第17話 ミルファ、正義を執行してみる
「ちょ……ミーさん、何する気っスか……!?」
突然立ち上がったミルファに対して、窓横の壁際に屈んで隠れていたニーナは『まさか』といった風に目を丸くした。
そのまさかだ。
「あの人は私が助ける。ニーナ、あなたはここで隠れて待っていて」
「ミーさん、お、落ち着いてくださいっス!」
ニーナがミルファのローブの裾を掴んだ。
「ダメっス! あのロン毛男の腕輪を見てください、プラチナっスよ!? とてもじゃないっスけど、私たちの手だけには余るっス!」
必死になって止めようとしてくるニーナのその手を、しかしミルファは外した。
「大丈夫、私、これでもけっこう強いんだから」
「ちょっ……ミーさんッ!!!」
ニーナの声を背に、ミルファは窓を開け放ち、そして跳んだ。風と空気抵抗で着ているローブがはためき、着地の時にフードが脱げてしまう。しかし、気にはしない。
「そこのあなた、その手を離しなさい」
女性の髪を鷲掴みにして引きずるその長髪の男の背中に、ミルファは冷たい声で投げかける。
「女の子の髪を何だと思ってるの? その扱い、万死に値するわ」
「……ふぅ、エレガンスのカケラも無いね。
ロン毛の男は面倒くさそうに髪をかき上げ、ミルファの方を振り向いて──
「──っ!?!?!?」
驚愕したようにその目を見開いた。
「うっ…………」
「? なによ?」
「
ロン毛男は雷に胸を貫かれたかのように手で押さえ、地面に膝を着いた。
「あぁぁぁ……
「は?」
「あぁ、スンスンスン……あぁ、クンクンクン……やっぱりそうだね。これが運命だね。
「~~~ッ!」
ゾワっとする。ミルファの背中には無数の鳥肌が立っていた。
……何コイツ、何コイツ! 気持ち悪い、吐き気がする! いっさい口を利きたくないッ!!!
「お待たせ、迎えにきたよ……僕の胸の中で輝きに来たんだね……!!! 僕と君は2人で1つ、ならば繋がってみせようじゃないかっ!!! さあ!!! おいでッ!!!」
「……気持ち悪いッ!!!」
言葉のやり取りで済むならそれがいいと考えていたミルファだったが、圧倒的な生理的嫌悪がミルファの理性を
ミルファは腰に差していた短剣を抜き放ち、ロン毛キモ男に向けようとして──しかし。
「なっ……」
引きずられていた女性を残して、目の前からロン毛キモ男の姿が消えていた。
──ぞわっ。
「ぃ──ッ!!!」
ミルファは直感に従って、手前へと前転するように飛び出した。
恐らくそれはミルファの女性としての防衛本能だったのだろう、間一髪、背後から抱き着こうとしてきたロン毛キモ男の両手をかわすことができた。
「なんだい、シャイだな」
ロン毛キモ男がウィンクをしてくる。その直線上から身をかわしつつ、ミルファは立ち上がった。
……今のはなに……? 目で全く追えなかった……!
ミルファは反吐が出そうな気分をこらえ、嫌々ながら、背筋に鳥肌を立てつつも、ロン毛キモ男を観察することにする。そしてキモ男の手にクナイほどの小さなサイズの剣が握られていることを理解した。
……神器、か。それにアイツの足元……ということは恐らく……。
「なるほど、ね」
ミルファはそう言って、ロン毛キモ男から視線を切る。これ以上その姿を目に映したくはなかった。
「フフ、冷たいね。美しい薔薇には棘があると言うから、仕方ないのかな?」
耳も塞ぎたい気分だったが、さすがにそんなことはしていられない。
「ねぇ、あなた、大丈夫?」
ミルファは自身の背後の、先ほどまでキモ男に引きずられていた女性の元に屈む。
「ケガはない? 立てる?」
「は、はい……大丈夫です」
「そう。だったらここから離れなさい。あなたの恋人は気絶しているだけで心配は要らないから」
「え……で、でも、あのキモいのが……私の目の前に突然現れて、逃げようとしてもいつの間にか目の前に……」
「大丈夫、あのキモいのは私がなんとかするから」
落ち着かせ、女性を立ち上がらせる。
「あ、ありがとうございます……でもその、アナタはいったい……」
「私? 私はただの旅の……いえ」
ミルファは不敵に微笑んで、力強く断言する。
「正義の味方のお嫁さん、かな」
「お、お嫁さん……正義の味方の……?」
「うん。だから、あの女の敵は私が絶対に許したりしないから……安心して走って」
そう言って女性の肩を押してやる。ミルファはそうして、ためらいながらも走っていくその背中を見送った。
「あぁ、可哀想な光景だ……僕に見初められなかった
「風よ──我が
キモ男の妄言を聞き流しつつ、ミルファは短剣に力を込める。
……魔力は極力使いたくないな。でもそれなりの出力は出さないと……。
「ところで僕の美しき
……こんなものかしら。まあいざとなったらもっと強くしてやればいいか。
「その前に君の心の棘を抜いてあげなきゃね? 大丈夫、そういうのは慣れてるんだ。元気な
……ああ、うるさいな。
「そういう時はね、冷たい水を用意してちょっと長めに頭から浸け込むんだ。そうするとそのうち諦めて大人しくなるから、あとは温かなこの胸の内で優しく抱きしめてやれば──」
「もう口を閉じろ、
絶対零度の声が辺りに響く。それはミルファの口から出たものだった。
ミルファ自身、それほどまでに冷たい感情が胸の内からあふれ出したことに驚いた……が、しかし。それ以上に熱い感情が腹の底から湧き上がってくる。
「下劣極まりない。二度とその
「……ハハっ、
ロン毛キモ男は神器を構えたかと思うと、瞬間移動のようにミルファを挟んで正反対の位置へと移動した。
「凄まじい力だろう? 今の時代は力こそ高貴……であれば、僕ほどエレガンスな存在はこの世に2人といない!」
再び長髪のキモ男の姿が消え、声だけが響く。
「さあっ、美しき僕を前に心を屈服させるんだっ! 君には僕しかいないのだから、君は僕のモノになるしかないんだッ!!!」
「──風よ、吹き上がれ」
ミルファがひと言、その直後、どこからともなく強烈な風が空に向かって吹き荒れた。
「んな──ッ!?!?!?」
同時に、姿が見えなくなっていたはずの長髪キモ男が空中に現れた。キモ男は身動きの取れない虫のように宙で手足をジタバタとさせている。
「お前の神器の力は、速さだろう」
「──ッ!?」
ミルファの言葉に、キモ男の目が見開いた。図星のようだ。
「私の背後に回ったお前の足元が摩擦熱によって煙を上げていた。そのことから、お前はその神器の力で恐らく音速を超える速度を生み出す身体能力を会得していると考えられる……だが」
ミルファは短剣を、今にも空から落ちてくるキモ男へと向けて言う。
「いくら速く走れはすれど、空を飛ぶことはできまいよ」
「……ッ!!!」
「雷よ── 我が御言に従え」
ミルファの、短剣を硬く握る拳に紫電が宿る。そして、すぐ横にへとロン毛キモ男が墜ちる。
「お前らの女神への祈りは済ませたか、下衆」
「待っ──!!!」
「音速など生ぬるい。
めりっ、ごきっ、と。ミルファの打ち出した拳が触れることもなく、ロン毛キモ男の顔面が拳の形に歪む。その正体は衝撃波だった。
ロン毛キモ男は地面と水平に数メートル飛んだかと思うと、バウンドを繰り返し、そのままの勢いで叩きつけられた商会の壁へとクレーターを作った。
「……ほう、まだ息はあるようだな。それはよかった」
「──ブべっ」
ロン毛キモ男の顔面は潰れて、目からは涙と血が流れだしていた。高貴さのかけらもない、負け犬の姿だった。
「ふはは、惨めよのう」
「
腫れあがった唇で、キモ男が続ける
「
そこまで言うと、こと切れるようにキモ男は意識を失った。
「私か? 私が誰かなんて、そんなの決まっておろ──ぅク……ッ!」
ズキン、と。ミルファの額、その中央に刻まれた紋章が痛む。思わずミルファはその場に膝を着いた。
「ふぅ、ふぅっ……フゥ……」
意識して息を整えると、頭痛は次第に収まっていく。ミルファは頭を押さえる。そして、自らの身に起こった出来事を理解し……ため息を吐いた。
「……ダメね、私。感情に揺さぶられて、心にスキを作ってしまうなんて……」
恐らく、額の紋章が脈打っているのが分かる。ここに来るまでなるべく魔力を抑えてきたというのに……努力が水の泡だ。
「ミーさんっ!」
背後からニーナが走ってきていた。決着を見届けて、2階から駆け下りてきたのだろう。
「ミーさんっ! お怪我は……」
「……っ、ありがとう。大丈夫よ」
ミルファは慌ててフードを深く被り直し、立ち上がる。
「それよりちょっと騒ぎを起こしちゃったし場所を変えましょう。とりあえず忍びつつ、コイツの言っていた銀泉亭とやらを訪ねてみましょうか。どうやらこの町の町長と繋がっているみたいだし」
ミルファは再びフードを深く被ると、ニーナを連れて町に向けて歩き出した。
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