第3話 婚約者を狙うモノたち
俺、八坂
ああ、このまま一生独身かなぁ……なんて思っていた矢先、
──超絶美少女なんです。
「ふ、ふふふ……」
思わず、幸せの笑みがこぼれ出てしまうぜ……。
「ジョウ君? 何をひとりで笑っているの?」
「えっ? あぁ、いや別に何でも……ってあれ?」
俺が脳みそを幸せお花畑で満たしている間に、ミルファはずいぶんと重たそうな荷物を背負っていた。
「どこに行くの?」
「山を下りるの。ここに長く留まってはいられないから。ジョウ君も支度をして」
「あ、ああ。分かった」
何がなんやらといった感じだったが、ミルファは急いでいるようだった。なので、俺は特に訊き返したりはせずに言われた通り身支度を整える。
とは言っても持ち物なんて何も無い。外にフタをされて置いてあった水瓶から桶で水を汲んで、顔を洗って寝ぐせをちょちょっと直したくらい。
「じゃあ行こう、ジョウ君」
「そうだね。あっ、荷物は持つよ」
ミルファが背負う布袋を俺は代わりに掴んで持ち上げる。
「あ、いいのに。飲料水とか食料とか、いろいろと入っていて重いでしょ?」
「じゃあなおさらだ」
布袋を代わりに持つ。それほど重さは感じなかった。
「……ありがとう。ジョウ君、優しいのね」
「フィアンセは大事にしないとね」
俺の言葉にミルファはまた照れたように頬を赤らめてはにかんでくる。結婚を誓った恋人として俺に接してもらえることが、嬉しくて仕方ないように。
……いやしかし、ちょっと謎なんだよな。ミルファちゃんはどうして俺と結婚をしようと思ってくれたのだろう?
「──あのさ、ミルファちゃんはどうして俺との婚約を受けてくれたんだ?」
というわけで、気になったので実際に聞いてみた。小屋を出て山を下りる道中だ。
「……え、突然どうしたの?」
ポカンとした表情で、俺を先導してくれていたミルファが振り返った。
「いや、俺がミルファちゃんにひとめ惚れするのは当然のこととしてさ」
「と、当然のことかしら……?」
「火が熱いことよりも。でも俺はミルファちゃんと違って何の変哲もない普通の男だし……」
「そんなの、私もジョウ君のことがす、好き……だからに決まってるでしょ」
「そ、そう? それは嬉しいけど……でもいつ好きになってくれたの? 確かに魔族は倒した記憶あるけど、それを除けば昨日の俺って、客観的に見ればただの酔っ払いだったと思うんだけど」
「んー……秘密。教えない。なんか、恥ずかしいから……」
ミルファは口元をモニュっとさせたかと思うと、慌てたように顔を前に向けた。後ろから見ると耳が少し赤い。
……もしかして照れた?
「やっぱ可愛いな……」
「っ!? わ、私別に何もしてないわよっ?」
「存在自体がもうすごい尊い」
「~っ! もう、急ぐからね!」
ミルファは言うや否や、本当にこれまで以上の速さで山を下りていく。通勤にスニーカーを使っていて幸いだった。革靴だったら今ごろ靴擦れが酷かったことだろう。
……。
……。
……しかし、おかしいな。俺はなんでついて行けてるんだろう?
山下りを始めてもう1時間近くにもなる。それなのに息切れせず、汗の一粒もかいていない。社会人になってからはそれほど運動もしてなかったのに……。
「……速いわね、追いつかれる」
ミルファがふいに立ち止まったかと思うと、ローブをはためかせた。その奥に覗けた腰に差してあったのは──短剣。
え、短剣っ!?
しかし、驚いているヒマなどなかった。
「ジョウ君。敵が来るわ。上からっ」
唐突に、山の上の方から低い地鳴りのような音が聞こえてきたかと思うと、俺たちのすぐ横に、土石流のように木々をなぎ倒しながら巨大なナニカが流れてきた。
「うわっ……!?」
視界に広く濃い土煙が立つ。その中から、ヌルリと蠢くモノの影が見えた。
〔エルル……、見ィつケたァ……!〕
それは巨大で、とても禍々しい姿をしていた。ヘドロ色のスライムのような流体で、岩のような目をいくつも持ち、口は横に大きく裂けている。
「キモっ、デカっ……なんだこのモンスター!?」
「魔物……いや、言語を解している。魔人のなりかけってとこかしら」
ミルファが腰の短剣を抜いた。すると、その剣先から紫電がほとばしる。
「それは……!?」
「ただの短剣。でも私にとってはこれが【魔法】を使うための触媒なの」
魔法。俄然として異世界ファンタジーっぽさが増してきた。
「それで、どうするんだっ?」
「この魔族は私を追ってきてる。昨日ジョウ君が倒してくれた魔人に生み出された魔族なんだと思う……いま逃げてもきっと追いつかれる。ここで倒すしかないわ」
「コイツを、倒す……?」
ミルファと目の前の魔族を見比べると、あまりにスケールが違っていた……あまりに無謀が過ぎる。
「待ってくれ、ミルファちゃん!」
俺は思わず、ミルファの手を掴んでいた。
「ジョウ君っ? いったい何を……」
「コイツは俺がやる。だから、君は下がっててくれ」
こんな危険なヤツの相手を婚約者にさせるわけにはいかない。それに、俺にとっては記憶の中の出来事だったとはいえ、俺は昨晩も魔人とやらを倒しているらしいのだ。だったらきっと俺にだって戦う力はあるハズ。なら、やってやろうじゃないの。
俺はズイっとミルファの前へと出た。
「さあ、かかってこいよ魔族! 俺がいる限りミルファちゃんに指1本触れられると思うなっ!」
〔エルル……死にタイのか……じゃァ、お前はミンチにシて飯にシてやるゥっ!〕
魔族が俺に向かって、勢いよく硬質な触手を伸ばしてきた。大迫力だ。とはいえビビったりはしない。日本じゃ
「よォォォしッ、こォォォいッ!」
「ジョウ君っ!」
「大丈夫、こんなヤツ昨日みたいに俺の大剣で──」
「その大剣を持ってないじゃないっ!」
「──あれっ?」
そういえばそうだ。俺、大剣持ってないじゃん。昨晩持っていたとかいう、石の柱のような大剣が。え……どこ?
そんなことを考えているスキに、硬質な触手が無防備な俺の腹のど真ん中を殴打した。
「おぅっほッ!?!?!?」
時速80kmの軽トラに突っ込んでこられたらこのくらいかもな、というほどの勢いで俺は吹っ飛ばされた。
「ジョっ、ジョウくーーーんッ!?!?!?」
フィアンセの大きな叫び声が、山にこだまして響くのだった。
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