第4話 授かった力
「──び、びっくりしたぁ……」
俺は触手にぶん殴られた腹をさすった。正直、体に穴が空いたかと思うばかりの衝撃だった。しかし、損害は俺の着ていたワイシャツの胸と腹部分が弾け飛んだだけ。肌着が露わになっていたが……体は一切の無傷だった。
「ジョウ君っ! 大丈夫っ!?」
十数メートル吹き飛ばされて茂みに埋もれていた俺の元にミルファが駆けつけてくる。
「ジョウ君……! 良かった、生きてる……!」
「あ、ああ。まあね」
「傷はっ!?」
「いやぁ、それが無いみたい」
「痛いところはっ!?」
「それも無いみたい……」
「ウソ……そんな。あんなモロに一撃を喰らっていて無傷なワケ……」
「ねー、不思議……」
そこまで言って、弾かれたようにミルファは振り返って身構えた。
〔エルル……死ンだ? 死ンだナ? 次は女ァ、女だァ。だっテお前が欲シいカらァ……!〕
恐ろしく低い声が響く。ヘドロがゆっくりと大地を侵略するように、その巨躯で周りの木々をミシミシと倒しながら魔族が迫って来ていた。
「ジョウ君、あなたはここで休んでいて。動けるのであれば、少し離れていて」
「……ミルファちゃん?」
「やっぱりアイツは私が倒す。安心して、私には【魔法】があるから」
ミルファが手に握った短剣が、ビリっと紫電を纏う。
「私の未来のだんな様を、これ以上傷つけさせはしない」
そう言ってミルファは立った。そして、ユラリと触手を掲げる魔族へと向かって歩いていく。
「さあかかってこい、魔族! ジョウ君には指1本触れさせなんてしないっ!」
「ちょっ……ダメだ危ない! ソイツは俺が……!」
俺はもう一度立ち上がろうとして……しかし、脚が竦んだ。
「えっ」
気付けば脚が、震えていた。先ほど受けた
……おい、
頭の中のどこかで、
……立ち上がったって足手まといになるだけじゃないか? 今のだって運が良かっただけで、もしかしたら次は死んじまうかもしれないんだぜ?
生物としての根源的な恐怖の感情が俺を生かそうとして諭してくる。あのバケモノに立ち向かうな、と。
……そもそも、お前に守れるのか、彼女を。魔人を倒したのは泥酔してた醸だろう? その記憶もない、素面のお前に何ができるっていうんだ。
「あぁ、うるさいなっ!」
俺は足を殴りつけた。痛い。夢なんかじゃない、現実の痛みだ。それをしっかりと受け入れると震えは止まる。その足をしっかりと地面に着けて、俺は立ち上がった。
「守れるかじゃない……俺が何を守りたいかだッ!」
「ジョウ君──っ!?」
俺は、ミルファの横を駆け抜けていた。そして拳を振りかぶって
ならばここで立ち向かわなくては、俺はただの口だけの男になってしまう。
「おいバケモノ──俺の
ただ、みすみす負ける気はなかった。予感があったのだ。そしてそれは確信へと変わる。
〔エルルッ!?〕
俺の拳は魔族のヘドロのような顔にぶつかるやいなや、その体は破裂し、後方へ大きく吹き飛んだ。まるで、おもちゃのスライムに大きな爆竹をぶつけた時のように。
「やっぱり、そうか……!」
確信。俺の体は異常なまでに強く、そして頑丈になっていた。
ミルファの大きな荷物も軽々持ち、1時間山下りしても汗ひとつかかず、そして強力な攻撃を受けても無傷でいられるほどに。
「ジョウ君、今の……!」
後ろからミルファが駆け寄ってきた、しかし。
「ストップ」
その動きを制する。まだ、決着じゃない。
〔エルル……なンで、生きテるゥゥゥッ!!!〕
遠くに舞う土煙の中から、硬質な触手が何本も迫り襲いくる。しかし、俺はそれらを拳で弾き返した。動体視力すらも良くなっている気がする。
「ミルファちゃんは後ろで待っててくれ」
「そんな、私もいっしょに……」
「おぼろげだけど覚えてる。そういえばミルファちゃんは、昨日の魔族との戦いでケガしてるハズだ」
「っ!!!」
ミルファはとっさに左肩を押さえていた。やっぱりそうか。記憶の中、昨晩俺が助けたときのミルファは傷つき、血を流し、そして泣いていたから。
「ここは俺に任せろ。大丈夫、必ず倒してくるから」
「……う、うんっ」
頷くミルファを見て、それから俺は駆け出した。
〔死ンでェェェェェッ!!!〕
硬質な触手はその数を増やし、幾十本が槍のようにして降り注いできた……が、大丈夫。簡単にいなし、かわし、弾き、魔族へと迫っていく。
……もう、怖くはない。いや、それはウソだ。まあ、ちょっとは怖い。でもそれ以上に今はこの腹の底がものすごく熱かった。
守るべきものを守れる力があるという高揚感、そしてその守りたいものを狙う悪しきヤツらに対する怒りと憎しみ。それらが混ざり合ってエネルギーとなり、俺の足を前へ前へと突き動かす。
「なあ、魔族。お前たちはよってたかって女の子ひとり狙ってよ……心は痛まないのか? お前たちには通すべき【正義】ってものは無いのかよ?」
〔攻撃ガ当たラなイっ!? 当たレ! 当たレェェェッ!〕
「答えないか。無いと取るぞ。じゃあ遠慮しない。お前らを撲滅してやる、俺の未来の嫁さんの人生から永劫にッ!!!」
再び、俺は飛び出した。今度は魔族の上へと。単純に殴り飛ばしただけじゃダメなら、今度は上から殴りつけて地面とサンドイッチにしてやる!
〔エルルッ! ソコじゃァこれハ避けラれなイッ!〕
空中の俺目がけて、複数の触手が束となって撃ち出された極大の攻撃が俺に迫ってくる。確かにこれは避けられない。
しかし、だからなんだっていうんだ?
「まとめて叩き潰すっ!」
確信。今の俺ならそれができる。
いつの間にか右手には白く輝く熱いエネルギーのようなものが宿っていた。何か仕組みを理解したわけでもないが、俺はソレに心の中で呼びかける。【出ろよ、剣】と。
すると俺の右手が白く輝く。その光の中から現れたのは、俺のおぼろげな記憶の中にあった通りの大きく無骨な大剣。
俺はそれを振り回すようにして持ち上げると、極大の触手に向けて思い切り叩きつけた。
──触れた瞬間、触手は爆発するように消し飛んだ。
〔エルルゥッ!?!?!?〕
「らァァァァァッ!!!」
そのままの勢いで、俺は地面の魔族へと大剣を振り下ろし続けた。グニャリ、敵の頭が衝撃を受け止めるように歪む。スライムのような軟体には効き目が薄い? いや、関係ない。
押して押して押して──圧し潰す。
〔エルッ! ルゥオオオオオオオオ──ッ!!!〕
魔族の断末魔、それと同時にズゥゥゥンッ! というひと際大きな地鳴りと共に辺りの地盤が沈む。大剣の下敷きになっていた魔族は、跡形もなく消し飛んだ。
「す、スゲー……。本当に俺でも、倒せた……!」
グっと拳を握りしめる。
……俺は、戦える。無力じゃない。
これまでは、俺の勤めていた警察庁がどんなに頑張っても、危険だから、準備が足りないからと力及ばぬ内に助けられなかった人々がいた。大きな権力に阻まれることだってあった。
でも、今の頑強な肉体を得た俺なら……もしかしたら。
これまで助けられなかったもの、全部まるっと助けることができるかもしれない。
「……ははっ、いいな、コレ」
爽快極まりない。異世界に来てよかった、早くもそんな風に思えてしまうのだった。
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