不撓導舟の独善
縞田
第1話 プロローグ
「定時となりましたので、前期生徒総会を始めます。学級委員の方は出席確認をお願いします」
学校に於けるトップとは誰か。
「一年A組二十六名」
この話題を挙げれば、出てくる人間はだいたい決まっている。
「一年D組二十八名」
理事長、校長、あるいはPTAと挙げる者もいるだろう。
「二年C組二十四名」
では、生徒という括りの中だとどうだろう。
「二年E組三十名」
スクールカースト上位の人間?
――――違う。
「三年A組二十九名」
それとも名家のご令嬢?
――――違う。
「三年E組二十四名」
はたまた生徒たちに恐れられるヤンキー?
――――それも違う。
「本総会は会員の必要定足数を満たしたため成立しました」
全ての委員会を取りまとめ、ありとあらゆる行事を取り進め、生徒の模範として、この壇上に立つ人間。
「これより志操学園高等学校、生徒総会を開会します!」
体育館のスピーカーから響き渡った議長の声は、静謐な空間に消えていく。
「まず初めに後期活動報告です。 不撓導舟ふとうどうしゅう生徒会長お願いします」
学校のトップがそれらの者であるならば、生徒のトップは間違いなく生徒会長と言えるだろう。
オレは――不撓導舟は自分の名前に呼応して壇上に設置された生徒会長の椅子から立ち上がる。
「生徒会より、後期活動報告。前年度より施行された生徒及び部活動の補助を主体として活動してまいりました。その他、学校行事や学外活動などに携わり前生徒会長の――――」
壇上に設置された机に目を落として、台本を確認しながら進行する。
しかし、常に台本を見ているわけではない。その都度全体に視線を送りながら、決められたセリフを口にしているわけだ。
滞りなく言葉を連ねていると、目蓋を閉じて、うとうとしている生徒が目に留まった。
こんな堅苦しい物言いは誰だって眠くなる。聞き馴染みのない言葉を延々と並べられてはそうなってしまうこと請け合いだ。
眠たそうにしている生徒は体裁を守る気を一切感じさせない。『本気』と書いて『マジ』と呼ぶくらいの爆睡をしている生徒も見てとれる。そこまでやってくれると清々しさすら感じる。硬い床で横になれるのは、もう、なんか、すごい。
「――以上が後期活動報告です」
先生に寝首を掴まれ、爆睡生徒は体育館にキュッキュッと体育館独特の床の音を鳴らしながら引きずられている。
そこまでやっても起きないのか……と心の中で呟きながら、そっと席につく。
「不撓生徒会長、ありがとうございました」
手に持っている台本に目をやりながら、議長は労いの言葉を口にした。
「続いての議題、収支決算報告です。生徒会長兼会計の不撓生徒会長お願いします」
「生徒会より、前年度収支決算報告です」
通常、生徒会は複数の生徒によって構成される。生徒会長、副生徒会長、会計、会計監査、書紀、こういった役職は全国共通だろう。何度も言うが、通常は複数人で構成されるのが生徒会だ。複す――割愛。
「以上、前年度収支決算報告でした」
さて、もうお察しの通りだろう。
「不撓生徒会長兼会計ありがとうございました。続いて、監査報告です。不撓生徒会長兼会計監査お願いします」
「生徒会より、監査報告です。上記の表と相違ありませんでした」
「不撓生徒会長兼会計監査ありがとうございました」
「それ……やめない?」
「台本にあるので、このままいきます」
「さいですか……」
話を元に戻そう。普通の高校であれば生徒会のメンバーは複数人で構成される。だが、この私立志操学園高等学校の生徒会の構成員は、
生徒会長:不撓導舟。
生徒副会長:不撓導舟。
生徒会会計:不撓導舟。
生徒会書紀:不撓導舟。
生徒会会計監査:不撓導舟。
我が生徒会はオレ、不撓導舟一人だけで成り立っているという異常事態に陥っている。
「続いて、部活動予算案です。生徒会長兼会計の不撓さんお願いします」
さすがに飽きてきたのかアレンジを加えてきた。
「生徒会より前期部活動予算案です」
つい先程までうとうとしていた生徒たちの目は獲物を狩る狼の如き眼光へとすり替わっていた。
出る金額によってできることの幅は大きく左右する。運動部なら、少し高い機材で練習することができ、文化部なら、画材や植物の種を揃えることができるだろう。少なくとも、予算が多ければ多いほど部活動が快適になることは間違いない。
そして、静寂に包まれていた体育館は部活動予算になるや否や、生徒たちの声音が目まぐるしく変わる不思議な空間に豹変していた。
「減ったあああああああ、あぁああああぁあああああ!」
「クソがああああああああああああああああああ!」
「この独裁者がぁあああああ!」
部費の減額に阿鼻叫喚する者の悲痛な叫びが轟き、
「よっっっしゃあああ、増えたぞ! お前たち!」
「良かったですね……部長。ようやく、三年目にして予算が増えましたよ……」
「っっっっっっっっっっっっっっっっっっ」
部費の増額に狂喜乱舞する者の歓喜の叫びと様々だ。
部活動予算表がスクリーンに映し出されてから一分経ったところを見計らって、オレは台本通りマイクに言葉を投げかける。
「以上が前期部活動予算案です」
「不撓生徒会長兼会計ありがとうございました」
もう既にオレの中でこの呼び方の違和感が無くなりつつある。
生徒総会をやるたびに〇〇兼□□と呼ばれるんだろうか。
「普通に嫌だな、それ」
そう不撓導舟生徒会長兼会計は小さく呟いたのだった。
「続いて生徒会活動費内訳です」
議長の視線を合図にスクリーンには生徒会活動費内訳が映し出される。
あらゆる雑費が羅列される中、生徒たちはスクリーンに記されている項目と数字に訝しげな表情を浮かべ始める。
「なんで机と椅子が総入れ替えされてんだ?」
「入れ替える必要あった?」
一つの呟きは体育館中に波及してざわめき出した。
抱いた疑問は疑問に終わらず、ついには生徒が手を挙げた。
そして、生徒は一礼して渡されたマイクを握り口を開く。
「生徒会室には机と椅子が支給されているはずでしょ。どうして新調なんてしたんですか?」
「え~、端的に言えば、前での椅子はカビが生えたので捨てました」
我が志操学園では全教室の椅子はプラスチック製の物を使っているのだが、つい先日まで生徒会の椅子は昔ながらの木製のもので、長年使っていたせいか、その椅子は朽木状態にあった。
そして、カビが生えた。
「ちなみに椅子はお前たちの部室にあったお下がりだからな! 前の椅子どんだけ老朽化が進んでたかわかるか? そのうち一個は急にカビが生えてきたんだぞ、さすがに新調するわ!」
オレの心からの叫びが届いたのか、質問者は特に何も言わずマイクを手放す。
議長は辺りを見回し、マイクを口元に寄せる。
「他に質問のある生徒は挙手してください」
すると、体育館後方の列から手が挙がった。
「相撲部部長栃ノ木です。生徒会長もご存知の通り、我々相撲部の部費は見るも無残に削減されましたっ!」
冷静を装っている始まりの言葉は早々に剥がれ落ち、心の籠もった声が漏れ出した。
「何故だ……我々相撲部が何をした!? ただひたむきに稽古に励んでいただけなのに、どうして部費を削られなければならないんだ!」
「どうして部費を削ったのかはお前たち相撲部が一番よくわかっているだろう?」
「我々相撲部は清廉潔白だ! 祭事でもある相撲に取り組んでいる人間に限ってそんなことはありえない!」
「ほほう……」
あくまでも自分たちは何も知らないと、しらを切るか。それならそれでこちらにも考えがある。
「肉……美味かったか?」
「な、何を言っている……」
柔らかな輪郭から汗が滴る。
「な、なんのことだ……」
相撲部部長、栃の木は唾を飲み込む。
「ちゃんこ……と、謳ったすき焼き大会しただろお前らッ!」
「ど、どうしてそのことを!? あれは我々が極秘裏に行っていたのにどこからその情報が漏れたんだ!?」
こういった情報を集めることに長けた人間からのリークだが、当然、そいつについて言うことはしない。
「悪いが情報元については言えないな。知り合いを売るような真似はできないな」
すると、栃の木は照明で照りかえっている体育館の床をバンと叩いた。
「私はただいつも練習に励んでいる仲間たちに、残った部費で美味いもんを食べさせてあげたかっただけなんだ……」
その悔しそうな様子は壇上から見ていてもよく分かる。
「どうしてオレに相談しなかったんだ! そうすれば、そうすれば……オレがすべてもみ消してやったものを!」
隣で聞いていた議長は「もみ消さないでください」と淡々と告げる。
「と、言うわけで、以上のことから相撲部の部費を減額しました」
周りでは「どういうわけだ!」と反感の声が多く挙がっていたが、これ以上言及すると生徒総会の進行を妨げかねないので、オレは沈黙を貫いて席に座る。
しかし、それは生徒たちが許さない。生徒会活動費について話していたはずなのに、いつの間にやら質疑応答の時間になっていた。
「どうして〇〇部は作れないんだ!」とか「体育館近くの自販機の品揃えがマニアックすぎる!」とか「ジャージ登校させろ!」とか、その他諸々応じることになった。
その間、議長は止める素振りはなく、微笑みながら傍観を続けている。どこかで彼女の逆鱗に触れたか、もしくはただこの状況を楽しんでいるか。そのどちらかなのだろうが、まあ、どっちにしてもたちが悪い。
そして、質問は続く。
「一年D組寺岡です」
「はい……もうなんでも訊いていいよ寺本くん」
「寺岡です」
なぜ間違える? とでも言いたげな表情をしてはいるが、そのまま質問を口にする。
「生徒会って普通は数名で構成されていると思うのですが、どうして生徒会長一人でやっているんですか?」
「そんなに知りたいか?」
「いえ……ただの興味本位です」
「おい、もうちょい知りたがれよ――まあいいや、一応説明はしよう」
こほんと咳払いをして、どうして生徒会には不撓導舟ただ一人なのか、懇切丁寧に営業マンの如く説明をしてやろう。
「生徒会とは、学校の生徒全員が所属しているというのが大前提だ。意外なことにこの認識が生徒たちの意識にないことが多いがな。要するに生徒会は学校に入学するにあたってその生徒全員が入会するものであり、その恩恵を受けることになる。ということは、この体育館を覆い尽くすここにいる全生徒が生徒会員であるわけだから、生徒会が一人であるということ自体が間違っている。寺門くんだって立派な生徒会の一員なのだから」
得意げな笑みを浮かべたオレであったが、議長が間髪入れずに言葉にする。
「寺谷くんも今の御高説でおおよそ判ったことだと思いますが……そういうことです」
どういうことだよ議長。なんで答えが出ているような言い方?
「今ので全て判りました。それと寺門でも寺谷でもなく寺岡です」
そう言って、終始冷静だった寺村くんは粛々と座り込んだ。
――――――――
読んでくださり、ありがとうございます!
今後も続いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
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