第36話 正義の味方
正義の味方。
それは弱きを助け強きを挫くヒーロー。
最近そのヒーローがこのアドニスの町に出没するのだそうだ。
衆人曰く、赤髪の女性らしい。
衆人曰く、常に困り人を探しているらしい。
衆人曰く、とても強かで非暴力主義。
美しく、クール。それでいて大の男も余裕であしらってしまうんだとか。
ただ、そのヒーローは誰かを助けた後、無言で手のひらを上に向けて差し出してくる。そこに1銀貨を置かれないととても不機嫌になってしまう。
あと、よく屋台でお肉を食べているところを目撃されている。
そんな子供っぽいところも人気の秘訣らしい。
とにかく、その存在に町は沸き立った。
邪竜討伐なんてニュースは瞬く間に上塗りされて、町中にそのウワサが広がっている。
俺としては別に人気商売をしてるわけじゃないし、町の英雄だなんだと持ち上げられるのもくすぐったかったから全然いいのだが──
「確実にお前だよな、そのヒーローって」
いつものようにゴロンとソファで寝転がって本を読んでいるシャロンへと尋ねる。
「なにか不満? ちゃんと自分の食い扶持は稼いでいるのだわ」
「いや、俺は仕事を探してこいって言ったつもりだったんだけど、まさか有償のヒーローとは意外すぎて……」
それに、邪竜なのに正義のヒーロー。
ちょっと矛盾している気がするのは俺の気のせいだろうか。
「悪いことじゃないならいいのでしょ。さあ、今日もビジネスの時間だわ」
そういってシャロンは鼻歌混じりに外へと出かけていった。たぶんビジネスの意味はだいぶ間違っている気がするけど……間違ってるよな?
「良い傾向ではあるんじゃないかしら」
俺の隣、ミルファが言った。
「ちゃんとお金を稼げているし、それに町の人たちとの交流にもなっているんだから」
「まあ、確かにね」
「でしょ。じゃあ、私たちも出ましょうか」
ミルファがローブを羽織る。
そう、俺たちは俺たちで予定がある。
久しぶりに2人いっしょの仕事だ。
冒険者組合で必要な器具を借りて、俺たちは町の外へと出た。
* * *
「すぐに見つかればいいんだけど……」
アドニスの町をぐるっと囲う壁の前、ミルファは短剣を空に掲げていた。
「今のところは反応なし……じゃあ次の場所に行きましょう」
「了解」
俺は大きなシャベルを肩にかけ、それとは逆の手でミルファの手を握って歩く。
「土の中に隠れる植物系の魔物って言ってたけど、確かに周りに植物が多いと見つけにくいな。被害も出るわけだ」
今日俺が冒険者組合で受けた依頼は、アドニスの町の周りに住み着いてしまったという魔物の討伐依頼だ。なんでも草木に擬態して本体は土の中に埋まっているらしく、ただの植物だと油断して手前を通った野生動物や人をエサにしてしまうらしい。
「植物なのに肉食とか、いったいどんな生態なんだか」
「肉を食べているわけではないみたいよ。エサに根を張って栄養を吸いとっているみたいだから」
「そうなんだ……それはそれでグロテスクだね」
まだ見ぬ魔物の生態に恐れおののいていると、ミルファの短剣に変化があった。緑色に輝いている。
「この辺りに普通じゃない魔力の流れがあるみたい……たぶん、何かいるわ。注意して」
「了解。パッと見る限りじゃ何も分からないけど……」
俺は辺りに生い茂る草、立ち並ぶ十数本の木の中心へと足を踏み入れた。すると、
「っ!!!」
ブワッと。唐突に低い木の数本の周りの地面から何本もの太い根が触手のように俺めがけて伸びてくる。こいつらが件の魔物らしい。
「よっと」
俺は手にもったシャベルでとっさにそれらを全て切り落とす。
「姿さえ視えりゃこっちのもんだ」
借り物のシャベルを一度手放して、俺の右手に現れたのは無骨な大剣。俺の神器だ。それを一閃すると、木に擬態したその魔物はまとめてへし折れる。
「さて、これで全部か」
「もう居ないみたいね。お疲れ様、ジョウ君」
ミルファが短剣を木の魔物に向けてひと振り。
するとボコッと音を立てて、土中に残されていた魔物がニンジンやダイコンのように細かな根っこごと引き抜かれた。
「この穴は土で埋めちゃった方がいいんだよね?」
「うん。魔力が穴に溜まっちゃってるから。普通の土で埋めれば大体は中和されるはずよ」
俺は先ほど放り出していたシャベルを持ち直すと、簡単に周りの土を掘り起こして、先ほどまで魔物が埋まっていた穴を埋めていく。
「しかしこれでゴールドランク級の依頼か……見つけてさえしまえば強さはカッパーランクの冒険者でも何とかなるレベルだったなぁ」
「やっぱりしっかりと見つけるのには冒険者としてそれなりの経験が必要なんでしょうね」
なんというか、もったいない話だ。
見つけるのさえもっと簡単にできるのならきっと経費だって安く済むだろうに。
「もうちょっと冒険者の育成に力を割ければいいのにね。この植物の魔物にしても、経験があれば見抜けるのなら、数人それに特化した冒険者を育てるとか……」
「専門性は大事ね。でもニッチなところを極めても、今の総合評価的なランク基準では評価されにくいのがネックなのかも」
「確かになぁ。今は強さこそ全て! って感じするもんな」
もっと多面的に人材を評価してみたらいいのに、なんて会社の人事みたいな意見が頭をよぎる。でも本当にもったいない。
実際、今のアドニスにはかなりの冒険者がいるけど、みんな剣士ばかりで多様性に欠けている。
もっとタンクとかアルケミストとか豊富な職業があってもいいものなのに。
特に足りないと思うのは、そう、
「魔法使いがもっとたくさんいたらいいのになぁ」
俺はため息混じりに言った。
「魔法を使える人がいたら戦術に幅もできるだろうし、今回みたく隠れた魔物も早く見つけられるし……でもやっぱり適正が無いとなれないものなのかな」
「え?」
「ん? ミルファちゃん?」
ミルファの様子がおかしかった。
まるで虚を突かれたような顔で俺を見返している。
俺はそこでハッと思い出した。
……そういえば俺がミルファちゃんと初めて野営をしたあの山の夜、魔法の話題が出たとき、ミルファちゃんは微妙なリアクションを返していなかったか……?
ドキリとした。
あまりに油断してしまっていた。
俺、なんで忘れてたんだよ……?
「あ、ミルファちゃん、ごめん……俺……」
「ん……えっと、ジョウ君。あれよね、ちょっとした冗談なのよね?」
「え?」
「ホラ、魔法が使える人がたくさんいたら、どうのこうのって……」
ミルファは微笑んで、上擦ったような、いつもより少し高い声のトーンで問いかけてくる。
俺はそれに……何と答えるべきなのだろう。
「ご、ごめんミルファちゃん。山の中でミルファちゃんが嫌がってたもんね。俺、ついうっかりして」
「嫌がってた……? え、違う。そうじゃなくて……っ」
「違う……って?」
「魔法を使える人なんて、この世に居ないじゃない」
「…………?」
俺は訳が分からなかった。
魔法を使える人なんてこの世にいない?
そんなわけがない。
だって、俺の目の前のミルファちゃんは魔法を使えているじゃないか。
「……! そっか、ジョウ君あの時は酔って……でも、朝には思い出したって……」
「え?」
「でも、そうだ……何を思い出したかなんて……それに私、朝には言ってない。じゃあ、まさか、そんな……っ」
ミルファはフラリとその場でよろめいた。
俺は慌てて駆け寄って、その体を支える。
「ミルファちゃんっ? どうした、大丈夫かっ!?」
「……うん、大丈夫。大丈夫……」
その顔は真っ青で、とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。
だけどミルファは俺から離れて自分で立ち、歩き始める。
「ミルファちゃん、俺……」
ごめん。
そう謝りたい気分だった。
でも、いったい何に対して……?
それが俺には分からなかった。
「違うの、ジョウ君は悪くないのよ。何も、誰も悪くないの」
ミルファは悲しそうに目を細めた。
──その日、ミルファは緑薫舎の部屋を出ていった。『しばらく気持ちを整理させてほしい。その間はニーナの部屋に泊らせてもらう』と言葉を残して。
「ミルファとケンカでもしたのだわ?」
「……分からない」
「ふーん」
部屋には、そう興味なさげに返すシャロンしかいない。
俺は頭を抱えるしかなかった。
……俺はいったい、何を間違えたんだ……!?
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