第12話 図書館棟の研究 01
「あー、駄目だ、手が回らん」
今日も授業を終えて、華の放課後を迎えた。とはいえ、何か特筆するような変わった出来事があるわけでもなく、生徒会室で、生徒会の仕事をオレは黙々とこなしていた――が、行き詰まって声が漏れる。
「仕方ない、あいつに頼むか」
オレはそう呟いて、椅子に掛けていた腰を浮かす。
「あいつって?」
そう尋ねるのは、生徒会役員メンバー二人のうちのひとり、里霧有耶。
里霧もまた、生徒会の仕事を全うしていた。見たところ、その仕事の半分以上は仕上げている。
オレよりも随分と速い作業スピードに感心しながら、その問いに答える。
「通称――図書館棟のドン」
「図書館棟って、あの図書館棟?」
志操学園における図書室は一般的な高校とは一線を画す。
一般的な図書室とは別に『図書館棟』という名を冠する場所が存在する。文字通り、校内にある丸々一棟を図書を収蔵する施設。その巨大な面積に比例して、置かれている本の種類も膨大で、蔵書数は国内の高校トップ。
教科書に載っているような小説は、当然置いてあるし、海外の小説も出版社ごと翻訳者ごとで並べられていたりもする。それだけに留まらず、各分野における専門書や、六法全書なんかは、最新年度版のものが置かれていたりもする。
「それにしたって、何をしたらそんな二つ名が付くのよ。もしかして『俺の物は俺の物、お前の物も俺の物』とか言ったりしてる?」
「それはただのジャイアンだ」
本当にそんなことを言っていたら、『ドン』じゃなくて『ジャイアン』って二つ名が付くぞ。
「ま、オレが勝手にそう呼んでるだけで、誰もそんな呼び方してないけどな」
オレは「それを差し置いたとしても、少し有名な図書委員だよ」と付け足した。
「二年生になって学校のこと結構知っているつもりだったけど、その図書委員の人は知らなかったな~。
ましてや『ジャイアン』なんて呼ばれてる人なら知らないはずないんだけどな~」
「里霧さん、オレはジャイアンなんて言ってませんよ?」
ドンですよ、ドン。
「あと、オレが勝手に言っているだけですからね、広めないでくだいさいね?」
「どっちを?」
「りょ、両方……」
里霧は頬にボールペンをぽんぽんと当てると、そこからペン回しを始めた。
「で、その人に手伝ってもらうの? 図書館棟のドンに?」
「まあ、そうなるな。できれば行きたくないが、今日中に終わらなさそうだしな」
休日に開催される生徒主催のイベントについて――とか、某部活動の部室ロッカーを買い替えてくれとか、多種多様な要望書と見積書の山が、この机の上に積まれている。
「できれば行きたくないって……仲悪いの?」
「人並みに?」
「人並みの仲の悪さって何⁉」
「冗談はさて置いて、とりあえず図書館棟に行くか」
「それじゃあ、私はこれやっとくね」
「なにを言っているんですか。サトギリさんも行くんだよ?」
驚くような表情を浮かべると、里霧は自分を指さした。
「え、私も?」
「生徒会にいる以上、会うことも多いだろうから、会って損はないぞ――多分」
「そういうことなら、一応行くけど」
立ち上がる素振りを見せた里霧だったが、その動作は止まった。
「行くのはいいんだけどさ、突然行ってその人いるの?」
「よほどのことがない限りは図書館棟にいるとは思うけどな。今日は確か、図書委員の当番だったはずだ。多分、受付のところで我が物顔で鎮座してる」
「図書館棟まさかの私物化」
「我が物顔はさすがに誇張したけど、それだけの信頼と実績があるってことだ」
信頼はまだしも、実績というものが図書委員にあるのかは疑問が残るところだが、職務を遂行しているという点では実績を上げていると言ってもいいんじゃないかと思う。
「里霧も行ってみればわかる」
「そんなもん?」
「そんなもんだ」
そうして、図書室――ではなく、図書館棟に向かう。
図書館棟のドンに手助けを求めるべく図書館棟に向かう。いまの今まで図書館棟のドンというオレが勝手に付けている二つ名で呼んでいるのは、会ってすぐに自己紹介から始まると踏んでいるからだ。
どうせ会うんだから他人から紹介するよりも、本人から直接した方がいいだろう。
生徒会室から図書館棟までの道のりは約五分ほど。
図書館棟――と謳っているだけあって、生徒が授業を受ける場所とは少し離れた場所に図書館棟は位置する。
廊下を進み、渡り廊下経て、図書館棟に辿り着く。
「図書館棟って、なんだかんだで来るの初めてかも」
と言うと、思い出したように訂正する里霧。
「あ、でも一年生の最初に行ったことあるか」
「そういえば入学してすぐの学校案内で図書館棟に行ったな」
まるっきり記憶から抜けていた。入学式を除いた一番最初のイベントだったはずだ。イベントと言っていいのか微妙なラインではあるが、学校の中を知らない一年生からすると、ちょっとした校外学習気分だろう。
「あれから一回も行ってないな~。なんか入りづらいというか……」
「まあ、なんか仰々しい感じもするしな」
「建物の作りっていうのかな、図書館って感じしないのよね、あそこ」
三階に位置する生徒会から真っ直ぐ来ているので、行き着くところは当然三階。図書館棟には一から四階まで出入り口が設けられている。
貸出などを行う受付が一階にしかないのが玉に瑕だが、わざわざ他の階に行き来しなくて済むと考えれば、割と親切設計と言える。
ただ読むだけなら、受付に行く必要もないしな。
進んでいくと目の前には、一見すれば重いことが想像できる扉が現れる。
図書館棟を隔てる扉は、音楽ホールに設置されている扉のように、重く厚い作りになっている。
どうしてこれほどの厚さのある物を使っているかはオレも知らない。
もしかしたら、厳見あたりは知っているかもしれない。
幅広い人脈から得た情報をしたり顔で教えてくるのが厳見春介だ。意外な真実やどうでもいい豆知識を持っていて、知っている。
厳見に聞いてみれば、すぐさま答えが出てくるかもしれないが、答えを聞くために厳見を探しに行く方が面倒だ。
腕に力を入れて、重く厚い扉を押す。扉が開いていくのと同時に、室内の空気が外へこぼれ出ていくのを感じる。
前室を通って、もう一つの扉を押すと、
「ちょ……ま、ぎゃ」
「「ん?」」
左側から変な声がした。
里霧のものでもなければ、オレのものでもない。
声が発生した左側を確認するために、扉を固定したまま、反対を覗き込む。
「あ……」
そこには、脚立から滑落した責任を問うために、こちらを睨みつける女子生徒の姿があった。
踊りはねている癖っ毛に、眼光だけで射殺すと言わんばかりの瞳には、しっかりと眼鏡というフィルターが掛けられている。
もしも眼鏡が外れていたなら、こちらを見ようと目を凝らしているのかも? と心の中で言い訳できたのだが、しっかりと見ている。
何やってくれてんだ、言わんばかりの表情だ。
そして、オレはこの人物の名前は知っている。
「お、一昨日ぶり………元気してた?」
「たった今、脚立から落ちて元気じゃなくなりそうになったけど?」
「はい、言い訳のしようもございません。すみません」
オレが悪かったのは事実なので、素直に腰を九十度曲げてみせる。最も深い敬礼である最敬礼を飛び越して、もはや神敬礼。
もし仮に一八〇度の敬礼があったら、なんて名前が付くだろう。宇宙敬礼? というか、人体の構造上無理があるだろそれ。自分で言っといてなんだけどさ。
そんなどうでもいいことを考えていると、辺りに散乱した本の数々が視界に入る。
「あーあ、本棚に戻そうとしていた本が散らばってしまったな〜。あーあ、集めないとな~、あーあ!」
『あーあ』を強調して言う染屋。
そして、神敬礼真っ最中の地面しか見えていない状態の視界に這入ってくる。
真顔だ。
しかし、何かを訴えてくるような瞳でオレを見つめる。
答えは明白だった。
「はい、懇切丁寧に片付けます。片付けさせていただきます」
すると、染屋はメモ帳に何やら書き込んで、それをちぎって渡す。
「それじゃあ、これ」
受け取り、神敬礼の姿勢をやめる。
「これは……?」
数字にひらがな、それにアルファベット末尾に数字三桁の順序で構成されている文字列が五個、並んでいた。何かの暗号のようにも見えるが、この文字列にオレは見覚えがある。
「その散乱してしまった本を片付けてくれ、生徒会長なら造作もないだろう?」
「まさか、これ全部?」
「片付けるんでしょ?」
「…………」
「…………」
「……はい」
となると、この暗号じみた文字列は本に振られている番号か。
「オレが蒔いた種だしな。それくらいのことはやってやるか」
これからオレも頼むわけだし、これくらいのことはやっておこう。
オレが散乱した本の回収を始めると、染屋はすぐ後ろに立っていた里霧に気づく。が、ただの図書館棟を訪れた生徒と思っていたのか、その場に留まっている里霧を見て首を傾げた。
里霧も同じく訳がわからなかったのか、首を傾げてみせる。
「――?」
「――?」
お互いの頭の上に、はてなマークが浮かんでいるように見えた。
二人じゃ収拾がつかなそうだったので、本を集める傍らで真実を告げてやろう。
「ついこの間入った、新しい生徒会のメンバーだ」
染屋はオレに視線を合わせ、表情を驚愕の色に染めると里霧を指さした。
失礼ではないだろうか。
オレのことをなんだと思ってるんだ。
「信じられないみたいな顔してますけど、生徒会に新しい生徒が入るのは、そんなにおかしいですか?」
染屋は一度、深くゆっくりと頷く。
やっぱり失礼ではないだろうか。
「いや、だって不撓が生徒会長になってから、何ヶ月も経つっていうのに、今まで一人だって増えなかったじゃないか。それを抜きにしたって時期的にもおかしいだろ?」
まあ、五月だしな。なんというか時期外れではあると思う。
生徒会に入ろうとする人間は、四月の時点で来てるんだよな。
しかしまあ、気が向いた、とかそういうこともあるだろうし。
「まあ、いいや。とにかく本を片してきてくれ。不撓のことだ、どうせ何か頼みに来たんだろ?」
「よくわかったな。こっちの頼みごとは切羽詰まってるから、急いで戻してこよう!」
「そういうことなら、早く戻してきてちょうだいな」
散乱した本をかき集め、オレはメモに記された本棚へ向かう。
普段よりも歩速を速める。これだけのスピードを出すと、足音がかつかつとなってしまうかもしれないが、幸い、この図書館棟の床にはカーペットが一面に敷かれている。ある程度雑に動いたって、大した騒音にはなり得ない。
とはいっても、この中で全力疾走なんてしようものなら、染屋の眼光に射殺されそうなので常識の範疇で、モラル的に許される小走りでの移動を選択した。
そして、記念すべき一つ目の本棚に辿り着く。整列されている本の背表紙をずらっと見ていくと、この本棚のジャンルが見えてくる。
「海外小説か……」
返却する本に視線を落とす。その本のタイトルは誰もが知っているものだった。
英国の探偵が主人公の小説。現在でも熱狂的なファンを生み出し続け、ドラマや漫画、小説に至るまで様々な媒体でモチーフにされている作品『シャーロック・ホームズ』。
図書館棟に張り出されている貸出ランキングも確か上位だった気がする。名前と概要くらいしか知らないが、今度空いた時間にでも読んでみるのもいいかもしれない。
本に割り当てられた番号を確認するため、表紙の裏を見る。
すると、こちらに近づいてくる足音に気がついた。
「ちょっと……いきなり行かないでって」
オレの右後ろから荒い息遣いをしていたのは里霧だった。
膝に手をついて息を整えている。
「早歩きって意外とキツイのね」
「早歩きってなんでか知らんがキツイよな。全力疾走とは別の疲れがある……」
いや、そうではなく。
「というか、なんでついてきた? 染屋と一緒に下で待っててよかったのに」
「そうしようかとも思ったんだけど――――」
里霧が言うには、
『そういえば自己紹介をしていな――いや、不撓が本を戻すまでやめておこう。キミは……いや、あなたは? ダメだな、学年がわからないと接し方もよくわからないな――学年を訊いても?』
『えっと、私は二年生だけど、染屋さんは?』
『ああ、なんだ同い年か、それなら今はキミでいいか』
『――?』
『キミは生徒会に入ったんだろう、それなら、不撓がいるところでキミの自己紹介が聞きたい。もちろん、私の自己紹介はそのときにでもするとしよう。キミは不撓のところに行ってきてくれ。そのあとのことを考えたらキミも行った方がいいだろうしね。二人が本を戻している間に、私は図書委員の仕事を終えてくることにするよ、じゃ!』
言いたいことを口にして、そそくさと受付に戻ったらしい。
「なんというか、染屋らしいな」
しかし、普段よりも勢いがすごいような気もする。
気のせいか。
息が整ったのか、里霧は姿勢を正して、腰に手を当てる。
「それで、残りはいくつ?」
「えっと、残りはこの階に二つ、四階に一つ、一階に三つ、だな」
「全部で六冊ね、さっさと行くわよ」
「そうだな、時間もないことだし、小走り、もとい早歩きで行くぞ!」
「いや、それはちょっと勘弁してほしいかも」
そうしてオレと里霧は、残り六冊の本を戻しに回った。
一冊目、恐竜図鑑。
「恐竜図鑑ね……えーと、コンプソ……グナトゥス、ものすごく言いづらいわね」
「クリプトクリドゥス……ジュラ紀の海に生息していた恐竜。へぇ~」
二冊目、都市伝説にまつわる本。さらっと何ページか覗いてみたところ、ポピュラーなものから、一度も耳にしたことがないものまで様々だった。中でも印象的なのは、勿体ないお化け。
「あれって子供を躾けるための方便じゃなかったのか……まさか本当に存在するとは!」
「これもそう思わせるための方便だと思うわよ。というかこれ、都市伝説だから」
それもそうだった。
しかし、もったいないお化けって都市伝説判定なのか?
三冊目、六法全書。
「よし、次」
「えっ⁉」
四冊目、いや、三冊目以降の内容は割愛するが、最初の奴らだけを優遇するわけにもいかないので、表紙に書かれているものだけでも目を通しておこう。
走れメロス、化学基礎、ザ・武術。
小説、参考書、雑誌、選り取り見取りだな。
「というか、どうして階を行ったり来たりしたの?」
「え、そりゃあ、書かれた順番の通りに行ったらこうなった」
「時間、無いんじゃなかったの?」
「変に最短行こうとすると、却って遅くなるかもしれないし。それに『急がば回れ』ってよく言うだろ?」
「……」
ドヤ顔のオレだった。
真顔の里霧だった。
「冗談はともかくとして、本当のことを言うと、さっきの順番になったのは縦のラインで返してたからだな」
「縦?」
「左から始まって右へジグザグと……」
宙で指をなぞって説明しようとしたオレだったが、
「うん、まあ割と……どうでもいいか」
「私から振っといてなんだけど、割とどうでもいいかも……」
里霧もオレと同意見だったらしい。
本を元の位置に戻せればそれでいいしな。
しかし、これ以上は時間を無駄には使えない。この図書館棟に来たのは、過剰にある生徒会の仕事を手伝ってもらうためだ。貸し出された本を本棚に戻せば、ようやくオレたちの本題に入る。手伝ってもらえるかどうかは五分五分だが、染屋がいなければ終わらないことは明白だ。
本棚の隙間に六冊目を差し込んで、速やかに一階の受付へ向かう。
カーペットの柔らかい音を刻みながら、階段を下っていく。自分たちが発するカーペットの音だけが耳に入る。図書館棟を出れば、運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音色が溢れているというのに、この場所だけ、この図書館棟だけが、空間から切り取られたみたいな静謐に包まれている。
生徒たちは間違いなくそこにいるはずなのに。
しかし、聞こえてくるのは、たったったっ、というオレたちの足音のみ。
最後の階段を下り終えると、受付のあたりから声が聞こえた。
「本を戻し終わったのか、思いの外に早かったね。ごくろうさま」
一階の受付。
椅子に取り付けられたアームレストに片腕を置いて、ブックカバーが付けられている文庫本を広げている染屋愛歌の姿があった。
「そこに椅子を用意しといたから座ってくれ」
染屋が指し示したのは、受付の机を挟んだ真正面。そこには、パイプ椅子が二つ置いてある。
促されるがままに、オレと里霧はパイプ椅子に着席する。
「それにしたって、こんな受付の真ん前に座らせていいのか? この後も本の貸出希望者が来るだろ」
「いや、それはないだろうね」
どうして、と訊く前に染屋は視線をこちらに寄越して、青い栞を挟むと文庫本をぱたんと閉じた。
「放課後になってから結構時間が経ってるから、余程のことがないと人は来ない。それに、今、図書館棟にいる生徒はその場で読んで帰るタイプの人間だからね。今日に限って貸出をするとは思えないし。だからここで良いんだよ」
図書館棟を誰よりも熟知している染屋がそこまで言うんだったら間違いないんだろう。
オレが一人で納得していると、里霧はぼそりと呟いた。
「あれ、そういえば、図書委員の仕事があるって言ってたけど、なにをしてたの?」
そういえば、そんなこと言ってたな。
里霧の質問に、流暢な言葉遣いで答える染屋。
「ああ、ただのアンケート集計だよ。不定期だけど、置いてほしい本についてのアンケートを図書委員がやっているんだ。そのための集計をさっき終わらせたところ」
まあ、と頭につけて染屋は「それはそうと」と続けて、手を打った。
「自己紹介をするんだった、してもらうんだったね」
声の抑揚の無さと、少し上がっている口角が染屋の雰囲気を不気味なものにしているが、まあ、気のせいだと思う。多分、そうだと思う。
不穏な空気を感じながらも、自己紹介をする必要のないワタクシ、不撓は黙っていることにした。
先攻――染屋愛歌。
「改めて。私は二年、染屋愛歌。ここら辺の説明はいらないだろうけど、一年生から図書委員をやっててたまに生徒会の仕事を手伝ったりしてる。趣味は読書、朝食のときにはコーヒーを飲むのが日課だ」
そこは好きな食べ物で良いんじゃないでしょうか。脈絡ないし、どうして自己紹介に朝食ピックアップしたのか?
「……」
「「……?」」
どうやら、染屋愛歌の自己紹介は朝食の説明を以って終了のようだった。
それでいいのか、自己紹介……。
後攻――里霧有耶。
「えっと、私は二年の里霧有耶。ついこの間、生徒会に入ったばかりで、趣味はカラオケに……」
言葉に詰まったわけではなさそうで、里霧は首を少し傾けて、考える姿勢を取る。
「うん、まあ、そんなとこかな」
終わった。自己紹介、終わった。
なんとも締まりが悪い気もするが、必要最低限の自己紹介はできただろう。
すると、染屋は里霧に向けていた視線をオレに寄せて、不気味な笑みを取っ払い、普段の口調に戻る。
「自己紹介が終わったところで、一つ訊こうかな。不撓と有耶は図書館棟に何をしに来たのかな?」
さらっと下の名前で呼んだな。距離の詰め方がすごい。
オレは大きく深呼吸をしながら、緩やかに掛けていた腰を上げる。
そして、パイプ椅子から少し離れ、二回転。止まる際は、その止まり方が重要だ。勢いを残すとだらしなく見えてしまう。なので、回転を終え、止まる瞬間はそのメリハリを意識する。
「え、なに?」
隣に座っていた里霧は明らかに動揺していたが、そんなことよりも、いまは一挙手一投足に集中するとしよう。
手を扱いにも細心の注意を払い、静止。
襟を正し、即座に地面に膝をつく。
神敬礼なんて、ちゃちなもんじゃない。日本古来より伝わり、現代でもなお、それは健在であり、これを超えるものはないとさえ豪語する者もいるという原点にして頂点の頼み方。これを喰らってしまった人間は否応無しに相手の頼みを飲んでしまう上、なんなら罪悪感すら抱かせる秘技。
それは――、
「生徒会の仕事が終わりません、どうか手伝っては頂けないでしょうか!」
――土下座だ。
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