第14話 事情聴取(強制)
壁に穴が空き、ところどころが焦げ付いた広く豪華な部屋の中で、4人の男はソファに向かい合わせに腰かけた。町長と組合長は変わらず隣掛けに、俺はオブトン商会長と同じソファだ。
「……オブトンさん、それでこの方はいったい……? どういった経緯でこちらにいらっしゃったんだい?」
最初に口を開いたのはガタいの良い白髪頭の中年男、組合長。その表情は心無しかスッキリとした風で、ワクワクソワソワとしているようにも見える。
……俺はいちおうクレーム、というか物申しに来たんだけどな?
たださっき俺が優男を吹っ飛ばしたときも、他の2人が驚きに息を飲んでいる中でこの人だけ小さくガッツポーズしてたし、プラチナランクの冒険者たちに鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「私はジョウ・ヤサカ。ジョウでいいですよ。ただの旅人です」
「ジョウ様、ですね。失礼、私どもが先に名乗るべきでしたな」
組合長はエビバ、町長はウバヨウと名乗った。みんな名前が独特だな、この町は。
……まあそれはともかくとして、だ。
さっそく用件に入ることにしよう。
「こちらのオブトンさんに連れの行商人が迷惑を被った。聞けば町ぐるみで行商人から積み荷を奪ってるそうじゃないか。それが事実なのか、だとしたら一体どういった了見でそんなことをしてるのか、洗いざらい話してもらいたい」
「……これはもう、隠すべきではありませんな。町長」
組合長の言葉に町長は決心を固めた様子で頷いて、口を開く。
「ジョウ様、まずはその……謝罪を申し上げます。ジョウ様とお連れの行商人の方に大変なご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」
「私のことは別にいいんです。後で連れのニーナに直接納得のいく謝罪をしていただければ」
「はい、そう致しましょう」
「それで、理由は聞かせていただけるんですよね?」
「はい、もちろん。結論から申し上げるなら、その、私どもは決して私腹を肥やすためにそのような行いをしたわけではありません。全ては町と、町の住民たちを守るためだったのです」
「町と住民を守るため……? どういうことです?」
「ご説明しますが、その前にジョウ様はこの辺りの地理にはお詳しいでしょうか?」
「いや……全然です」
「承知いたしました」
町長が目配せをすると、その横から組合長が黒い円筒を渡した。その中に入っていたのは地図。
「詳しく説明いたします前に、まずはこちらをご覧いただきたい。この周辺の詳細地図です」
貴重なものらしく、町長はずいぶんと丁寧にそれを机に広げた。
「この町は広い平原の真ん中に位置していますが、ご覧いただければ分かるようにその平原自体は広大な山脈に囲われている巨大な盆地なのです」
「……はあ、確かに。あれ? でもこれだけ広いのにこの町はここ、アドニス1つだけですか? 自然も豊かだし他にもいくつも町はできそうなものだけど」
「ありましたよ、いくつも。ほんの5、10年前まではね。このアドニスは元々それら他の町への物流の中継地点、交易の中心地として盛えていたのです。しかし時代は魔族全盛期を迎え、それと伴いこの地域はひどく衰退してしまった」
懐かしむようでいて、しかし憂いを帯びた口調で町長は続ける。
「今では山や湖の近くは魔物が頻繁に出る場所です。絶え間なくそれらの危険に晒されることになった住民たちはこのアドニスへと移住したり、または盆地を捨てて他の地方へ行く者も多くいました」
「そうでしたか。それはまあ、なんと言っていいか……残念です」
「お気遣いありがとうございます。つまりですね、ここで私が申し上げたかったことは、この町は山や谷を越えることでしか他の町と行き来ができないということです」
町長は地図上の2点に指を置いた。
「徒歩であればいかようにもできますが、荷馬車で山を越えられるのはこの2つの交易路のみです。両方とも広く良い道で、1日に何十もの荷馬車が通ることもありました。ですが……現在はその両方が使えなくなってしまったのです」
「2つともですか」
「ええ。どちらも荷馬車が通るにはリスクが高くなり……東の山の交易路は数年前から使われなくなり、そして数カ月前には突然南の谷の交易路が通せんぼされてしまいました。その結果、この町への物資の流入……特に食糧の流入が滞ってしまったのです」
町長はため息を吐き出すようにして話す。
「この町は交易の中心地として発展をしてきましたから、農畜産業の自給率も低く、食糧のほとんどを交易で賄っていたのですが……」
「じゃあ、この数カ月は……」
「冬越えの備蓄と、行商人が持ってきた積み荷の食糧で何とか凌いでいます」
「ははあ、そういうことですか。行商人の積み荷を奪っていたワケは」
「左様でございます」
「……分かりました。それじゃあ積み荷が食糧じゃなかった場合はどうしてたんです?」
「その場合は適当に文句をつけて帰すよう、衛兵に指示を出していました」
「なるほど」
そこで俺は門前での衛兵とのやり取りにも合点がいった。確かに町に入る時に門前の衛兵に怪しまれはしたものの、積み荷が食糧だと分かったらそれ以上の詮索をせずに簡単に通してくれたっけ。
「ところで、聞く限りその方法だとジリ貧でいつか限界が来ると思うんですけど……現状の打開策とかは練ってなかったんですか?」
「もちろん考えておりました。備蓄が底を尽けば我々に待っているのは飢餓のみ。私たちはコチラの東の山の魔人の討伐を試みました……しかし」
「東の山の魔人……? それって……」
もしかして俺がミルファを助ける時に倒したヤツでは? なんて思っていると、
「そこから先は私が説明しましょう」
後悔や悲壮感を噛み締めるような渋い顔でいた町長の隣で、組合長が口を開いた。
「先ほど町長から話のあった2つの交易路……その内のひとつである東の山の方は数年前から魔人の支配下にあるのです。魔物との遭遇率も高まり、その魔人も気まぐれに降りてくる……ここを越えるのはあまりにもリスクが高すぎるということで、今は使わなくなってしまいました。一部のハイリターンを求める行商人を除いて、ですが」
ニーナの『ハイリスクハイリターンっス!』と息巻く顔が思い浮かぶ。ホントに言ってそうだ。なるほど、ニーナに限らず行商人の人々は考えることが同じらしい。
「ですので、我々はこの魔人の討伐を試みましたが……我が組合の腕利き冒険者たちは全員、帰らぬ者に。なので魔族討伐の実績がある冒険者とどうにかしてコンタクトを取りました」
「それでコンタクトが取れたのが……さっきのヤツらだったと」
「はい。仰る通りです」
「まあ確かに、町を捨てて他に逃げようだなんて簡単には言えないでしょうし……倒してもらうっていうのが最善の選択肢だったというわけですか」
「ええ。交易路を使わぬ山越えには相当な体力が要ります。できぬ者たちもこの町には多い。それにこの魔族全盛の時代において、どこもそこでの日々の生活を守るので手一杯な状況ですから……逃げた先で我々が受け入れられる可能性は低いでしょう。ですから町を捨てるのは本当に最後の最後の手段なのです」
「……なるほど、大体の事情は理解しました。ただ、だからといって全部が全部は納得できないですけどね」
自分や自分の大切な人たちが生き延びるために、どれだけの悪をなしてよいか……永遠のテーマな気もするが、結局のところ生き延びられた側にいる人は良くても、そのために自分が生き延びられない方に分類されてしまったらたまったものではない。つまり行商人側として関わる分には最悪だ。
「聞きたいことがあります……これまで積み荷を奪ってきた行商人たちはいったいどうしたんですか?」
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区切りが悪くなったので今日はこの後すぐにもう1話更新します。
よろしくお願いいたします。
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