第20話「白ワンピに勝るものはないね」
盛夏服というのは、真夏の盛りにだけ着る一番涼しい制服のことだ。学校のホームページにも年間制服の一覧があり、俺はそれを見て知っていた。山手清花の盛夏服はなんと真っ白なワンピーススタイルで、深紅のリボンタイがよく映える。
「確かに畔くん、こういうかわいい格好好きだもんね」
「制服で進学先を選んだといっても過言じゃないからな。冬服や夏服のバッスル風スカートも捨てがたいけど、白ワンピに勝るものはないね」
「そんなに? ……小桃も買おっかな……」
制服を買うのにもお金がかかるので、盛夏服は生徒全員強制ではなく、希望者のみの購入になっている。だからこうして夏を前にして、採寸と購入の機会が設けられているのだ。
「もし買えそうだったら小桃ちゃんも一緒に採寸行こうよ」
「うん。お母さんに相談してみるね」
***
そして数日後、盛夏服の採寸会場に来ていた。放課後の空き教室が会場のようで、俺を先頭にして採寸希望者の列がドアの前に並ぶ。そう、列ができていた。
「……別に俺についてこなくてもいいんだけどな?」
俺は自分の後ろにできていた同行者の列を見やる。
「小桃は畔くんと行くって約束したもん!」
まず約束通り小桃ちゃん。それは分かる。
「うん、小桃ちゃんに言ったんじゃないから大丈夫。で、他の皆さんは?」
「わたくしは畔さんのお友達なので、ご一緒させていただいても構いませんわよね?」
小桃ちゃんのすぐ後ろに瑠璃羽ちゃん。彼女は「お友達なので!」と言いながらふふーんと胸を張ってドヤ顔になっている。
「うんまぁ、ありがとな。行き先は一緒だから別々に来てもよかったんじゃないっていう意味だから、まぁ。ちょっと人数多くてびっくりしてるだけ」
その後ろに吉田さんと増田さん。
「おれは引率の鵠沼先生についてこようと思って」
「私は吉田くんの付き添いで」
「そっか。でも吉田さんは男子制服だよな? 男子の盛夏服採寸は隣の教室だよ」
「じゃあ行ってきます、増田さん」
「いってらっしゃい」
この二人は俺についてくる必要あったのかな……と思うがまぁいいだろう。
「……で、半須と最上さんは?」
それが意外だった。ウザ絡み常習犯の半須がわざわざ俺についてくるというのは鬱陶しさよりも驚きが勝った。
「俺は別に……」
口を尖らせる半須の言葉を遮って最上さんが答える。
「俺も盛夏服買いたいから、男子の」
男子の盛夏服は夏服とそれほど変わらないが、少しマリンルックな印象になる開襟シャツだ。
「開襟シャツもいいよな、涼しげで」
俺が言うと、最上さんはうんうんと頷く。
「首が締まる服苦手なんだ」
「そういえば最上さんは冬服のときから上の方のボタン外してたもんな」
「あ? 鵠沼そんなとこもジロジロ見てんのかよ、きしょ」
ここぞとばかりに攻撃してくる半須をスルーすると、採寸会場の中から誰かが出てきた。
「採寸希望の人たちですか?」
それは軽やかなサッカー織りのシャツを着こなす見目麗しい人だった。長い前髪と短い後ろ髪のバランスが印象的で、V系のバンドマンを連想させた。
「こんにちは。俺は磐井洋品店のスタッフの
黒髪のその人――白砂さんは、俺が疑問に思っていたことをさらりと自己紹介で消化してくれた。
「よろしくお願いします」
俺と一緒に同行者諸君も白砂さんに挨拶する。
「あ、君だね? 女装男子の鵠沼くん」
白砂さんはニコッと微笑んでそう言ってきた。
「ご存じなんですね。まあ俗にいう異性装ってやつです。白砂さんは?」
俺が性自認を打ち明けることで、それとなく白砂さんにも自分自身がどういったスタンスであるか訊ねる。
「俺はXジェンダーってやつだね。身体には性別があるけど、心には性別がない。俺の身体は女性だから、
「なるほど」
「ささ、後ろの人が興味ないって顔してるからさっそく中にご案内しますね! 男子制服を希望の方は隣の教室へどうぞ、中のスタッフに声をかけてください。女子制服の希望者はこちらへどうぞ」
白砂さんに興味なさげな態度を見抜かれた半須がギクッとしながらそそくさと隣の教室に入ろうとする。しかし最上さんがぐいっと彼の肩を掴んだ。
「おい、何すんだよ最上」
「お前もちょっとは社会勉強しなさい」
「は?」
「すみません、俺とこいつも女子制服試着してもいいですか?」
最上さんは真顔で白砂さんに言った。
「もちろん構いませんよ、鵠沼くんもそうですし。それでは皆様ご案内でーす」
半須は呆気にとられたまま最上さんに背中をぐいぐいと押されて一緒に教室の中へ入る。
「さて、このトルソーが着ているのが盛夏服です。初めて見る人はじっくり見てもいいですよ」
白砂さんに言われるまでもなく、俺は真っ先に駆け寄っていってじっと眺める。実物を目の前にすると少し感動した。本当にかわいい……絶対着たい!
「冬服や夏服と同じく、バックリボンはボタンで着脱できます。オプションでベルトに変えることもできますよ」
「ええっ、迷うな~。背中のリボンはテンション上がるけど、定番のベルトスタイルも清楚で捨てがたいなぁ……」
俺が長考していると、背後の簡易試着室から声が上がった。半須だ。
「ヤダって! なんの罰ゲームだよ!」
「罰ゲームじゃない。ちょっと出てみろ」
半須が嫌々ながらも最上さんに引きずり出されてカーテンの隙間から登場する。最上さんってもしかしなくてもパワー系だな。
出てきた半須はムスッとした顔で女子盛夏服の裾を握りしめていた。
「おー、着たのか。どう?」
「最悪」
「ははは」
俺が笑って受け流していると、半須は近くにあった椅子にどっしりと腰掛けた。……かと思うと、ぴゃっと悲鳴を上げてすぐさま立ち上がった。
「
「どした?」
「椅子ヒエヒエッ!」
「あ、あー? エアコン効いてるからじゃね?」
蒸し暑い季節なので冷房はありがたい。といっても、驚くほど室温が低いというわけではないので半須の反応は不思議に思えた。
「俺、女子が座るときスカート押さえんのなんでだろうって思ってたんだよ……そのまま座ると座面が冷てぇからなのか!?」
半須はスカートを履いている人がよくやる仕草について言っているようだ。お尻から太腿にかけて両手で押さえながら座ると座面が直接当たりにくいし、スカートの裾もシワになりにくいので合理的な動作だ。
「まぁそんなとこかな。ようこそスカートの世界へ」
「ようこそじゃねんだわ。でもちょっと女子の気持ちは分かったかもしれねぇ」
なるほど、最上さんはこれを狙って半須に女子制服を試着させたのか。気心知れた友人だからこそできる荒療治だ。
「んじゃ俺は帰るわ」
さっさと元の制服に着替えなおした半須は挨拶もそこそこに教室を後にした。
「おい半須、男子制服見ないのか」
それを最上さんが追いかけてゆき、後には俺と小桃ちゃん、瑠璃羽ちゃん、白砂さんが残された。
「はは、嵐のように去っていったね。試着室空いたし、次は鵠沼くんもどうぞ」
「はい!」
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