屋の言葉で引っかかるのはこんなところか。
「…………」
うーん、噛み合う感じが一切しないな。
ほとんどがただの雑談だ。本に繋がりそうな単語もなさそうだが、本の中の用語みたいなものがヒントになっているのか?
もしくは、単純にオレが分からないだけか、問題自体がものすごく難しいのか。
頭の回る染屋が問題を作ったとは言え、あの一瞬の時間だけで難しい問題を作るのは不可能か。
「武術の雑誌から確認してみるかね」
もしなにかの用語なら、本の中身を見れば、それっぽいのが見つかるかもしれない。
手すりにもたれ掛かっている姿勢から飛び跳ねて、よれてしまったブレザーを正す。
確か武術の雑誌は一階だったか。
二階にいるオレはすぐさま一階へと駆け下りると、染屋の鋭い眼光に晒された。
その眼光が何を意味しているのかなんてのは分かりきっていたので、スイッチを切り替えるように駆け足から緩やかで穏便な歩行にシフトする。
お静かにってことですね。
「すみませんでした……」
謝罪の言葉を添えて、雑誌の置いてある場所へ向かう。
雑誌置き場に辿り着いて、件の雑誌『ザ・武術』を手にとって、ぱらぱらとページを捲っていく。
しかし、答えに結びつくようなものは得られなかった。
それから、五冊目の『化学基礎』、四冊目の『走れメロス』も同じ要領で目を通す。そして、三冊目の『六法全書』は飛ばして、二冊目『都市伝説』と一冊目『恐竜図鑑』まで確認したものの、ヒントになりそうなものや染屋の言動と一致するものは見当たらなかった。
もう一度土下座でもしようかなと諦めて恐竜図鑑を棚に戻すと、別で捜索していた里霧が現れた。
表情を見る限りだと、有力な情報はなさそうだ。
「何か答え見つかった?」
「いや、全く。一冊目の恐竜図鑑から六冊目の武術の雑誌まで軽く目を通してみたけど、繋がる要素が見当たらないな」
「やっぱりそう」
特に残念がっているわけでもなく、呆れている様子でもない里霧だった。
そして、顎に手を当てて考える姿勢を取って、数秒考え込む。
「あれ? 返した本をもう一回、見に来たのよね」
「え、ああ、そうだけど?」
「返した本の一冊目ってこの恐竜図鑑じゃないでしょ?」
「は? 一冊目は恐竜図鑑だったろ? 里霧も一緒に数えたろ、一冊から六冊まで全部」
あのとき返す本は残り六冊だって数えて、その一番最初――一冊目は恐竜図鑑だったはずだ。
里霧は首を横に振ると、三階を指差す。
「そもそも、私が来る前になにか知らないけど、一冊棚に戻してたやつ」
「あ、そういばそうだった」
里霧が追いかけてくる前、恐竜図鑑を棚に戻す前のこと。
染屋と里霧を置き去りにして、向かった先を思い出す。
「ああ、そうか! 一冊目はあれか」
そうだ、オレが初めに訪れたのは海外小説の本棚が置かれている場所だ。
欠けていた記憶は復元されて、点と点は線となって繋がった。
*
染屋が待つ一階受付に向かうと、文庫本を片手に開き読書に耽っている文学少女の姿があった。
紛れもなく染屋愛歌ご本人。
「どうだった? 謎は解けたかな?」
「澄まし顔でのお出迎えありがとう」
少し嫌味ったらしく言ってみたものの、厳見と負けず劣らずのスルースキルをお持ちのようで、
「どういたしまして」
と言ってのける染屋。
しかし、染屋には伝わっていないらしい。
いや、伝わっていないというよりも、嫌味が伝わっているからこその返答か。
染屋は広げていた文庫本を閉じて、机の上に置く。
「それじゃあ、名探偵の推理でも聞くとしようか」
「誰が名探偵だ」
その触れ込みで間違えようものなら赤面すること請け合いだ。
そもそも探偵でもなければ名探偵でもない。推理に長けているわけではないし、博学というわけでもないのに、その肩書きは一介の高校生には荷が重すぎる。
感じる必要のない重責を負いながら、オレは解答の代わりとなる、ある本を染屋に叩きつけた。
「シャーロック・ホームズ――――それが二人の解答ってことで良いね?」
「もちろん」
オレはもちろんのこと、里霧も同じく頷いて問題ないことを示す。
「それじゃあ、どうしてこの本を選んだのか、理由を聞こう……か?」
オレか里霧のどちらが説明するのか検討もつかない染屋は、きょろきょろ視線を泳がせていた。
どちらが解答するの? の意だと思う。
一応、里霧にも視線を送って、説明するか確認してみる。
「私は説明しないわよ? というか、したくてもできないし。何もわからないし」
とのことなので、説明役はオレに一人された。
まあ、元よりオレが説明する予定だったから全然良いんだけど。
それらしく咳払いをして、シャーロック・ホームズを選んだ理由について、推理の説明を始める。
たかだか謎解きとはいえ、やっていることは推理と言えるんじゃないだろうか。自分で推理と言葉にするのはむず痒くもあるが、それでもこの場で一番適している言葉であることは疑いようもなかった。
「一冊の本を持ってこいってお題が出ることは元からわかってた。だから図書館棟に行くってなった時点で視界に入る本はできるだけ記憶してたんだ」
そんな腹づもりでいたはずなのに、ものの見事に忘れてしまったわけだが。
今回の謎解きは間違いなく、里霧がいなかったら正解することができなかった。
里霧のおかげで忘れていた一冊を思い出すことができた。
「そして、染屋が返却してくれと頼んだ七冊の中に答えがあると仮定した」
恐竜図鑑、都市伝説、六法全書、走れメロス、化学基礎、ザ・武術――、
そしてシャーロック・ホームズ、この七冊の中に答えがあると、オレは仮定した。
品定めをするよう視線をオレに向けると、染屋は頷いた。
「ふうん、なるほどね。それで?」
今のところ特に異論ないらしい。
まあ、染屋のことだ、異論があったとしても途中で口を挟む真似はしないだろう。
オレはそのまま推理を再開する。
「どうして『シャーロック・ホームズ』なのか。それはまあ、当然と言えば当然なんだが、ヒントに符合するものが一番多かった」
まあ、そうでなきゃ選んではいない。
「あれ? でも不撓、キミってシャーロック・ホームズ読んだことあるの?」
首を傾げて考える仕草を見せる染屋。
染屋の言う通り、オレはシャーロック・ホームズを読んだことはない。
「本を読むときはいつも私におすすめを聞いてくるのに、自主的に読んでいるとは意外だな」
え、オレって自主的に読んでないと思われてんの?
染屋と出会う前、中学生以前に読んでいる可能性はないのか……。
まあ、確かに小説とかのおすすめは訊くし、九割くらいは染屋のおすすめに従いますけども。
「いくつかツッコみたいところはあるが、まあいいや」
何も本文を読まなくたって、知りたい情報を部分的に知れるツールは少なくない。人づて、インターネット、本など。他にもあるだろうが、ぱっと思いついたのはその三つ。
そして、この中からオレが選んだのは――――、
「シャーロック・ホームズ解説本……ああ、あったねこれ」
海外小説が連なる本棚に置かれていた解説本。表紙はゴシップ誌のような情報量の多さを誇っている。まるで、小説内の誰かが不祥事を起こしたかのように錯覚する出来栄え。それぞれの文言を読んでいくと、ゴシップ誌ではないことはわかるのだが、色合いから何から何まで勘違いされても言い訳のしようがない表紙の作りだ。
色相環にある色を全部使ってる感じ。
なぜだか知らないが、こいつだけ表紙が見える置き方になっていたというのと、この情報過多な表紙のおかげでこの解説本がすぐさま目に止まった。
あまりに表紙の作りが異色すぎた。
ぺらぺらとページをめくる染屋の傍ら、裏に回り込んだ里霧も解説本を覗き込む。
「私も一通り目を通したけど、ヒントと重なる部分って何かあったの?」
「ああ。ヒントと重なる部分、それは染屋が自己紹介の一言だ」
「自己紹介?」
「あのとき染屋の自己紹介はこうだ」
『私は二年、染屋愛歌。ここら辺の説明はいらないだろうけど、一年生から図書委員をやっててたまに生徒会の仕事を手伝ったりしてる。趣味は読書、朝食のときにはコーヒーを飲むのが日課だ』
「って言ってたよな。一言一句そのままを復唱してみたがあってるか?」
この質問に対して、染屋は「ああ。一言一句そのままだね」と同意してみせた。
「これが一つ目」
「一つ目? ってことはいくつかあるってこと?」
「今のところは三つ」
時間も押している、種明かしも早々に終わらせよう。
「ということで二つ目、染屋が読んでいる本。三つ目、オレたちが持ってきた本」
説明が始まると察してか、染屋は青い栞を挟んで閉じて、ブックカバーがつけられているその本をすっとこちら側へ差し出してくれた。
「それじゃあ、それぞれのヒントを説明してもらおうか」
言われれるまでもない。わざわざヒントを頼りにこうして見つけてきたんだ、なにがなんでも聞いてもらわないと困る。
「まず、一つ目のヒントは自己紹介のときに言った『朝食にはコーヒーを飲むのが日課だ』ってところだ。自己紹介の末尾に言うものじゃないし、どうして朝食の話で飲み物が真っ先に出てくる? その話をするにしても、ご飯派かパン派とかもっとポピュラーな回答があったはずだ」
まあ、自己紹介に無理やり入れ込んでくれたおかげで、違和感を覚えることができたわけだが。このやり方は染屋なりのヒントの出し方だったんだろう。
もし、染屋が気付かれないように隠そうと思ったら、もっと自然に溶け込むように仕込む。
違和感を抱かせないほどに。
気づかないように。
気づかせるために、ヒントになるように、染屋はその部分だけを強調したのだ。
「それにオレたちが戻した本の中で関連しそうなものといったら、走れメロスかシャーロック・ホームズの二択。そうなると小説内での時代背景的に考えてコーヒーが出てきそうなのは後者の方だ」
この証拠はあくまでも本命の証拠を補助してもらうもので、あってもなくても問題はない。
「一つ目は終わったけど、何か質問ある?」
う〜ん、と唸る染屋だったが、
「まあ、不撓のことだ、どうせ最後に本命の証拠でも持ってくるんだろうし……まあ今はいいかな」
とのことだった。
染屋さんはよくわかってらっしゃるな〜。
なんてしみじみとしている場合じゃなかった。
「んじゃ、二つ目」
オレは染屋から拝借した文庫本を手にとって、栞で挟まれていたページを開く。
「これはついさっきここに来たときに気づいたんだが、この青い栞が挟まれているページはどこでしょうか里霧くん。栞が置かれている方を答えてね」
オレは本が開かれた状態のまま里霧に手渡す。
「ええと、栞が置かれているページで良いのよね?」
オレは頷く。
「二百二十一ページ」
「栞の色は?」
「え? あ、青……?」
「英語にすると?」
「ブルー?」
「頭文字は?」
「B?」
「そう、二百二十一ページにブルーの栞が置かれている。シャーロック・ホームズの住居は――――」
「221B!」
里霧は解説本をぺらぺらと捲って、その中を指さした。
横取りされた……。
「しかも染谷、お前がいつも使ってる栞はこれじゃないよな? オレの記憶が正しければ、押し花が入っているやつだったろ。こんな真っ青の栞なんて使ってなかったはずだ」
プラスで付け加えるなら、染屋の栞は上の方に穴を開けて紐で結びつけている。
というかこれ、ただの画用紙を切っただけのものだな。
ハサミで切ったからなのか、画用紙で作られた栞の切り口は歪んでいる。
「よくそんなところまで覚えてるな。私が自分の栞をまじまじと見せつけたことなんてなかったはずなんだが……なんか、キモいな」
なんかキモがられた!
「要するに、私が読んでいた本のページが221で、しかもその栞が青色ということからブルーの頭文字をとってB。その二つを合わせて221B、シャーロック・ホームズの住居であると」
ふむ、と納得した様子の染屋。
「それじゃあ、最後――三つ目の証拠を見せてもらおうか」
図書館棟に来て、この謎解きのヒントを見つけて、証拠を集めて、随分と時間を使ってしまっている気がする。図書館棟の高い防音性で外界から完全に遮断されているせいで、時間感覚が狂わされているんだと思う。
一応、これで染屋を納得させることができれば、急場は凌げる。
しかし、まあ、オレの解答が正解であることが前提ではあるんだが。
もし不正解だったら土下座でも靴舐めでもして手伝ってもらおう。そうしよう。
そんな一抹の不安を抱えながら、最後の証拠を突きつける。
「最後の証拠はこの二冊だ」
ついさっきまで染屋が読んでいたブックカバーが付いている本と、オレたちが持ってきたシャーロック・ホームズの二冊。
「証拠を説明する前に、一つ確認してもいいか?」
確認を取るのはもちろん染屋にだ。
「オレたちはこの図書館棟に所蔵されている本を見せればいいのか?」
オレは「それとも」と付け加えて続ける。
「それとも、図書館棟の空間にある本を持ってくればいいのか?」
この期に及んで何を言っているんだと訝しむ里霧とは対照的に、染屋は微笑んで椅子の背もたれにより掛かる。
「そこを言及していいのか? この二択に白黒をつけてしまったら不利になるのは不撓の方だぞ」
「謎解きにグレーなんてないだろ。いつだって白か黒を決めなくちゃいけないはずだ」
「そうだね、謎解きにグレーはないね」
一呼吸おいて、染屋は答える。
「私が見せてほしいのは――図書館棟に所蔵されている一冊だ」
「『これで満足か?』とでも言いたそうだな」
「そりゃあ言いたくもなるさ……まあいい。最後の説明と解答を」
こっちの思いやりをなんだと思っているんだ、なんて愚痴をこぼしている染屋に心の中で謝罪しつつ、オレはコホンと咳払いをして開始の合図を示す。
「まず、オレたちが持ってきたこの本、実はほかの本と決定的に違うところが一つあるんだ」
「別に変わったところなんてなくない? 私もここに来るまでにぺらぺら捲ったり、表紙から裏表紙まで色々見たけど決定的に違うところなんてどこにも……」
「この本にはあるものがない。図書館や図書室なんかじゃ、絶対にあるものがこの本にはないんだ」
「ないって、何がないのよ?」
シャーロック・ホームズの本を目を細めてじっくりと観察に入る里霧。
その観察の意識は染屋の助言にシャットアウトされる。
「私たち図書委員が貸出をする際に必要なものだよ」
里霧が観察するために細めていた目は、正解に辿り着いたのか、ぱっと大きく開かれた。
そして、満面の笑みで答えた。
「あっ――貸出カード!」
「そう、貸出カードがついてない。うちの学校では裏表紙の内側に貸出カードを入れる場所があるんだが、どうしてなのかこの本にはそれがない。と、いうことはだ、この本は図書館棟が所蔵している本じゃないことになる」
「じゃあ、これは誰のなのよ?」
「そんなの決まってるだろ――――染屋の本だよ」
どうやらオレの推理は正しかったらしく、染屋は慎ましやかに手を叩いた。ここが図書館棟であることを配慮して音がならない程度に留めている。さすがは図書委員。
「ご名答。卒業したら探偵でもやってみたらどうだい?」
「やらないし、何回もこの謎解きをやってるからできるだけだ」
仮に何かしらの事件を解決しなければならないとしても、オレにはそんな推理力はない。
場数を踏んでいるからこそ、ここまで辿り着けているだけだ。
それに現代の探偵は不倫調査の仕事が大半を占めるらしいし、推理力がいるのかも怪しいもんだ。
「まあ、それはそれとして。そのブックカバーを外してもらおうか」
『仕方ないなぁ』とぼやきながら、染屋は慣れた手順でブックカバーを外す。
すると、オレが予想した通りのものが姿を現した。
二冊目のシャーロック・ホームズ。
瓜二つ。
まるで合わせ鏡みたいに――現れた。
二冊目の方、染屋が持っていた方には、もちろん貸出カードが入れられている。
貸出カードは図書館棟のもの――すなわち、それは図書館棟所蔵のものなのだ。
「これでどっちの本を渡せばいいか決まったな」
手渡されている二冊のうちの一冊を受付の机に置いてみせた。
「本当にこっちでいいのかい?」
「これが間違いなく正解だ」
自分でも『間違いなく』なんて言っている事実に我ながら驚いているが、まあ、そう思ったのだから、こう言うべきなのだろう。
解答に対しての静寂は随分と長かった。クイズ番組などの溜めを一とするならば、三はあったんじゃないかと思う。染屋は作業時間まで計算に入れていると言っていたが、本当のところは忘れているのは? と問いかけてしまいたくなった。それだけ長い時間だった。
そして、沈黙は破られて、染屋は解答の是非を口にする。
「おめでとう二人とも、私の目論見通りの解答だ!」
言い方が悪かったな、と声にして、染屋は言い直した。
「目論見通りなんて言ったが、別に不正解というわけではないよ。もちろん、正解だ。私がヒントとして出したそのほとんどを拾ってくれた」
ほとんど……ということはいくつか見落としがあるってことなのか。
一切見当がつかないが、若干の悔しさを感じる。
ぐぬぬ。
「しかしまあ、図書館棟所蔵のものかどうか聞かれたときは驚いたよ」
呆れたと言わんばかりの態度の染屋だった。
「シャーロック・ホームズシリーズのものならなんでも正解にしようと思ったのに、まさかしっかりと正解を答えていくとは思わなかったよ。しかも貸出カード有無まで見落とさなかったのは、さすがとしか言いようがない。褒めて遣わす」
随分と上からの物言いだな。
それに『褒めて遣わす』って……。
ただ、ものを頼む立場上、こちらの立場は弱い。
なにか言い返してやるか――とも思ったが、思っただけだった。特に思いつかなかった。
言い返せない立場とか関係なかった。
というか、同じシリーズならなんでも良かったのかよ。
「まあ、正解できたのは里霧が気づかせてくれたおかげでもあるけどな」
「私はなにかした気は全然しないんだけど。終始見てただけみたいなもんだし……」
そんな謙遜しなくても。気づかせてくれなかったら正解できなかった。
土下座ルートが確定しそうなものだったし。さすがの生徒会長も一日に二回も土下座はしたくないですって。しかも、同じところで。
考えるだけでもげんなりする。
「有耶のおかげ……ね、そうだろうさ。不撓は人がいるかどうか確認もせず、扉を開けるような男だものな。それほどまでに間抜けだものな~」
まだ根に持っていた。
心からごめんなさい。
まさかあんなところにダイレクトで返却作業をされているとは思わなかったんです。
「ともあれだ、これでキミたちは私が提示した条件をクリアしたわけだ。要求通り、生徒会の仕事を手伝ってあげよう」
確約を得て、これでどうにかなると安心するのも束の間、大きな音が辺りに響いた。
校内放送の音が辺りに流れたのだ。
『下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は速やかに帰りの支度を済まし、下校してください』
そして、同じ内容がもう一度繰り返されて、ぷつりと校内放送は切られた。
「なん……だと」
もうそんな時間になっていたのか。
オレは全ての力を失って、膝から崩れ落ちた。
両手をついて四つん這いに。
「終わった……」
「ふむ、勝負に勝って、試合に負けた的な?」
随分と声に抑揚が付いているが、多分、染屋だろう。
なんか、テンション高くない?
「もう下校の時刻になってしまったか。それなら帰る他ないな、仕方がない」
受付に座っていた染屋は立ち上がって、ゆっくりとこちらへ寄ってくると、オレの肩に手を置いて
こう言った。
「ちなみに不撓が頼もうとしていた生徒会の仕事の期日は――」
少し間を持たせて、にこりと笑って見せる染屋。
「実は明日までなんだ!」
めっちゃニコニコな染屋愛歌だった。
流石に長過ぎた……。
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