第26話 里霧有耶の宣誓 04


 昼下がりの昼休み、私は琴――高山琴と一緒に昼食を取っていた。


 中学生から付き合いのある琴とは、昼休みはこうして一緒にいることが多い。


「目の下クマができてるよ?」


 あの日の出来事から数日間、お世辞にもちゃんとした睡眠が取れたとは言えず、そのせいかクマができてしまっていたらしい。


 毎日のように、洗面台に取り付けられている鏡と向き合っているというのに、そんなことにも気が付かなかった。


「え? あ、ほんとだ」


 高山琴から差し出されたコンパクトミラーに映る自分は、少しやつれていたかもしれない。やっぱりと言うか何と言うか、案外、自分の変化には中々自分では気づけないものなんだな、と改めて実感した。


 眠りに就くときには、意識せずとも考えてしまう。


 フラッシュバックしてしまう。


 だから、自然――眠る時間は遅くなる。

 だから、当然――目元にクマができる。


「夜更かしは美容の大敵ですよ~」


 得意げな様子でそう言うと、琴は私の頬をつねる。


「ふぁいふぁい」

「テキトーだな~、まったく」


 お互いに笑い合いながら、いつものような冗談を交わしている。


「なんか悩みでもあんのか~」

「ないない、大丈夫大丈夫」


 我ながら何を言っているんだろうと思った。


 悩みがないのなら、ないと一言告げればいいだけなのに、大丈夫なんて取って付けたような言葉は、私自身を鼓舞するためのものでしかない。


 私には悩みなんてないと言い聞かせているようなものだ。


 言い聞かせている時点で、それは間違いなく悩みとして存在している。


 しかし、その悩みは、少なくともこの悩みだけは、相談できない。

 琴だけには相談できない。


 もしも琴に相談したのなら、琴は一目散にその原因の元へ向かうだろう。


 例え、多勢に無勢であったとしても。

 例え、力の差が歴然であったとしても。


 琴なら、躊躇わない。


 昔を知る私だからこそ、そう言えるし、昔を知るからこそ、相談できない。


 引き金を引いたら銃弾が飛び出るように、そうすることが当然とでも言うように、無鉄砲に飛び出していくだろう。


 だから高山琴だけには相談できないのだ。


「でもさ、悩みができたら、ちゃんと言ってね」


 私は目を合わせられなかった。

 後ろめたい気持ちと、期待に応えられない申し訳ない気持ちで、俯いて、


「うん」


 と、そう言って、私は持ってきたお弁当を片付けて立ち上がる。


「もう行かないと」

「また呼び出し?」

「まあね」

「送波もしつこいね、何度告白すれば気が済むのやら」

「あはは」

「有耶も『もう呼び出さないで!』くらい言っといた方がいいよ」


 実はもう何度も言ってる……とは流石に言えない。


 それこそ、無鉄砲に飛び出ていくだろうから。


「それじゃあ、行ってくね」

「ん、行ってらっしゃい」


 手を振る琴を尻目に、私も手を振り返してから教室を出る。


 二日に一回のペースで呼び出されている。

 昼休み、放課後、はたまた授業の休憩時間、時間を選ばず、場所も選ばない。


 呼び出されて、告白されて、そして断る。

 何度繰り返すのだろう、この無駄なやり取りを。


「ねぇ、アンタいつまで有耶無耶にする気? 断るならちゃんと断ったら?」


 告白を繰り返される度、呼び出される度に沙莉の悪態は酷くなった。

 誰かから知らされたんだと思う。


 睨みつける視線には、敵意を通り越して憎悪に似た感情をぶつけられているような気がする。教室ですれ違えば、居心地の悪い沈黙に襲われる。


 早く終わらせたい、この状況を、この環境を、この息苦しさを。


 そして――翌日。


「今日は一大イベントだね!」


 口角を吊り上げて、ニコニコしている琴はものすごく楽しそうな表情を浮かべて、親指を立てていた。


 琴の言う一大イベントとは生徒総会ことだ。確かに、一大イベントだけれど、それはあくまで学校案内とか、年間予定表とかに載っている大きな行事であって、生徒が楽しみにするようなものではないと思う。


 現に、体育館に向かっている生徒の談笑に耳を傾けてみると、


『めんどくせぇな~』

『校内放送で済ませば良くない?』

『廊下完全に埋まってんじゃん!』


 あまりいい感想は聞こえてこなかった。

 それを踏まえて、私は琴に訊いてみる。


「生徒総会そんなに楽しみ?」

「そりゃあもちろんだよ! 前の生徒会長のときもそうだったけど、部活の予算分配あるでしょ? そのときの皆んなの反応が面白くてさあ~」

「そうだっけ?」


 去年の生徒総会ってどんな感じだっけ……思い出せないな。


「そこに映画研究部の人たちいるでしょ」


 琴が指差す方へ視線を向ける。


『部費が増えれば、小道具を増やせる、機材が買える……』


 ものすごく神妙な面持ち――覚悟の顔だった。

 というか映画研って、映画作る部活だったんだ。


「部活にもよるけど、このときだけは部活やってる人の雰囲気ってピリピリしてるよね」


 特に部長格、と琴は付け足した。


 実際のところ、部長を務めている生徒の熱量には目を見張るものがある。


 このときだけは運動部以外も暑苦しくなるのだ。


 廊下を進み、体育館と校舎を繋ぐ渡廊下を越えて、体育館へと這入る。

 広大な面積を誇る体育館はすぐさま満員になり、生徒総会は幕を開けた。


『本総会は会員の必要定足数を満たしたため成立しました。これより志操学園高等学校、生徒総会を開会します!』


 開会宣言が成されると、後期活動報告を始めとする諸項目のやり取りが進められる。


 生徒会長一人によって説明され、質疑を応答する。


 ――生徒会長:不撓導舟。

 ――生徒副会長:不撓導舟。

 ――生徒会会計:不撓導舟。

 ――生徒会書紀:不撓導舟。

 ――生徒会会計監査:不撓導舟。


「生徒会って一人しかいないの?」


 当然の疑問だった。


 本来なら、一つの役職につき一人いるというのは当然のはずなのに、この学校はどういうわけか一人で生徒会を運営している。しかも、うちの学校は全国でも有数の生徒数を誇っている。そんな学校で、生徒会が何をしているのかわからないけれど、一人が担うには無茶なことは誰から見ても明らかだ。


 そして琴は肩を竦ませる。


「普通なら無茶なんだろうけど、生徒会長に選ばれるくらいなんだから、飛び抜けて優秀なんでしょ、多分?」


 私には絶対に無理と言いたげな琴は、何か思い出したらしかった。


「あ、でも生徒会長と言えば、独裁者とか言われてたな~」

「独裁者?」

「そう。生徒会選挙あったでしょ? あのとき、確か立候補者が不撓しかいなかったらしくて『他のヤツを脅したんだ!』とか『学校を買収したんだ!』って、当時噂で聞いたような気がする」

「それで独裁者?」

「まあ、噂だけなら色々あるけど、聞きたい?」


 生徒総会は滞りなく進む中、私は「うん」と言ってから頷いた。


「一つ目、不良百人を相手に一人で勝った」

「いきなり嘘っぽい」


 というか、間違いなく嘘だ。


「二つ目、チェスの世界大会で優勝して、なんだかんだあって三億円を手に入れたとか」

「優勝してなんだかんだって、どういうこと⁉」


 優勝したあとにどういうトラブルがあったんだろう……。


「三つ目、元生徒会長を退学に追い込んだ」

「前の生徒会長って三年生だよね」

「そうだね」

「いないの?」

「退学したかどうかは知らないけど、学校にはもういないらしいね」


 噂は続く。


「最後、一度図書館棟を潰そうとした――とかね」


 そんな雑談を交わしていると、生徒総会は部活動予算についての説明に移行していた。


スクリーンに映し出されたのは、各部活に配られる部費を表にまとめたものらしい。


『減ったあああああああ!』

『クソがあああああああ!』

『この独裁者がぁあああ!』


 地獄の如き様相に圧倒されていると、


『よっっっしゃあああ、増えたぞ! お前たち!』

『良かったですね……部長。ようやく、三年目にして予算が増えましたよ……』

『っっっっっっっっっっっっっっっっっっ』


 片や天国にでも連れられたかのような様子の部員たちも見受けられる。


「そういえば、生徒総会っていつもこんな感じだったわね」


 懐かしいというか何というか……。

 呟いて、隣にいる琴に視線をやる。


「おお――いいね、いいね!」


 みんな楽しそうと、そう言いながら、ものすごく目を輝かせていた琴だった。


 どこらへんを良いと思ったのか、さっぱりわからないけれど、楽しそうな琴だった。


「生徒会か……」


 このとき、私は初めて生徒会というものに興味を示した。



――――――――

読んでくださり、ありがとうございます!

今後も続いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。


コメディロス……

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