第49話 行動と責任

──魔王は再びミルファの内側に収まった。


しかし、それは永遠にというわけではないらしい。

また何かの拍子でミルファの自我を上書きしてしまうほどの魔力がその体を支配してしまったとき、魔王は再び顕現する可能性がある。


問題はそれだけじゃない。


アドニスの通りは散々なことになっていた。

建物の被害もさることながら、冒険者の中にも少なくない死傷者が出た。

魔族たちの攻撃に巻き込まれた者たちだ。

駆けつけた冒険者組合長エビバによってボロボロになって2/3全裸で戻った俺が状況説明を求められたのはもちろんのこと、その追及はミルファにまで及んだ。


「大変お答えしにくいだろうことをお訊きするようで申し訳ございません、ですが、目撃者が口を揃えて言うのです……」


「……」


「ジョウ様のお連れ様、ミルファ様……あなたが魔法を使っていたと」


冒険者組合の執務室。

その場に居るのは俺とミルファ、シャロン。

そして組合長のエビバに町長のウバヨウ。


「えっと、それは……」


俺はとっさに口を開いた。

何とかして誤魔化さないと、ミルファが非常に厄介な立場になってしまうから。

でも、なんて言おう?

神器の力?

それにしては色んな能力を多用してしまったようだ。

ユニークスキルとか?

それで信じてもらえるだろうか……


「ジョウ君、ありがとう。でもやっぱりダメよ」


隣に腰かけていたミルファが、言葉に詰まる俺へと優しげに微笑みかけた。


「人死にも出てる。その元凶が明らかにならなければ、みんなきっと納得しない。感情のやり場も無くなってしまうわ」


「元凶って……そんな。ミルファちゃんは何も、」


「ありがとう。でもね、私は自分が狙われているって分かった上でこの町を訪れてしまった。行動には責任がつきまとうもの。なら、その責任は私が取るべきよ」


ミルファちゃんはそう言って深く被っていたフードを取る。

そしてその額にある紋章を町長と組合長へと見せた。


「分かりますよね……魔王の紋章です」


「なんと……っ」


町長も組合長も息を飲み、黙り込む。

それが意味するところを知ってだろう。

俺にはそれがどれだけの意味を為すのか、未だにピンとこない。

だがきっと、この異世界の人々にとってはそうじゃない。

この2人の反応を見ればそれは殊更に明らかだ。


「申し訳ございませんでした。私がこの町に訪れたばかりに」


「い、いやっ! 待ってくれミルファちゃん!」


頭を下げるミルファちゃんを、俺は必死で押しとどめる。


「違うんです、町長、組合長! 町に降りようと言ったのは俺なんです! だから、責任は俺に!」


「……ジョウ様」


町長が、額の汗をハンカチで拭いながら俺を見る。


「ジョウ様の言葉とあれど、きっと住民は納得しないでしょう。魔王の器である人間は、見つけ次第捕らえるのが人の義務として幼少の頃から頭に叩き込まれます。ですから、人々の非難はどうしても、魔王の器たるミルファ様に集中してしまうことでしょう……それほどまでに、これは根深い問題なのです……」


「……捕らえられる? なんで、そんな……捕まったら、どうなるっていうんですか……」


「女神信仰を掲げる大陸きっての大教会に引き渡されます。その後、どうなるかは誰も……ただ、決してまともな人間として扱われることはないでしょう」


ゾッとする。

モルモットにでもされるというのだろうか?

そんな場所に、ミルファちゃんを送られるわけにはいかない。


「町長、あなたたちには申し訳ないですが……」


「待ってください、ジョウ様」


立ち上がりかけた俺を、町長が止める。


「私たちは、決してあなた方を告発する気はありません」


「えっ……?」


「この町の恩人ですから。当然でしょう」


町長は組合長へと目配せをする。

組合長もまた頷いた。


「確かに、死傷者は出ました。しかしそれらはみな冒険者や衛兵……己の死すらも覚悟して日々を生きてきた者たちです。依頼を受け、住民の避難のために命を落とすこともまた彼らの仕事のひとつなのです」


「組合長……」


「残念なことには変わりませんが、しかし、それを全てミルファ様のせいにするほど根性はねじ曲がってはいません。我々も、死んでいった彼らも」


組合長は席を立つと、俺たちに衣服を渡した。

これまでに着たことのないタイプのもの。

冒険者らしからぬ……行商人が着ているような小奇麗な服だった。


「こちらに着替えて本日はこの組合内でお泊まり願います。そして翌朝、この町を出立なさってください。ウワサが広がり追手が来る前に」


「……!」


「そのための手配はすでに商会長のオブトンさんにしてもらっているところです。この町でミルファ様の目撃例が出てしまった以上、ここに留まるのは危険でしょうから。こういう時ばかり大教会の連中の鼻は良い」


「俺たちを……逃がしてくれるんですか?」


「……表向きは我々が深く関与する前に町を出られてしまった、とすることをご承知おきください。ミルファ様の魔法についても、【神器によるもの】と誤魔化します。そしてあくまでも、ミルファ様は私たちを守るために力を振るったのだと住民には説明しましょう」


「ありがとうございます……!」


「よしてください、ジョウ様、ミルファ様」


頭を深く下げる俺とミルファに、町長も組合長も困ったように笑った。

そして2人とも頭を下げてくる。


「ジョウ様、ミルファ様。心より感謝いたします。アドニスへと訪れてくれて、我々を救ってくれて、ありがとうございます。いまの生活があるのはあなたたちのおかげです」


「それでもやっぱり、俺たちの方こそありがとうございます」


「いえいえ我々ができたことなど、そう多くは……と、そうだ。ジョウ様、念のためおうかがいをしておきたいのですが、」


町長がチラリと視線を横に向けた。

その先に居るのは大あくびをしているシャロン。


「こちらの方もいっしょに町を出られますか? 確か旅人のご友人とご紹介はいただきましたが……というかこの場に一緒に居ても良かったので?」


「あ、はい。すみません。コイツも関係者です。なので町はいっしょに出ます。コイツの分も手配していただけると大変助かります」


「そうですか、承知いたしました。ではそのように」


そういったわけで、俺たちは明日、長らく身を置いたこのアドニスを去ることになった。




* * *




夜。俺たちで貸し切り状態の組合宿泊施設にて。

俺とミルファは同じベッドに潜って目を瞑る。

とはいえ、眠気は全く来ない。


もぞもぞと、隣で動く気配がする。


「……ミルファちゃん?」


「……うん」


ミルファもまた、眠れないようだった。

こちらを向いたミルファの表情は浮かない。


「どうしたの、悩み事?」


「……あのね、」


「うん」


「……ううん、やっぱりなんでもない……」


ミルファちゃんはそう言ってまた背中を向けようとする。

俺はその前に、その細い体を抱きしめた。


「じょっ、ジョウ君……っ?」


「愛情だけじゃない。どんな真実も、悩み事も、不安も心配も、悲しみも怒りも、俺はぜんぶ受け止める。あの時、ミルファちゃんが戻ってきた後にも言っただろ? たくさん話し合って、幸せになっていこうって」


「……うん。そうだね」


ミルファは俺の胸の中に納まったまま。

俺の顔を見上げる。


「ニーナに、なにも言わずにお別れになっちゃうんだなと思って」


「ニーナか……」


「初めてできた友達だったの。それなのに、私はまた……」


俺はミルファを抱きしめた。

寂しさが少しでも紛れるようにと。

でもそれだけじゃ充分じゃない。


「じゃあ会いに行こう」


「えっ」


「会いたいなら会おう。そして直接『またね』って言おう」


「で、でも私……あの子にどんな顔して会ったらいいのか。私、ずっと自分のことを隠していたし、ニーナを危険な目にも遭わせちゃったしっ」


「大丈夫さ。ぜんぶきっと大丈夫だよ。ニーナはそんなことでミルファちゃんを遠ざける子じゃない」


「でも、いま私と居ることがバレたら、今度はあの子の立場も危なく……」


「コソっと会おう」


「でも、どうやって……連絡しようにも、私たちが組合から出るのは色んな人に迷惑がかかるわ……」


「ミルファちゃん、『でも』禁止。その言葉は"やらないこと"を見つけるための言い訳に繋がっちゃうやつだ。良くないよ」


「うっ……」


言葉に詰まるミルファへと俺は微笑んで、それからベッドの外に出た。


「ここから出ても問題ないやつで、人探しに長けたやつを俺たちは知ってるだろ?」


俺はそう言って、俺たちとは別の寝室のひとつに入る。

そこで大口を開けて寝ているのは──シャロン。


「おい、起きろシャロン」


「……ふぇ? むり、あと5万年……」


「人類が滅びるまで寝続けるつもりか? いいから起きろよ」


俺は金貨をチラつかせる。

するとガバッと。

シャロンは飛び上がるようにして起きた。


「ソレ、くれるのだわっ!?」


「……仕事をしてくれたらな」


俺はシャロンにニーナへの伝言を頼んだ。

早朝、アドニスの南門まで来てほしいと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る