第27話 邪竜と縛り
……まさか、こんなことになるなんてな。
邪竜だったソレは、長い赤髪で色白な、一見して普通の少女に変身してしまった。服は普通に着ており、ぶかぶかの黒い外套を被っている。
一瞬、思考に空白が生まれる。
でもまあ、異世界ファンタジーならありがちな展開なんじゃないの? うーん……どうしたものか。いったん、現状は現状として受け止めて置こう。
「よいしょっと」
とりあえず邪竜を倒すことには倒せたので、俺はその少女化した邪竜を俵担ぎしてミルファの元に戻ることにした。ミルファなら竜について俺よりももっと詳しく知ってるかもしれないし。どう対応するか話し合うのがいいだろう。
「──って、ちょっと待つのだわッ!!! 私がこの形態を取っていることに何の言及もしないのはなぜっ!?」
俺の肩で米俵みたいに担がれる邪竜(少女)がジタバタと暴れ始めた。
「なんだようるさいな……トドメ刺すよ?」
「し、辛辣なのだわッ!!! 私がいったい何をしたというのよっ!!!」
「俺の荷馬車を襲った、俺を殺そうとした、ついでにブレスで俺の装備を粉々の真っ黒焦げにしてくれた。3アウト、ゲームセットだ」
口が利けるというのも面倒だな。いろいろ訴えかけてくるし。ミルファちゃんになんて説明しよう……そう考えると、もうこの場で倒しちゃった方が説明の必要もなくて楽なんじゃ、とか思っちゃうな。……やるか? よし、出てこい大剣──
「──ま、待ってッ、もう殴られるのは嫌なのだわッ!!! 殺されるのも勘弁ッ!!! お願いだから話を聞いてッ!!! 私は話し合いをするためにこの人間の姿になったのだからッ!!!」
神器を出そうと右手を光らせると慌てた邪竜のストップが入る。まあ俺とて別に絶対にバイオレンスな手段に走りたいというわけではない……でもコイツ、見た目が変わろうが結局は邪竜だしなぁ。
……まあいいか。
「じゃあ、ちょっとだけね」
「ホッ……」
「それでお前の本質が俺たち人間にとっての【悪】なら、やっぱりトドメを刺すことにする」
「うぅ……! 非情なのだわ……」
俺は邪竜を降ろす。どうやらまだ満足に体は動かせないようで、邪竜はよろめいて、手ごろな岩に背を預けて座った。
「……わ、私は人の生死に興味はないけど、だからといって率先して喰うつもりはないし、あなたが喰うなというならこれからは絶対に喰わない。私は必ずしも人間の害になる存在というわけではないのだわ」
「そう。じゃあ喰うな」
「分かったのだわ。じゃあ、それを【縛り】にするから、殺さないでほしい」
「縛り?」
「魔法のひとつよ。私とあなたの間での命の契約。言葉と当人の意志があるだけでできる呪いの一種。縛りの内容が簡単であればあるほど強い呪いとなり、縛られた方は契約を破れば最悪で命を落としてしまうのだわ」
そんなのがあるのか、知らなかった。確かにそれができるのであれば今後この邪竜は人に対しての害にはならないのだろうが……。
「人を喰わないだけじゃダメだ。今後いっさい人に危害を与えず、人目につかず暮らすにしろ」
「その縛りは難しいわよ。言ったでしょ、縛りは簡単であることが重要なの。複雑で難しいほどに呪いが弱くなるのだわ。特に『人に危害を与えない』なんて意味が広いから、そもそも縛りとして機能しない」
「む……じゃあ複数に分けるっていうのは?」
「できるけどそれは1つ目の縛りに条件を上乗せする形になるから、結局は複雑度が増したとされて呪いの効力が薄まるでしょうね」
「……分かった。なら、【人を襲わない】にしろ。俺は邪竜がここに居座って荷馬車を襲うからって理由でお前を討伐しに来たんだ」
「あぁ……そうだったの?」
「ああ。だからその縛りを結んで、プラスでこの谷に居座るのをやめろというのが俺からの条件だ。ただし、最終的な判断は俺の仲間と相談して決めさせてもらう」
「分かったのだわ。どの道、私に選択肢なんてないのでしょうし」
邪竜は仕方なさそうに頷き、そうして手を差し出した。良くは分からなかったが、どうやらそこに俺の手を重ねればいいらしい。手を重ねた途端、何か回路のようなものが繋がる感覚が手のひらに伝わった。
「さあ、縛るのだわ。私はあなた──名前は何と言うの?」
「ジョウ・ヤサカ」
「私はジョウ・ヤサカとの間に、私が人間を襲わないという誓いを立てるのだわ……はい、終わり」
プツン、という何か俺と邪竜の間にある回路が切断されるような感覚と共に、呆気なく縛りとやらは終わった。
「本当にこんなんで縛りになってるのか?」
「なってるのだわ。この縛りを破れば私はたちまちに死んでしまうでしょうね」
「ふーん……まあ、後でミルファちゃんに聞けばいいか」
それにしてもこの一連のやり取り、邪竜はずいぶんと素直だ。縛りという誓約を課されるというのにどこか他人事のようですらある。俺だったら縛りだなんだと人に強制されてしまったら嫌な気分になるだろうけど、そういったところの感覚が竜と人間とでは違うのだろうか?
「私があなたより弱かったのが悪いのだわ。まあでも100年やそこらの我慢だもの。眠っていればあっという間なのだわ」
……ああなるほど。竜ってなんとなく何百年とか何千年とか生きそうだもんな。
やっぱりこの邪竜、滅ぼした方がよかったのかもしれない。反省してるわけじゃなさそうだし。俺はちょっとそう思って後悔したのだった。
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