第26話 殴って殴って殴って…(エンドレス物理)

邪竜の叩きつけられた地上から大きな土煙が上がる。かなり本気めで殴ったつもりだが……果たしてこれで死んだろうか?


〔ギュオォォォォォ──ンッ!!!〕


いや、死んでなど居なかった。


よほど硬いウロコなのだろう。邪竜は未だ健在といった様子で空中の俺に向かって大きく吠える。そしてその両翼をひと際大きく羽ばたかせ、下から上に突撃してきた。


巨大な1本のねじれ角、それが俺の体を貫かんと迫る──


「でもまあ、上から下に向かう方が威力は高いんだよなぁッ!!!」


グルリと空中で1回転し、稼いだ遠心力をそのままに俺は再び大剣を振り下ろす。鈍い音を響かせて邪竜のねじれ角は砕け散った。そして再び、轟音。邪竜の体が隕石のごとく地上へクレーターを作る。


〔ギュオ……ッ!!!〕


さすがに今のは受けた衝撃が強かったのか、邪竜はすぐに立ち上がる様子は見せない。その内に、俺の体が地面に着地した。


……おいおい、そんなに悠長にしてていいのか? 俺は間髪など入れやしないぞ。


続けて、谷の横の森、そこにバキバキという木々の悲鳴と共に一直線の土煙が経った。俺が横に振るった大剣で、邪竜が地上の木々をなぎ倒しながらサッカーボール、ないしはベアグラウンドを転がるゴルフボールのように何度もバウンドして飛んでいったのだ。


重ねて、間髪など入れやしない。俺は邪竜が転がっていく先へと回り込んで絶え間なく大剣で殴りつける。


邪竜の体が再び転がる。転がり続ける。谷の周りに土煙のカーテンでも作るように。俺が振るう大剣は邪竜に起き上がる暇を許さない。時折、両翼を広げて空に逃げようとするがそんなマネも許さない。その度に地面へと叩きつける。


俺の作戦はつまりこうだ。殴って殴って殴り続ける……そうすれば水のしずくが岩を削り取るように、いつかは邪竜の体だって悲鳴を上げるだろう?


そんな展開が5分は続いただろうか。


〔ギュッ……ギュアオォォォォォ──ッ!!!〕


何十回目か殴り飛ばした後、邪竜からこれまでとは明らかに違った雄叫びが聞こえた。その口元には高エネルギーが集束しているのか、赤黒く瞬いていた。


──ブレス。


とっさにそれを勘づいて、俺は避けるべく左右を見渡した……が、今のこの場所はいつの間にか谷底だった。左右は壁のようにそり立つ崖で逃げ場が無い。


……なるほど、どうやら俺は一方的に攻めているつもりが誘導されていたらしい。


そう思い至ると同時に、邪悪な閃光が俺の体を包み込んだ。谷がさらに深く抉られる破壊音が響く。舞い上がった土煙が谷底の一帯を広く包み込んだ。


〔……ギュォォォ〕


邪竜は口元から煙を吐き出す。竜の表情など分からないが、その雰囲気はどこか安堵しているように感じられた。


……まったく。


「せっかくの頂き物が、丸焦げだろうがぁぁぁッ!!!」


俺はすでに邪竜のすぐ真下にまで迫って、大剣を下方に大きく振りかぶっていた。そして邪竜が俺の生存に気付くより前に、その大剣でアッパーカット。気が緩んでいたのだろう、邪竜はこれまでで1番軽々と吹き飛ぶ。そして大地を揺るがす勢いで崖にめり込むと、それから痙攣したまま動かなくなった。


……さすがにブレスの直撃を受けた俺が生きているとは思わなかったのだろう。すまんな、頑丈で。


「さて、トドメを刺すか」


邪竜は死んではないらしい。俺ほどではないみたいだが頑丈なんだな、竜って。


……いや普通は人間である俺の方が頑丈って前提があり得ないんだけどね。でも今の俺、本当に死ぬ気配ないし……。


本当にどうなっているのやら。自分の体の構造に疑問を抱きつつ、俺はその巨体を痙攣させる邪竜の前までやってきて大剣を振りかぶる。さあ、これで終わり──


〔ヴッ……ガッ〕


邪竜がうめき声を漏らす。かと思えば目を薄く開いて、


〔グッ、ギュォ……カッ〕


「あ……? なんだ?」


〔キュ、キュォっ? キャゥゥゥ……〕


「……?」


早くトドメを刺すべきなんだろうが、その邪竜は何かを伝えたそうにしているようにも思えて静観してしまう。すると、そのうちに、


──シュルシュルシュル。


邪竜の体が縮んでいく。そして、


「……あ、あー、あ~~~」


喉を具合を確かめるような、そのソプラノの声が谷底に小さくこだまする。


「──に、人間の声帯は、コレで合っているのだわ?」


邪竜が、普通サイズの女の子に変身していた。

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