第10話 白金ランク冒険者

冒険者には誰でもなれる。


照明できる身元が何も無くても、字の読み書きができなくても、身分がどれだけ低かろうとも、魔族たち全盛のいま冒険者組合は来る者を拒まない。


「だからなぁ、今の時代で大当たりできる職業は冒険者か行商人かと言われてるけど……ちょいと違うんだよなぁ」


ソファにもたれかかり不敵な笑みでそう話すのは、一見してはなんの変哲もない優男やさおとこ。しかしその男がいま貸し切っているその部屋は、このアドニスの町随一の高級宿屋である【銀泉亭】の最上級の部屋だった。


そしてその部屋には今、数人の男が集まっている。優男の向かい側にはアドニスの町長である初老の男と、白髪は目立つが精悍な体付きの中年の男──アドニス冒険者組合の組合長が座っていた。


「違う……とは?」


組合長が問いかけると、優男はその質問を待ってましたとばかりにニヤリとする。


「いいか? 行商人なんてのはリスクを取ってリターンを得る、それだけの単純な繰り返しで成り上がってける楽な商売さ。だがなぁ、冒険者にはそれがない。いつか頭打ちがくる」


「頭打ち……【ランク】のことですか」


「まさしくソレさ」


優男は自分の腕輪を見せつけるようにして掲げた。それは銀よりも落ち着いた白色に輝いていた。


カッパーからシルバー、だいたいの冒険者がそこで頭打ちでゴールドまで行けばそこそこ才能がある方……だが常人だ。夢を見られるのはこの色からよ。【女神洗礼】を突破する才能を持ち、その中でもさらに才能がある者のみがたどり着けるこの境地、白金プラチナのな」


「……」


「ゴールドランクまでは組合の依頼を受けてボチボチ稼ぐしかない。だがプラチナまでになれば他の冒険者たちからは一目置かれ、高額の指名依頼が届くようになる……今回のように、なぁ? 組合長、どうして俺を招集する気になったか教えてくれよ」


問いかけられた組合長はどこか渋さを帯びた表情で口を開く。


「……ノトリト様がプラチナランクの冒険者だからです」


「そう俺がプラチナだから、だ」


満足げに、ノトリトと呼ばれたそのプラチナ腕輪の優男は頷いた。


「ゴールド以下の冒険者なんざ全員カスみたいなもんだ。命を張って二束三文稼ぐ職業のどこに夢がある? どこぞの富豪に媚び売って護衛にでもなった方がまだ良い思いができるというものさ。つまり、冒険者の9割9分を占めるカスどもに夢なんざ見れやしない」


「はあ……」


「『はあ……』ってなぁ、組合長さんよ、あんたも今回のことで分かったろう? カスをいくら集めてもカスにしかならんことは」


「っ!」


「依頼が冒険者たちに公平に行き渡るように? 獲物の横取りはダメ? この魔族全盛の時代にノンキなことだ。だからカスしか町に残らんのさ。今は冒険者が町を選ぶ時代なんだぜ?」


「……」


「そんなにカス同士の仲良しこよしが見たかったんか? その結果が魔族に山を奪われて、今度は唯一残っていた他の町との交易路もバケモノに遮られ、他の町のプラチナランクを頼るしかなくなったって……ハッ、なっさけな!」


「──おい、そこら辺にしておけよノトリト」


ノトリトと組合長の話に別の巨漢が割って入る。その男もまたプラチナの腕輪をしており、荒々しく逆立った髪の毛が特徴的だった。


「オレたちが招集されたのはそのジイさんたちをイジめるためじゃあるまいよ」


「ゴウキよぅ……誰が誰をイジめてるんだっての。事実を言ってるだけだろ」


ノトリトが鼻を鳴らす。


「というかゴウキ、お前は俺の部下だろうがよ。いい加減タメ語使うのはやめようぜ?」


「勘違いするな、それは仕事上の話。まだこの町長たちとの契約が完了してない以上、仕事は始まっておらぬ。オレとお前の間に上下は無い。ミーシャのヤツも同じ意見だろう」


ゴウキと呼ばれた巨漢は腕を組んで横を見る。その視線に気が付いたのか、ミーシャと呼ばれたロン毛で痩身の男が髪をかき上げた。その腕にもまた、プラチナの腕輪。


「……上も下も僕には関係の無いこと。僕と比べるにふさわしい美など、この世には無いのだから……」


「ケッ、キモいキモい」


ノトリトはわざとらしく吐くマネをしてゲラゲラと笑った。


「まあとにかくだ、町長さんに組合長さんよぅ、俺たちに任せてくれてりゃいいから。契約をサッサとしちゃいましょうよ」


「は、はい……」


ノトリトは懐から丸筒を取り出すと、そこから契約書を取り出して机の上へと広げた。


「大事なのは【依頼内容】と【報酬】の明文化だ。依頼内容は山を支配する魔族の討伐とその証明、で合ってるな?」


「合っております」


「じゃあ報酬だ。金貨1200枚だったな」


町長、組合長は苦虫を嚙み潰したような顔をして互いを見合わせた。それは明らかに法外な値段だった。しかしそれで手を打つ他はないと散々話し合ったことではあった。代表して、町長が頷いた。


「はい。その条件で合って──」


「悪いなぁ。やっぱそれ、返させてくれよ」


ノトリトは意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「さっきの報酬に付け加えさせてくれよ。この町の商会をノトリト名義にすること、ってな」


「なっ……!?」


町長と組合長は絶句して、ノトリトを見る。ノトリトはニヤけ面を崩さない。


「ちょいと調べてみたところ今回の魔族……いや魔人はちょっと手強いらしくてなぁ。金貨1200枚ぽっちじゃ割に合わんのよ」


「だ、だからって商会の利権を渡すなんて……そんなことしたらこの町が!」


「別にいいだろ? だってどうせ、これからもアンタらだけじゃあこの町は守れないんだからさぁ。じゃあいっそのこと俺に手綱を握らせてみろよ、なぁ?」


「そっ、そんなこと許容できるハズが……!」


「許容だぁ……? おいコラ、ジジイ。勘違いするなよ? 許容するかどうかは俺たちが決める側なんだぜ」


「ぐっ……!?」


ノトリトが町長の胸ぐらを掴み、持ち上げた。


「やっ、やめんかっ! 町長を放せッ!」


「ハァ、ウザったいなぁ」


掴みかかってきた組合長をノトリトが睨むやいなや、破裂音と共に組合長が1メートルほど後ろに吹き飛んで尻もちを着いた。


「グッ……今のは……!?」


「俺を指名依頼したくらいだ。俺の【神器】の特性についても知ってるだろ」


ノトリトの町長を胸ぐらを掴む方とは逆の手には、いつの間にか深紅の刀が握られていた。


「それが、ウワサの……!」


「俺が気に入らないってんなら俺とやり合ってみるか、組合長? いいぜ、出してみろよ神器を。アンタもかつては【女神洗礼】を受けた冒険者のひとりだったんだろう?」


「……っ!」


「ははっ、できないよなぁ? 俺の授かった神器にゃとうてい敵わないと分かるもんなぁ?」


ノトリトは嘲笑うようにして言うと、持ち上げていた町長をソファへと落とした。


「ほれ、署名しろ。そうすりゃ少なくとも今の窮地からは救われるんだ」


「……くっ」


町長がペンを握らされる──その時のことだった。




「──くっ、組合長っ!!」




その部屋に慌ただしい様子でアドニス冒険者組合の職員が駆け込んできた……が、巨漢のゴウキにすぐに首根っこを掴まれた。


「なんだキサマは? 表の部下たちをどうした?」


「ヒッ!? きっ、緊急の報告があり、通していただきました……!」


ゴウキからの視線を受け、ノトリトは肩を竦めた。


「……チッ。まあいい。離してやれよゴウキ」


「フン……」


ノトリトから指示を受けたことに不満げにしつつも、ゴウキが職員を放す。


「で、何の用だ? お宅らの組合長はいま俺たちとの契約で忙しいんだけどなぁ」


「あっ、その……いま表で、謎の男がオブトン商会長を人質に取って暴れてるんです……」


「ハァ?」


その場にいた全員が、脈絡のないジョークを聞いたようにポカンとする。


「今なんて?」


「商会長が謎の男に人質に取られ、『助けてくれ』『町長を呼んでくれ』と叫んでおり……」


「そんなん、冒険者どもで囲んでボコしちまえばいいだけだろ」


「それが衛兵も冒険者たちも一向に歯が立たず……今も戦っているのですが」


「ハァ、アホくさ」


ノトリトは勢いよくソファにもたれかかると、ゲッソリしたように顔を押さえる。


「不審者ひとり取り押さえられんとか、この町の衛兵も冒険者どももカスばっかなのかぁ? 役立たずにも程があるだろうがよぅ。俺たちはオチオチ契約のひとつも結んでられないっての? んん?」


ノトリトの言葉に、町長も組合長も何も反論しない。できない。現に今、それが証明されてしまっているゆえに。


「仕方ない、サービスでその不審者の掃除もしてやるよ。ただし、それが終わったらこれ以上ぐちぐち言わずに契約書に署名してもらうからなぁ?」


「……し、承知しました」


「ヨーシ」


ノトリトは後ろを振り返る。


「ゴウキ、ミーシャ。誰かは知らんが多少は腕が立つ不審者らしい。魔人討伐の前哨戦だ。ちょっとボコボコにしてここに連れてきてくれや」


「フン、なぜオレがキサマの指示を受けねばならぬのか……と言いたいところだが、いいだろう。オレもちょうど部屋にこもり切りで肩が凝ってきたところだったからな」


ゴウキはニヤリと口元を吊り上げ、楽し気に部屋を後にする。


「……僕もかい? それはノットエレガント。不審者程度、ゴウキ君ひとり居れば十分だよ」


「まあ過剰戦力っちゃそうだがな、お前だってここに居たってやることねーだろ」


「まあ、ね。じゃあ僕は薔薇の花でも探しに行くとしようかな」


「薔薇ぁ?」


「もしかしたらこの町に咲いているかもしれないから……僕の隣にけるにふさわしい、穢れなく美しき処女バラがね」


「ハッ。キッショ。好きにしとけ」


そうしてミーシャもまた不気味な笑みをたたえ外へ向かうのだった。




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