第6話 野営の術と便利な魔法?
ミルファを連れて(おぶって)山を駆け、途中で魔物らしき影に遭遇しそうになったらやり過ごし、やり過ごしたらまた駆けて……
空を見上げればもう陽が傾き始めていた。足を止める。
「もう6時間は走ってるのか……?」
無尽蔵だと思っていた体力はやはり無尽蔵に近いらしい。ほとんど疲れてはいなかった。とはいえ……陽が傾き初めてから急速に辺りが暗くなってきた。
「ジョウ君、そろそろ野営できる場所を探しましょう。緑の深い山は影ができやすいの。だから空がまだ赤くても私たちの居る場所に光は届かなくなるわ」
「そうなのか……じゃあ急がなくっちゃな」
「ええ、だからちょっと降ろしてね」
ミルファは俺の背から離れると、腰に差していた短剣を抜いた。そしてそれを真上へと掲げる。
「水よ──我が
ミルファがそう唱えると、短剣を中心として謎の力場が渦を巻くような感覚が支配する。しばらくすると森の奥から、小さな水の気泡のようなものがブクブクと一直線にやってきてミルファの短剣の作る渦に呑まれた。
「あっちの方面に沢か何かがあるみたい」
「すご……今のも魔法なの?」
「大きく捉えれば、そうね。でも安心して。これくらいなら魔力反応も小さいし、痕跡も残らないから」
「へぇ、そうなんだ?」
別に何かを心配したわけでもないのだけど、とりあえずミルファの言葉に頷いておく。たぶん、魔力反応が残るほどの魔法を使うと魔族に感知されて追手が来てしまうとかそういうことなのだろう。
ミルファの言った通り、泡の来た方面へと草木を分けて進むと、ゴツゴツとした岩の合間、俺の腰くらいの高さからザーっと水が流れ落ちる沢を見つけることができた。
「おお、ホントにあった」
川と言う程大きくはない。小さな滝の下に、庭園にありそうな程度の水場ができている。
「この山は雪も無いし、あまり水源が無いみたいだから……これくらいの大きさの沢がチラホラとあるだけみたい」
「いやいや、充分すぎるって! というか、山でちゃんと水を見つけられるのがすごいよ」
「そ、そうかしら……?」
ちょっと照れた様子で微笑むミルファ。はい、可愛い(何度でも言う)。俺も爽やかに微笑み返す……あ、間抜けたニヤけ面になったかも。
ミルファに先導され、そこから少し離れた場所に野営地を定めることになった。なんでもあまりに水場の近くにい過ぎると、夜に水を飲みにやってくる野生動物に襲われる恐れがあるのだとか。
荷物を置くと、それから今度は渇いた木の枝や落ち葉などを拾って一か所へと集める。
「火よ──我が御言に従い瞬き給え」
再びミルファが短剣を抜き、その切っ先を集めた木の枝たちに向けると、小さな火花が散って落ち葉の1枚に火が付いた。それは瞬く間に燃え移り、焚火となった。
「す、すげー……! 火を起こしたよ、一瞬で……!」
「まあ魔法だから……」
「もうミルファちゃん、山でスローライフ送れるレベルじゃん」
「そこまでは……どうだろう?」
「魔法もすごいし、野営知識も豊富だし、ミルファちゃんは頼りになるな」
「……あは」
俺の言葉にミルファは反応に困ったような、驚いたような、でも嬉しそうな、そんな複雑な表情で少し顔を俯けた。焚火の加減のせいかも分からないが、その頬は少し赤くなっていた。
「私……そんな風に褒めてもらえるのはすごく久しぶり」
「そうなんだ?」
「うん。これまで魔法にありがたみを感じたことなんてなかったし、野営知識だって自分にとって必要だったから覚えただけで……だから、頼りになるだなんてことを言ってもらえるなんて思いもしなかったわ」
「……」
「役に立ててるのかな。誰かの邪魔にならないで居られているのかな……私」
「俺はミルファちゃんの魔法や知識に感謝してるよ。加えて言えば、それが役に立つと立たないとか以前にミルファちゃんが俺の隣に居てくれるならそれだけで嬉しいけれども」
「……そっか」
安心したようにミルファは頬を緩めた。
「ありがとう、ジョウ君」
ミルファは微笑んで、俺の隣に腰かけて……その頭を俺の肩に乗せてくる。
「やっぱりあなたでよかった。ジョウ君がジョウ君で、本当によかった」
「そ、そう? それならよかった」
……なんだ、なんのご褒美だこれは?
課金してでも頂きたいレベルのシチュエーションが舞い降りたことにちょっとドギマギしてしまう。なにか上手い事でも言えたのだろうか、俺は。まあ、ひとつ分かったことはある。
魔法──それはただ便利なだけのものではないみたいだ。ミルファはあまりそれを良いものとは思ってないみたいだし……なんだか地雷臭がする。
これからはあまりその類の話題には踏み込み過ぎず、触れ過ぎないでおこう。
「さ、そろそろ水を沸かして飲料水でも作ろうか。夜を越す準備をしよう」
「うん、そうね。じゃあ私の荷物には小さいけど鍋が入ってるから──」
「じゃあそれで俺が水を汲んでくる。ミルファちゃんは火の番をしておいてよ」
「ありがとう、ジョウ君」
そうして俺たちは水を作り、ミルファが持っていた携帯食を食べ、そしてひとつしかない毛布へと一緒にくるまることになった。
「……やっぱ狭くない?」
「狭いくらいが身を寄せ合えていいと思うの。ジョウ君はイヤ?」
「ミルファちゃんがいいなら、ぜひ……!」
昼は半袖でも平気なくらいの気温だったのだが、陽が沈むと辺りは一気に冷え込んでいた。寒さに負けぬよう、俺とミルファは腕も脚も密着させ、お互いの体温で暖を取る。
……年甲斐もなくちょっと意識しちゃうよな、コレ。なんかすごい背徳感があるというか。でもミルファの方はそんな様子もなく……いや、顔が火照っているのが体温で伝わる。ミルファもどうやら少し恥ずかしがっているらしい。
「ミ、ミルファちゃん、明日は早く起きて陽の高い内に山から下りれるようにしようか」
「そ、そうね。ずっと野営ってわけにもいかないものね」
至近距離なのでお互いに顔を突き合わせることもできず、なんだか交わす言葉がちょっとぎこちなくなってる気がする。
「またおんぶで行けば陽の高い内に山を降りれると思うんだ」
「あ、明日もおんぶかぁ……」
「大丈夫! 無を背負うことを心がけるので!」
「もう無の話はいいから……普通に背負ってもらえればいいから。ありがとうね、ずっとおぶってもらって」
「全然いいよ。俺疲れないし」
「でも体は凝っちゃうでしょ? 言ってくれれば肩とか腰とか揉むからね」
「それも平気。なんの問題もないみたい……でもそれとは別に揉んではほしいかも」
「なーに、それ。変なの」
クスクスと可笑しそうにミルファが笑った。好きな人にあどけなく笑ってもらえると何だかすごく嬉しいんだよな。あと調子に乗っちゃう。それが歳を重ねても変わらぬ男子のサガだ。
「揉んでもらえたら百人力になって、ミルファちゃんをおんぶしたまま町まで走り切れちゃいそうだ」
「……町へ行くの?」
「え?」
てっきり、『町まではやめて、恥ずかしいから』とでも返事がくるかと思っていたら違ったので、つい呆気に取られてしまう。
「そのつもりだけど……ダメだった?」
「ううん。そんなことは」
ミルファは小さく首を振った。感情の見えない、少し硬い声だった。
……町まで降りれば宿屋があって、温かいご飯が食べられて、柔らかなベッドがあって、野営するよりもよっぽど快適な生活が待っているハズだよな?
なら、どうしてだろう? どうしてミルファの言葉に少し抵抗感があるように思えてしまうのだろうか。
もしかして俺に手持ちのお金がまるで無いことを心配されてるのだろうか……? まあでも異世界には冒険者組合みたいな場所があるというのが定番だし、なんとかなると思っているのだけど。
「……でも、町へは確かに早く着けるに越したことはないわね。携帯食料も残り少なくなっていたし」
「あ、うん……そうだね」
「とにかく、そのためには明日早起きしないと。おやすみ、ジョウ君」
「……おやすみ、ミルファちゃん」
なんとなく深入りすることはできぬまま、その夜は俺も目を閉じた。
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