昨晩の記憶がおぼろげな俺、どうやら異世界転移し超絶タイプの少女を救い婚約までしちゃったらしく大歓喜な件(それが魔王だということを誰もまだ知らない)
浅見朝志
第1話 泥酔と運命の出会い
「飲み過ぎたー」
大好きな酒に溺れた夜。俺はガラガラの車両の隅の座席に座ってフラフラの頭を押さえる。ベロベロに泥酔して、自分がどの路線の電車に乗ってるかも分からない。
「学生の頃は、もっと飲めたのになぁ……」
25歳、独身。
まだまだ働き盛りのはずだけど、向かい側の真っ暗な車窓に映る自分の姿は10歳くらい老け込んで見えた。目の下には深いクマ、無意識の猫背、身を包むくたびれたシャツ、頭を占めるのは仕事のことばかり……。
俺って、こんなんだったっけ?
ていうか、俺ってこんな大人になる予定だったっけ???
最近、高校の級友から結婚式の招待状がきた。ハガキにプリントアウトされた新婚ホヤホヤの彼らの姿は幸福と未来への希望に満ち溢れていた。それはまるで俺が思い描いた理想の大人の姿そのものだ。
俺も大人になればいつか、どこかでそんな日が勝手に訪れるものだと思っていた。いつか【運命】が足音立ててやってきて、その人のために生きたいと、そう思える女性に出会うのだと……それなのに。
実際は休日返上の業務のせいでプライベートな時間もほとんど無く、運よくコンパで彼女ができてもデートの時間が取れずにフラれる始末。とんだ社会人生活だ。
……ああ、パートナーが欲しい。しっかり者で、可愛くて、癒される最高の奥さんが。
「あーっ! やめだ、考えるの終了! 今日はもっと飲もう! 朝までコースだ!」
即断即決、悩みや不安は引きずらず楽しいことで素早く上書きする。それが俺なりの人生を楽しむ秘訣というやつだ。
『次は~極楽国土、極楽国土。お出口は右側です』
車掌のアナウンスが流れる。『ごくらくこくど』? そんな名前の駅、この辺にあったっけ?
「まあいいや。降りてみちゃえよ、行けば分かるさ! ヒュー!」
泥酔中の俺は無敵なのだ。レッツ、新しい居酒屋を発掘!
最悪、開いてる店が無かったとしてもコンビニでストゼロ買ってキメてれば時間なんてすぐフニャフニャになって溶けて消える。
プシュー。電車のドアが開く。俺以外に降りるやつはいないらしい。というか乗客が俺ひとりのようだ。
「
フラフラの足取りでホームへと降り立つと、後ろからポンと軽く肩を叩かれた。
「
「あぇ?」
名前を呼ばれたので振り返ると、見知らぬ白い和服に身を包んだ女性がコンビニで200円くらいで売ってそうなカップ酒を差し出してきた。
「え、くれるの……?」
「うむ。遠慮せず飲むがいい」
「おぉ、ありがとうっ!」
酔っぱらいな俺は
「うっ、うまいっ! ナニコレ!? 名前は……【
「我の自作じゃ」
「ヒュー! 密造酒じゃーん! タイホー!」
「我は女神だからいいのじゃ」
「あー、そっかそっかぁ。女神だもんね。ならセーフか……って、女神?」
女神ってなんだっけ? あれ? それって合法的に酒を造れる人なんだっけ? 思考がまとまらない。なんだかカップ酒を飲んでからいっそう酔いが回ってる気がするし、体が火照る。
「……まあ、なんにせよ、こんな美味い酒をタダで奢ってくれてありがとーございます。このご恩はいっしょー忘れませんー」
「おうおう、何も知らずに酔っ払いおって。
クラクラとする俺の頭を、女神を名乗る和服の女の温かい手が撫でた。
「八坂
「うぇ? なんで俺のことを知っ……アレ?」
いつの間にか、俺は地面に膝を着いてしまっていた。平衡感覚が失われ、どんどんと視界がグニャグニャになっていく。体が煮えたぎるように、燃えるように熱い。体の内側が焼けただれていくようだ。
「残念なことに醸、お主は居酒屋からの帰り道、逆上した半グレどもの報復行為に遭い……今は死の淵に居るのだよ」
「死……? 俺が……?」
「ああ。だが、お主がこのまま輪廻に還るのは惜しいし、早すぎる。まだお主は自らの【運命】にも出会っては……ほう、アレに適応したか。やはり見込み通りだ」
「……?」
気が付けば先ほどまであれほど熱かった体から、その熱は引いていた。代わりに、どんどんどんどん意識があいまいになっていく。
「その酒でお主の体を【少し】作り変えてな、頑丈にしておいた。お主が守りたいと思う者全てを守れるほどの鋼の肉体をな」
俺の散漫な思考がその女の言葉を受け取ることはない。
何を言われたかも、言われた端から忘れていく。
「さあ、醸よ。酔いの覚める前に旅立ち出会え、お主の運命に。そしてどうか……あの哀しき魔王の心を救ってやってくれ」
そして唐突に訪れるブラックアウト。それはアルコールを過剰摂取した時にも似た、急速な意識の消滅だった。
* * *
──チュンチュン。
外で、スズメか何かが鳴く声がした。
「う、ううん……?」
目が覚める。背中が痛い……体の下が硬い。さらにはひんやりとしている。どうやら俺は床の上、毛布にくるまって寝てしまっていたようだった。
「うーん……昨日は飲み過ぎたか……?」
確か昨日は仕事帰りに居酒屋を3軒ハシゴして、それから電車に乗って帰ってきたんだっけ? ん、電車? 俺、通勤に電車なんて使ってなくね?
……よっぽど泥酔してたんだな。記憶がハッキリとしない。
「水……」
寝ぼけ
「……あれ?」
たどり着けない。というか無い。キッチンが、そして水道が。
おかしい、なんだここ?
ぐるり。辺りを見渡す……やはりそうだ。
「え、ここ俺の部屋じゃない……?」
木組みの壁、煤けた暖炉、使い古された絨毯に4人くらいで使えそうな木製のダイニングテーブルとチェア。ここはどこかの山小屋のような広い部屋だった。そして──
「──うぅん」
唐突に女の子の声が聞こえ、ビクリとした。
後ろを振り返れば、先ほどまで俺の寝ていた場所……そのすぐ隣で毛布が動いていた。
……まさか俺の隣で誰かが寝てたっ? 寝ぼけてたからか全く気が付かなかった。
「あ、あのー?」
俺、まさか酔った勢いでどこの誰とも知らぬ女とワンナイトしてしまったのか? それもこんな山小屋チックな場所で? これまでどんなに酔ってもそんなことは無かったのに……俺、何か責任を負えないことしてないよな?
冷や汗は一瞬でダラダラだ。それでも必死で頭と心を落ち着かせつつ、俺は毛布の元へと歩み寄ろうとして、しかし。
俺は固まった。
開いた口が塞がらない、とは驚き呆れた時に使う言葉かもしれないが、しかし今の俺は呆れたわけではなく、あまりの驚きに口が塞がらなかった。
「ふわぁ……」
小さな欠伸の声と共に、毛布の中から姿を現したのは少女。俺は、その少女以外の周りの景色が全て消し飛んだ錯覚に陥っていた。
──それは後から考えれば、まさしく【運命】の出会いだったのだと思う。
歳は20歳になるかならないかくらいだろうか? 艶のある長い黒髪、健康的な褐色の肌、欧風な顔立ち、そして額にある謎の黒い紋章(蛇が自分の尾を咥えている……そんなデザインだ)。
それらの特徴は町中で当たり前にすれ違うような一般的な日本人に合致するものではなかったけど、いや、そんなことどうだっていい! そんなこと気にする余地なんてない!
……なにせ、俺が人生で初めて【ひとめ惚れ】した女の子だったのだから!
「こんなによく眠れたのは、久しぶりだったかも……あら」
少女が伸びをして……そしてその目が言葉に詰まっている俺の目と合った。
明らかに挙動不審だろう俺を見て──しかし、少女は驚いた様子もなく、むしろ穏やかな表情で微笑んだ。そして、
「おはよう、私の未来のだんな様」
非常に明るく澄んだ笑顔でそう言ったのだった。
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