第34話 はじめてのお仕事

「まったく、なんで私がこんなことをしないといけないのだわ……」


昼下がりの町の大通りでシャロンは盛大にため息をこぼした。


その両手には木箱。

その中にはギッシリと緑色の液体で満たされた薬品の瓶が入っていた。


「言ったでしょ? 働かざる者食うべからずよ」


振り返ってそう言ったのはミルファ。手ぶらでシャロンの先を歩く。


「こんなものがホントに売れるの?」


「あら、売れるわよ。私の作った薬は評判もいいんだから。他のものよりケガの治りが早いって」


「ふーん……人間っていうのは不便な生き物なのだわ。こんなものをわざわざ買わないとケガも直せないなんて」


「そういえばシャロン、あなた手ひどくジョウ君に殴られていたハズだけど……もうすっかり治ってるのよね?」


「当然なのだわ。だって私は竜。人間ごときの攻撃にいつまでも尾を引くようなヤワな存在じゃあないんだからっ!」


「へぇ」


ミルファはおもむろにシャロンの頭を撫でた。カツンと爪が何かに引っかかって音を立てる。


「あー、でも角は根本から折れたままなのね」


「つ、角の再生には時間がかかるだけなのだわ! 別になくたって困らないし……」


「そう? それならいいんだけど」


ガチャガチャ。木箱の中の薬を揺らしながら薬屋へ向かって2人は歩く。


「ねぇ、ミルファ。空を飛んで行っちゃダメ? 歩くなんて非効率よ」


「ダメ。人間としてお金を稼ぐのが目的なの」


「どうしてよ?」


「シャロンはしばらくその人間の姿で暮らすのよ。人間社会に慣れていかないといつかボロが出るわ」


「ボロが出るとどうなるの?」


「……排斥されるわ」


「排斥?」


「普通じゃない存在はね、人の社会から爪弾きに遭うのよ」


「はぁ……非合理的なのだわ。社会って面倒ね、これだから人間ってやつは」


シャロンはダルそうに空を見上げながら足を動かす。


ふわりと。風に乗って子供の泣き声するのをシャロンの鋭い聴覚がとらえた。


「……ねえ」


シャロンは不意に気になって立ち止まる。


「この薬って美味しいのかしら」


「苦いわよ」


「なんだ」


シャロンの薬への興味は立ち消えた。

最近は人間の口にするものに興味が湧くようになっていたのだ。

なぜなら美味いものが多いから。


……でも苦いのは嫌いだわ。苦いものに価値はないのよ。


再び2人は歩き出す。しばらくして、


「……あら?」


今度はミルファが立ち止まって、辺りを見渡し始めた。


「なんだか、どこからか子供の泣き声が聞こえない……? それもずっと」


「聞こえるのだわ」


シャロンにとっては当然のことだった。

さっきからずっと聞こえている声だったから。


「やっぱり! どこかしら……」


「そこの路地裏よ」


シャロンの言った通り、ミルファが曲がった路地裏、そこに子供が膝を擦りむいて泣いていた。ミルファは駆け寄って子供の安否を確かめる。その間、シャロンはそれを眺めながら突っ立っているだけだった。


……まだかしら。早く家に帰りたいのだわ。


「シャロン、私この子を家まで送りに行くから。その薬はあなたが薬屋まで持って行ってくれない?」


「え」


シャロンがボーっとしている合間に、ミルファは子供の手当てを終えていた。


「できるでしょ? 場所は教えているし」


「まあ……分かったわ」


押し問答するのも面倒で、シャロンは頷いて通りへと戻る。


……さっさと売って帰って生ハムを食べながら本でも読むのだわ。


ガチャガチャと歩いて木箱を運ぶ。ミルファの監視も外れた。もう薬屋まで飛んで行ってしまおうか……そう魔が差しかけたその時。


「お、薬屋じゃん」


ぞろっと。3人組の冒険者らしき風体の男たちが通りがかった。


「ラッキー。ポーションだぜ。もう直接ここで買ってこうや」


「んだな。なあイカした姉ちゃんよぉ、ポーション売ってくんね? いいだろ?」


シャロンは少しばかり考えた。後でミルファに何か言われないだろうかと。


……ま、いっか。


「いいのだわ。1本10銀貨よ」


「いーや、高いな。その木箱ごと買うからよ、まとめ売り割引で1本8銀貨にまけてくれや」


「……」


シャロンは考えた。

薬は全部で10本。薬屋で売れば合計1金貨なものをここで80銀貨で売ってしまえば、約20銀貨分も損してしまう。

それくらいの計算はできた。


「いいわよ。売るわ」


シャロンは売ることにした。

どうせ自分の懐に入ってくる金ではない。だったら面倒な思いをして薬屋まで運ぶ必要なんて無い。20銀貨足りない件については正直に話せばいい。

ミルファは甘いからきっと許してくれるだろう。


「マジかよ~言ってみるもんだぜ」


「ハハ、ラッキー」


男たちは機嫌よさそうに銀貨を渡してくる。

シャロンにはその男たちの反応などどうでもよかった。


さあ、これでようやく帰ることができる……そう思ったその時。


「ちょぉ~~~っと待ったぁ! その取り引き待ったっス!」


2つ結びの髪をした、女の子──ニーナがシャロンと男たちの間へと入ってきた。

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