第11話 女神の神器

「ヒッ──ヒィィィッ!!!」


常人の速度を優に超える俺の動きに、首根っこを掴まれて連れ回されるオブトン商会長の悲鳴がアドニスの大通りに響き渡る。


「酔うっ、酔うっ!!! 下ろしてくれぇぇぇ!」


「あーもう、うるさい! 俺がヨシと言うまで黙ってろ! 舌噛むぞ!」


俺は街の大通りを駆け、建物の屋根を跳び移り、広いアドニスの町を巡り行く。


「今度はこの辺でいいかな……いいぞ、オブトンさん。『ヨシ』だ」


「うっ……まだやるのか」


「いいからやれって」


「はぁ……」


スゥ、とオブトンは息を吸い込む。


「誰かぁぁぁ! 俺だ、オブトンだ! 助けてくれぇぇぇ! あと町長も呼んでくれぇぇぇ!」


俺はオブトンに大声で同じ内容を数回叫ばせる。するとまた、その声に反応して多くの建物の窓が開く。ときたまドアも開いたり、路地裏から駆け出してくる者の姿もある。


「なッ……オブトン商会長ッ!? お前、商会長に何をさせているんだ!」


衛兵や冒険者と思しき人々がこぞって俺の方へと迫ってくるので、俺はなるべく手加減を心がけて8割ほどを平手打ちでバッタバッタとなぎ倒し、逃げていくヤツらは見逃した。


「……よし。ここも完了かな。ここまで町長の影はナシか。じゃあ次の場所に……」


「お、おいお前……まさかこのままコレを、町長が出てくるまで続けようってんじゃないだろうな……?」


「だってさ、アンタは町長が今どこにいるか知らないんだろ? じゃあ数撃ちゃ当たるに賭けるしかない」


「フン、町長を狙ってると丸わかりなんだからこんなので出てくるハズないだろ……」


「俺も別にこの方法で直接町長があぶり出せるとは思ってないさ。だからこそ、全滅にはさせずにある程度の人数をあえて見逃してるんだ」


「どういうことだ……?」


「逃げたそいつらは次にどんな行動を取ると思う? オブトンさんよ、さっきの追い剝ぎまがいの取り引きは町ぐるみでやってるって言ってたろ。ということは下っ端に至るまで、町長が黒幕ってことも知れ渡ってるワケだ」


「……! お前、まさか逃がしたヤツらが町長の元に報告に行くと踏んで……!?」


「まあそんなとこだ。正確な位置は分からなくても、そいつらが逃げていく方向……町長を探すために行動してる範囲を見れば、だいたいの場所までは絞り込めるだろうしな」


俺はそうしてまた次の場所へ移ろうとした、その時だった。




「──ククッ、活きの良さそうなヤツではないか!」




突如、俺の真上から影が落ちた。とっさに真後ろへと回避すると、大きな破壊音と共に大通りの石畳が爆ぜた──落下してきた巨漢が振り下ろした拳によって。


「なんだっ? コイツも冒険者かっ?」


街道の真ん中に穴を開けたソイツがユラリと立ち上がる。デカい。2メートルは優に超えており、体は筋肉で膨れ上がっている。その腕には、キラリと輝く白い腕輪がしてあった。


「おっ、おぉっ!? その腕輪……アンタ、町長が招集したプラチナランク冒険者かっ!」


オブトンが希望に満ちた上擦った声を上げる。


「たっ、助けてくれ! コイツ、俺のことを人質に町長を──」


「フン……黙っておれ」


巨漢はひと言でオブトンを制すと、ギロリと俺をにらみ付ける。


「オレはただ、この手強いらしい不審者を打ち倒しに来ただけだ」


「そ、そうか。だが、できれば俺のことは巻き込まずにしてくれると……」


「分かっておるわ。お前の安全は確保してやる。なにせ、商会の名義変えにはお前の署名も必要なことだしな」


「……え?」


オブトンの目が丸くなる。


「な、なんだ? どういうことだ? 商会の名義変え……? 何を言っているんだ……?」


「分からんか? そのままの意味だ。キサマら老害に町の心臓たる商会を預けてはおけん。ゆえにこれからは我々が仕切らせてもらう」


「なっ……! そ、そんなことできるものかっ!」


「できるできないの話ではない。これは取り引きだ。商会そのものが今回のオレたちの報酬になる。今ごろ町長と冒険者組合長の署名は終わっている頃だろうよ」


「そ、そんな……バカな……!」


「事実だ。ヤツらも面食らってはいたがな、どの道その条件を受ける他ないだろう」


「お、俺がこの商会のため……町のためにどれだけ尽くしたと思ってる? 他の町からの物流が止まったこの数カ月、俺がどれだけの覚悟を持ってこの手を汚して、多くの行商人たちを陥れてきたと思ってるんだ……!?」


「知ったことではない。それはお前たちの都合だろう」


「都合……? 俺たちの都合だとっ!? 俺がやらなきゃ、町の住民のどれだけが食うに困ったと思うっ? 町を救うため、お前たちプラチナランクの冒険者を招集するための金の工面だって俺がした!」


「そうか、ではお前の役割はそれで終わりだ。オレたちがこの町の頂点に立つためのお膳立てでな」


「なんて、なんてヤツらだ……」


オブトンは腰が抜けたかのように、その場にへたり込んだ。


……ふむ。話の流れは大体つかめた、と思う。どうやらオブトンのこれまでの行動も訳アリみたいだけど……それにしてもおかしいな。言動を聞く限り、この冒険者、いま町のアチコチで絶賛大暴れ中の俺よりよっぽど悪役ヒールっぽくないか?


「なあプラチナランク冒険者とかいうアンタ、ちょっと聞きたいんだけど」


「なんだ?」


「なんだかずいぶんと頼られていたみたいだけどさ、それに報いようとは思わないわけか?」


「報いる?」


「アンタには正義とか信念とかないの? 俺の中の冒険者ってイメージはさ、依頼を受けて魔物とか退治する……いわば強きを挫き弱きを助けるみたいな、社会に貢献するような職業だったんだけど。違うのか?」


「フン、不審者が何を言うかと思えば……」


巨漢は俺の言葉を馬鹿にするように鼻で笑った。


「オレは下らん英雄願望のために冒険者になったわけではない。この町に来ている他のヤツらもな」


「じゃあ、なんのために?」


「あるヤツは金、あるヤツは女……そしてオレに関しては、ククク」


巨漢は殺気に満ちた笑顔で俺を見やる。


「強きを挫くため、というのは当てはまっているかもな。オレは戦いに生きる者。より強き者を屠るために冒険者になったのだから」


「ああ、そう……」


「さあ、やろうではないか。お前の全力を見せてみよ……!」


巨漢が宙に手を掲げる。するとその手が光瞬いた。


「出でよ我が神器、"ゴウキチタツ"」


光が消えると、その巨漢の手にはどこからともなく両手持ちの巨大で反り返った刃を持つ大剣が出現していた。


……え、マジで? コイツ、昨日の山の中で俺と同じように、何もないところから剣を出したんだが……!?


「どうした、不審者。数々の衛兵や冒険者を退けているキサマもまた【女神洗礼】を受けし者だろう? 女神より賜りし【神器】を出すがいい」


「め、女神洗礼……? 神器……!?」


言ってる単語の意味がまったく理解できない。それはともかくとして、俺以外の人間がどこからともなく剣を出せるということ、それは俺の中で今日一番の衝撃だった。


……ソレ、異世界転移の特典かなにかで俺だけが使えるユニークスキル的なヤツなのかな? って思ってたのに……この世界の冒険者にとっては常識の一種なのか? どおりでミルファちゃんが俺が大剣を持っていないことに何のリアクションもしないわけだ。


「どうした、オレは待たんぞッ?」


巨漢が手に持った大剣を地面に叩きつける。そうするやいなや、地割れが俺の足元を襲った。体が宙に浮く。


「それでキサマはもう身動きも取れぬッ! コレで終わりのようだなぁッ!?」


見た目に反する身軽な動きで、巨漢が地に足のつかぬ俺の横へと迫っていた。


「興醒めだ、不審者! 弱者は弱者らしく、生涯オレの名を恐怖と共にその脳裏に刻んで生きるがいいわ! このオレ、ゴウ──ブファッ!?」


俺の右拳が、巨漢の横っ面にめり込んだ。


とりあえず俺はそのまま空中で体を捻り、遠心力で拳に吸い付いて離れない巨漢の体を地割れの底へと叩き込んだ。低い衝撃音が地の底から響いて……それきりだった。気絶でもしたらしい。


俺は巨漢を殴りつけた反動の勢いで割れていない地面へと着地できた。


「さてと」


……あの正義のカケラもない巨漢自身のことは心底どうでもいい。突如として出現した剣について聞きたい事はあったけど……まあ、今は置いておこう。それよりもだ。


「オブトンさん、エサ役ご苦労さま。おかげで町長の居場所が分かったな」


「ふぇ……?」


地割れの横、汚いキョトン顔でへたり込んでいたオブトンの首根っこを再び掴み、俺は問う。


「さっきのプラチナの冒険者が取ってる宿に居るみたいじゃないか? その場所を教えてくれよ」

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