第9話 正義感と婚約者
「さあ、最後のチャンスだ。積み荷を全て置いて消えな。そうすりゃ何も乱暴なことはしやしない」
威圧感のある武装した男たちが俺たちを囲う。とてつもない圧迫感にはさすがのニーナも表情が硬くなっていた。
「……こんなことが許されると思ってるんスか? こんなの、衛兵にバレたら……」
「ハッ、おめでたいヤツだぜ」
鼻を鳴らす商会長オブトンに、ニーナは訳が分からないと言いたげに目を白黒とさせているが……俺は辺りを見て悟った。なるほど、そういうことか。
「衛兵も……いや、この町全体がグルってことか」
「ほぉ、どうしてそう思う」
「俺たちを囲んでる中の……そいつ」
男のひとりを俺は指差した。
「そいつ、衛兵だろ。門にいた衛兵と同じ鎧を着けてる」
「ふん、大した観察眼だな。ヘルムを被ってないとなかなか気付かれないもんだが……まあそういうわけだ」
オブトンは面倒くさそうに顔をしかめる。
「騒ごうが喚こうが無駄だってことが分かったらよ、大人しく捕まっておけや」
「そっ、そんなの……! 納得いかないっス! なんでこれほど大きな町の商会がそんなこと……!」
「……チッ、説明なんて必要ねーんだよ。俺たちがやることは変わらねーんだからな! オラ、とっとと荷台から離れな!」
オブトンは機嫌悪そうにニーナの腕を掴もうとして、でも。
「ちょっと待てよ」
俺が先に、そのオブトンの伸ばした腕を掴んだ。
「テメっ……小娘の荷引きふぜいが、何のつもりだ!」
「単純に、強盗と脅迫の現行犯。止めるのは当然だろ」
「あァッ? 何様だよテメーはっ! 状況見てモノ言ってんのかッ!?」
ヌッと。オブトンの後ろに2メートル近いゴツめの巨漢が2人近づいてくる。
「オイ、オメーら。ノシちまえ」
「うっす」
巨漢の1人がガッチリと俺の肩を掴んで、そしてもう1人が拳を振り下ろしてくる。鈍い音が響き──などはしない。
俺はその巨漢の拳を手の平で受けていた。
「あの、ミルファちゃん」
巨漢の手首を捻り膝を着かせ呻かせつつ、俺は背後のミルファへと声をかけた。
「ごめん、せっかく着いた町だったけど……俺、ちょっとこれは見逃せない」
こちらの言葉に、ミルファは首を横に振る。
「ううん、何も謝ることなんてないよジョウ君。私も納得できないから」
「そっか……ありがとう」
ミルファはすぐにこれから起こる事態を察し、目をパチクリとさせ呆気に取られているニーナをそそくさとトンネルの隅に避難させてくれる。
……よしよし、やりやすくなったな。
俺は再度、オブトンの腕をつかんで引き寄せた。
「さ、とりあえず落ち着いた場所でじっくりお話ししよっか、オブトンさん」
「……なっ、おいオメーら何してるっ! コイツをどうにかしろっ!」
周囲の男たちがそれぞれ拳やら木の棒やら何やらを振りかぶって襲いかかってくる。殺傷能力がある
「よっ」
とりあえず目の前の巨漢を、オブトンを掴んでるのと反対の手でアッパー風に殴りつける──トンネルの天井と地面に2回バウンドして飛んでいった。
……やっべ、ちょっとは手加減しないと。
「ヒッ……!?」
およそ物理法則を無視したような光景にオブトンが怯えていた。そりゃそうでしょうね。自分でやっといてなんだけど、俺もヒヤッとしたもん。飛んだ巨漢は地面に倒れ伏しビクンビクンと痙攣してはいるものの、死んではいないようだ。よかった。
──バキョッ!
ちょっと他のことに気を取られてるスキに、俺の頭に何かが叩きつけられた。木くずが舞う……どうやら木の棒で殴りつけられたらしい。まあ、砕け散ったのは木の棒の方だけど。
「危ないだろ!」
殴りつけてきた男を手の甲ではたく。男は横の壁にぶつかって沈黙した。なるほどね、これくらいの力がいいのか。理解。
「ひとりひとり行くな! 全員で取り押さえろぉッ!!!」
オブトンの指示で前から横から後ろから男が押し寄せてくる。手を広げて抱き着いてこようとする……ので、全員吹き飛ばした。左手の往復ビンタで。
「……はっ?」
全ての男たちが撃沈したのを目の当たりにして、オブトンが口をポカンと開けた。
「ウソだろ、こいつらが、こんな一瞬で……!?」
「相手が悪かったな、オブトン商会長」
「ヒッ……!」
オブトンは腰を抜かしたようにその場に座り込んでしまった。
「さて、と。じゃあ、詳しい話を聞くことにしようかな……町ぐるみって話だし、町長とかともいっしょにさ」
「……えっ?」
後方でミルファが首を傾げた。
「ジョウ君、ちょっと待って。町を出るんじゃなかったの? さっき『せっかく着いた町だったけど』と言っていたから、私はてっきりこのまま……」
「ああ、いや。それはせっかく町に着いて落ち着けると思ったところ、トラブルを起こしてゴメンと思って」
「な、なるほど……」
「余計なことに首を突っ込んでるかもしれない。だから申し訳ない。でも、見過ごしたくないんだ。だってこれじゃニーナだけじゃない。これからも弱い立場の人たちが泣き寝入りするしかなくなる。放っておけない」
「──っ」
俺の言葉に、ミルファは目を見開いた。
……怒らせて……はいないと思うけど、呆れさせてしまったかもしれない。
だってこれはどこの誰とも知らぬ人のための行動だ。もはや、俺が自身の正義感を満たすための自己満足と言ってしまっても過言ではない。このままミルファとニーナと共に立ち去ってしまった方が楽でいいに決まっている。
……ただのワガママだ。だから、そんなことに婚約者を付き合わせるなんてどうかしてる。
「……ジョウ君は、本当に優しい人」
しかし、ミルファは微笑んでくれた。
「見過ごしたら私たち以外の人たちがきっと被害に遭う。ジョウ君の考えは正しい」
「ミルファちゃん……」
「私の方こそ、自分のことしか考えられてなかったわ。ごめんなさい」
「ちょっ……謝らないでくれ!」
頭を下げようとしたミルファを俺は必死に止めた。俺が勝手に取った行動なのに、それに謝られては立つ瀬がない。
「ううん、謝りたい。謝らせて。だって私、ぜんぜん覚悟ができてなかったもの」
「か、覚悟? なんのこと……?」
「ジョウ君の
ミルファはそう言って俺の目を真っすぐに見た。
「私を守ってくれたジョウ君はとてもかっこよくて、そんなジョウ君を私は好きになった。ジョウ君は言ってくれたよね、『君のことを幸せにしてみせる』って。でも、今の私のままじゃそんなこと言ってもらえる資格が無い……いえ、私自身が今の私のままあなたの隣に立つことを許せない」
「いや、そんなこと……」
「そんなことがあるの。私はこれまで自分が生き抜くために、ずっと自分自身のことだけを考えてきた。でもそんな自分勝手のままじゃダメ……私はジョウ君の隣で、胸を張って立っていられる自分でいたい」
ミルファは決心を固めたように、俺の手を握った。
「私に協力できることはないかしら、ジョウ君。私、なんでもするわ」
「……あ、ありがとう、ミルファちゃん」
俺の手を握るその力強さから、ミルファの熱い気持ちが伝わってきた。
……前の世界じゃ、非道い事件が起これば居ても立っても居られず独りで突っ走って班長に怒られることも多かったよな。でも、ミルファちゃんはそんな俺を受け容れて、寄り添ってくれるのか……。
すごく、俺の胸は温かくなっていた。
「じゃ、じゃあ、ミルファちゃんにはニーナさんと運んできたワゴンを頼める? ミルファちゃんの力があればきっと安心かと思って」
あまりの事態にポカンと口を開けたまま固まっているニーナをこのまま独りにさせてはおけない。
「うん、それならできる。任せておいて」
ミルファは力強く頷いてくれる。
「ありがとう。じゃあ俺の方はその間に……よっと」
俺は腰を抜かしていたオブトンの首根っこを掴んで、宙に吊り上げた。
「この商会長を連れて町長に会ってくるよ。それでこんな追い剝ぎまがいの行為は止めさせる」
「分かった。ジョウ君のことだし心配は要らないと思うけど、でも充分に気を付けてね?」
「ああ。任せて。それじゃ行ってくる」
俺はオブトンを片手に持ち上げたまま商会を出て、来た道を戻ることにした。
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次は19時に更新いたします。
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