第30話 ターニングポイント:勘違い
……ミルファちゃんは他人と関わるのが苦手なのだろうな。俺はそう思っていた。
ニーナと初めて会った時もあまり目を合わせようとはしていなかったし、これまでもなるべくなら他人の事情には関わりたくなさそうな、そんな透明な壁を見せているような気がしたから。
無論、それは誰かに責められるようなことではないし、直せるように頑張ってほしいと俺が思っているわけでもない。だからそのスタンスのままでもいいんじゃないかと俺は考えている。多様性、大事。
ミルファがそういった生き方を選ぶことになったのはきっと自身の生い立ちや、これまでの環境によるところが大きいのだろう。本人が望むわけでもなく過去のことに無粋に触れるのもためらわれるので、自分から話してくれるまでは俺から詳しく聞くつもりはない。
「あのさ、宴の前のあいさつとか、表に立つようなところには俺ひとりで出ようか」
だから、俺はミルファの生き方を尊重する。嫌なことを無理にやる必要なんてない。
「ミルファちゃんはシャロンを見張りつつにはなるだろうけど……先に宴を楽しんでいてよ」
「そ、そう? ありがとう、ごめんね」
ミルファはホッとしたように胸を撫でおろしていた。
……うん、これでいい。
互いに補い合って、そうして生きていく。それはとても優しく穏やかで素晴らしいことじゃないか。本気でそう思っていたし、それは正しいことだと後から思い出してみても思う。
──でもすぐ後に、穏やかなだけじゃ、優しいだけの生き方じゃダメなこともあるのだと俺は知ることになる。波風を立ててでも大切な人の心の中へと踏み込むことが必要になる、そんな時もあるのだと。
もちろん、これは俺が可愛すぎる婚約者とこの異世界で幸せな結婚生活を歩んでいく、その軌跡を記した物語であることに間違いはない。
今回のこれもまた必要な教訓であり、これを経たからこそ俺とミルファちゃんの絆はより固いものとなったという確信はある。
……でもこの時、もう少し早く俺がミルファちゃんの違和感に踏み込めていけていれば、互いの【勘違い】に気付けていればと、それだけはどうしても思ってしまうのだ。
魔族の頂点たる魔王についての知識と、泥酔していておぼろげだった異世界初夜の俺の記憶。せめてそのどちらかさえハッキリとしていれば、俺はミルファちゃんを深く思い悩ませることもなかったのかもしれなかった。
* * *
宴のあいさつが終わり、両交易路の調査や邪竜討伐の準備に関わってくれた人々へのお礼参りも済ませ、さてそれじゃさっそくと俺はミルファちゃんを探そうとして……しかしオッサンズに囲まれてしまっていた。
「さあさあ飲んでください救世主様」
「美味しいツマミもたくさんご用意しておりますので、さあ!」
あれよあれよという間にグラスを持たされて、カチンカチンと乾杯される。悪い気はしない。こんな風に囲まれるのは刑事として採用され部署配属された時に歓迎されて以来かもだ。
とはいえ、
「すみません、連れを探しているので……」
注いでもらったアルコールを空にしつつ俺は宴に湧く町中を歩く。あちこちで商会主催の屋台が出ていて、そこでは干し肉や乾燥野菜をふんだんに入れたスープなど、これまで小出しにされていた備蓄の食糧が一気に解放されていた。
それができたのは、東の交易路から明日以降、順次食糧の入荷が始まることが決まっているからだそうだ。今日部屋に訪れた商会長のオブトンが嬉しそうに報告してくれた。
「ちーっス! ジョウさん、楽しんでるっスか~!?」
並び立つ屋台の中から知っている声が聞こえる。ニーナだ。エプロンを付けており、片手にはトング。どうやら備蓄の干し肉を仕入れ、香草と一緒に炒めて売っているらしかった。
「私はめちゃくちゃ楽しんでるっスよ! なにせ格安で仕入れた期限間近の干し肉をニオイ消しして売るだけで粗利が……ムフフ」
なんとも商魂たくましい。その稼ぎ方がアコギなものかどうかはさておき、ニーナなりに楽しんでいることは確かなようだった。
「ところでさ、ミルファちゃんを見なかった? 探してるんだけど……」
「ミーさんっスか? いや、ちょっと見てないっスね……。シャロンさんならさっきミーさんにお小遣いを貰ったとかで、お肉を買って食べながら向こう側の通りへ歩いていったはずっス」
「シャロン、ひとりで買い食いって……まあ大丈夫か。情報ありがとう」
シャロンならミルファちゃんの居場所を知っているかもしれない。俺は教えてもらった方向へと歩いて行こうとして……ガシリ。ニーナに袖を掴まれてしまう。
「お腹空いてるっスよねジョウさん、どうですご一食!」
「えぇ? 俺は早くミルファちゃんを……」
「探すのは食べながらでもできるっスよ〜ホラホラ〜美味しそうっスよぉ〜?」
「……はぁ、分かったよ」
押し問答する時間も惜しかったので俺はとりあえず銅貨を払った。
「お買い上げありがとうございますっス〜! アルコールもついでにサービスサービスっス〜!」
「うわっ、ちょっ……!」
肉を受け取るタイミングで手にしていたグラスに再びアルコールを注がれてしまう。ちなみにこの町で飲まれているのは基本的に発泡酒だ。泡がこぼれそうになったので急いで口をつける。
……やっぱお酒って美味いよなぁ。
「おかわりしたくなったらウチに来るっスよ~! ジョウさんにはアルコールなら無料で進呈しちゃうっスから!」
「そりゃどうも」
俺は再びミルファを探しに通りを歩く。人が溢れていてまっすぐ歩くのも大変だ。
「あっ、ジョウさん!」
「町の英雄!」
「ぜひ奢らせてくれないか!」
それに加えて町の冒険者たちに見つかると、すぐに周りを囲われてしまう。中には俺の平手を受けたのだと嬉しそうに話す人たちもいて、ちょっと申し訳なさもあったりしてなかなか無下にはできない。
「どんどん飲んでください。ここは盆地、水に限りはありませんから!」
俺のグラスが空になることはない。途中からは杯を空にするのは諦めて注がれるたびにチビッと口をつけてを繰り返すだけにしていたのだが、それでもどれだけの量を飲んだことだろうか。
「ヒューっ! お酒、さいっこうっ!!!」
いつの間にか、俺は完全に出来上がってしまっていた。
「ミルファちゃーーーん! どこぉぉぉーっ!?」
泥酔中の俺はなんてったって無敵だ。陽気な気分でミルファをフラフラと探しに行く。いいね、こういうの! かくれんぼみたいで!
あちこちを探す。その間にも酒は勧められる。乾杯してイェーイと喜び飲む。
また探す。酒を勧められる。イェーイと飲む。
探す。勧められる。イェーイ──
──そうして段々と記憶があいまいになっていく……。
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