第2話 婚約者ができてたらしい?

「俺と君が……婚約したぁっ!?」


「そうよ、昨晩。ジョウ君と私がね」


俺と美少女は、小屋の中にあったテーブルの向かい合わせの椅子に座っていた。少女はまるで今のこの状況が当然であるかのように自然体だった。


……この超可愛い子と俺が、婚約っ? おいおい。そんな素直に受け止められるものでもないぞ。婚約が嫌だから? いや違う。それはむしろ嬉しい。


でも、25年生きてきて初めてひとめ惚れした相手が何の脈絡もなく俺の婚約者になるわけがないだろう、現実的に考えればさ。


「まあ、さすがに夢だろうな……」


ありがとう俺のレム睡眠。仕事に忙殺される俺が気の毒で、夢の中とはいえ、こんなに素晴らしい幸せシチュエーションを用意してくれたんだな。


定番だけど、俺は自分の頬をつねってみる。痛い。え、夢じゃない……のか?


「もしかして覚えてないの? ジョウ君は女神様の導きで突然私の目の前に現れたかと思いきや、石の柱のような大剣をブンブン振り回して、魔族から私を助けてくれたじゃない」


「う、うーん……?」


……おいおい、ファンタジー設定かよ。これもしかしてドッキリ? 実はこの子がいま水面下で売り出し中の100万年に1度の美少女アイドルか何かで、バラエティー番組の撮影中だとか? それなら納得できる。だとすれば、どこかに隠しカメラがあるハズ……。


俺が辺りを見渡そうとした時、チラッと。記憶の底に光る物を感じた。


──ズキン。


「っ!?」


偏頭痛のような痛みが頭を刺激する。それと同時に、頭の中に溢れるイメージ。それは昨晩確かに起こった出来事の、断片的で、そしてとてもおぼろげな記憶だった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(~~~回想中~~~)


『──じゃあ、俺は死なないから。俺はきっと君より1秒でも長く生きて、君が死ぬまでの間ずっと幸せにし続ける』


泣き崩れるその少女に、俺は手を差し伸べていた。


『俺と結婚しよう。魔族たちをぜんぶ打ち倒して』


『……はいっ』


少女は俺の手を取って、とても嬉しそうな、そんな満面の笑みを浮かべていた。


(~~~回想終わり~~~)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「あ、あ、あ~~~っ!」


おぼろげ、とってもおぼろげではあるけれど……言ってた。


言ってた、確実に言ってましたわ、俺。ガッツリとプロポーズしてましたわ。しかもなんかめちゃくちゃカッコつけて。熱い。顔から火が出そう。


「もしかして、忘れてたの?」


「昨日はその、すごく酔ってたもので。でも……もう大丈夫」


俺はおぼろげな記憶をさかのぼり、何とか順序立てて昨日の出来事を思い返す。


そう、確か俺は昨日、仕事帰りにたらふく飲んで泥酔していたのだ。その帰りの電車のホームで女神を名乗る不思議な女性に酒を勧められ……そこから先の記憶が抜けているが、気が付いたら俺は山の中にいた。


多分、異世界転移というやつだろう。


「覚えてる。気がついたら目の前には地面に座り込んでる君と、その前に立ってる反社っぽい男が居て……」


「ハンシャ? っていうのは分からないけど、その男が魔族よ」


「魔族……つまり人間とは違う、悪いヤツらだよな?」


「うん。違う世界から来たのに、詳しいのね? そっちの世界にも魔族がいるの?」


「えーっと……まあそんな感じ」


まあ本来いまみたいな状況に陥ったならもっと異世界ビギナーっぽさがダダ漏れになっているハズなんだろうけど、俺は休み時間などに多量のWeb小説を摂取しているので剣と魔法の世界、魔族、勇者と魔王とかそういう状況は慣れっこではある。


「ともかく、俺はその魔族に長い角材みたいなモノをブンブン振り回してぶつけてた記憶があるよ」


「角材じゃなくて大剣ね。それでその後、私と結婚しようって」


「ああ、覚えてる」


「それで、どうする?」


少女はとても真面目な顔をしてこちらの目を覗き込んでくる。


「あれは酔った勢いだったの? プロポーズと、婚約のこと」


「えっと……」


正直、魔族を倒した記憶からプロポーズに至るまで全然脈絡がなさ過ぎて、酔った勢いが無かったかと言われると……


「……言い訳はできない。ごめんなさい。確かに酔った勢いはあったんだと思う」


「そう……」


返答に詰まった俺を見た少女は小さくため息を吐くと、席を立つ。


「うん、わかった。それじゃあこの話は無かったことにしましょう」


「えっ……」


「いいの。これでよかったの。本当はこうするべきだった。昨晩言ったように、私はこの身を狙われているから」


俺が呆気に取られている間にも、少女は立ち去ろうとして──


「ちょっ……待って待って!」


思わず少女の手を掴む。反射だった。俺の本能が彼女を行かせてはいけないと体を動かしていた。


「確かに、俺は昨晩は酔った状態でプロポーズしてしまったかもしれない。でも、それがウソの気持ちだったなんてひと言も言ってない!」


少女が目を見開いた。驚いた様子のその表情さえ、俺にはこの世の何ものにも代えがたい美しさを、可愛さを覚える。


……こんなことは初めてだ、本当に。


「最初に君を見た時、運命を感じた。その後に俺と婚約してると聞かされて確かに驚いたけど、それ以上に嬉しさが勝ってた」


それこそ、夢かと思うくらいにだ。


「だってこんなにめちゃくちゃ可憐でエキゾチック美人で、どことなく凛々しさを感じさせる佇まいが最高にクールで、それでいて人を悩殺できるレベルの笑顔をあわせ持っていて、俺の身を案じてくれる優しい女性と結婚できるんだぜっ? そんなの幸せすぎるでしょっ!」


「えっ、えぇ──っ!?」


少女はこれまでで1番のリアクションをした。驚きに口を広げ過ぎてワナワナしてる。それもまた可愛い。


「うっ、ウソよ! どこからどう見ても厄介極まりない女でしょ、私! 見なさい、現に額にはこの紋章だって刻まれていて……」


「あ、それね! それも含めてめちゃくちゃ可愛いと思った! すごくキュート!」


「はぅっ……!?」


少女が赤面して額を隠す。あ、もしかして恥ずかしい場所だったのか……いやでも照れたように前髪を下ろそうとする姿もやっぱり可愛い。


……まあ、それはともかく、だ。


「俺は、全てを含めて君のことが好きだ。君の姿形、声、抱えている事情、そこから俺を突き放そうとする優しさ……全部ひっくるめて」


俺は少女の両手を握る。俺の想いの熱量が伝わってくれますようにと願いながら。


「俺は確信してる、昨日の俺も絶対に今日の俺と同じく君にひとめ惚れしたんだって。酔った勢いはあった、でも、だからこそ自分の気持ちに素直になれた」


だから、昨日のことを全て無かったことになんてさせたくない。


素面しらふの今、改めてやり直させてほしい」


俺は少女の正面に膝を着く。そして手を差し伸ばす。


「この右も左も分からない世界じゃ、俺はまだ何の取り柄もない……君をたった1度魔族から助けただけの男かもしれない。ついでに、俺自身が君に釣り合うほどの男である自信もない……けど」


俺は決意と共に、口にする。


「だけど、俺はこれから必ず君を幸せにしてみせる。だから……俺とお付き合いしてくれませんか」


「……っ」


「もちろん、結婚を前提に」


「っ!!!」


少女はひどく逡巡しゅんじゅんするように、目を背けた。その顔は赤い。


「本当に……本当にいいの? 私は魔族に狙われてる。幸せな結婚なんて絶対にできないのよ?」


「じゃあそいつらは全部倒すよ」


即答した。少女が目を丸くしてこちらを見る。


「そんな簡単なことじゃ……」


「簡単とか困難とか、そういう話じゃないんだ。君と生きるためにそれが必要だっていうのなら俺は命を懸ける」


「……!」


「俺が決めたのは、何がなんでも君と幸せになるっていう覚悟だ」


決して冗談で言ったつもりはない。俺はまっすぐ、少女を見つめる。


「約束する。きっと君を幸せにしてみせる」


「……いいのね?」


少女が俺を見つめ返す。


「本当にいいのね……? 私、本当にジョウ君から離れたくなくなっちゃうかもしれないんだからね……?」


「もちろんっ!!!」


差し伸ばしていた手、その上に少女が自身の手を乗せた。


「ありがとう。それじゃあ、私も覚悟を決める……改めて。ジョウ君と幸せになるっていう覚悟を」


「っ! ああ、なろう! 俺と君で幸せに!」


俺は少女の手を引き寄せ、そして抱きしめた。少女はびっくりしたようにワタワタと体を揺らしていたが……しかしすぐに背中に手を回してくれた。


「ジョウ君……私のこと『君』って言うのはもうやめて?」


胸の中の温かい体、そして耳元では少女の柔らかい声……素晴らし過ぎる。


「昨晩は自己紹介する間もなかったから仕方ないわよね。私の名前はミルファ・ロレンス。改めてよろしくね、未来のだんな様」


「ああ、よろしく。ミルファ……ミルファちゃん!」


こうして独身まっしぐらなハズの俺は、たったのひと晩を経て婚約者フィアンセ持ちになったのだった。

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