第18話「畔に美味しそうに食べてもらえたら、食材も成仏できそうだね」

 待ち合わせ場所であるファミレス前までやってくると、一番乗りは瑠璃羽ちゃんだった。


「お待たせ。早いね」

「遅刻するわけにはいきませんもの。こうしてお友達と外食だなんて、滅多にありませんわ……初めてかもしれません」

「そか。口に合うといいんだけど」

「あら、わたくしだってしょ……俗世の食べ物を食べる日もありますのよ? こんびに、とやらにはまだ入ったことがありませんが……」


 庶民という表現を避けた結果俗世呼ばわりになってしまってなんだか逆におもしろい。明らかに「コンビニ」という言葉を発音し慣れていない様子にふふっと笑みがこぼれてしまった。


「今度コンビニの店内にエスコートしてあげよっか?」

「嫌ですわ、わたくしのことをやんごとない人間扱いして」


 他愛もない冗談を交わしては笑い合う。


「ところで瑠璃羽ちゃんの服、かわいいね。ブルーアンドホワイト?」


 瑠璃羽ちゃんが着てきたのは、上等な生地を使っていそうなシャツワンピースだった。ブルーアンドホワイトというのは、アンティークの陶磁器に用いられる青と白を組み合わせた絵柄のことだ。


「ええ、よくご存じですわね? わたくし、この柄がお気に入りなのですわ。紅茶をよく嗜むのですが、ティーカップもマイセンのブルーオニオンが好きで……」


 頬に手を当ててうっとりとした表情で話してくれる瑠璃羽ちゃんは、きっと素敵なティータイムを思い浮かべているのだろう。


「瑠璃羽ちゃんの青い瞳とぴったりだね。それに青い蝶の髪留めとも合ってるし、金髪は青色の補色だから全身でトータルコーディネートが完璧で……」


 ついついファッションマニアな自分を抑えきれずにぺらぺらと喋ってしまい、気がつくと瑠璃羽ちゃんは赤い顔をしていた。


「ご、ごめん、セクハラするつもりじゃ……」


 うっかり相手の身体的特徴について言及してしまったので詫びる。


「い、いえ、そんな。畔さんに悪気がないのは分かっていますし、わたくしも……う、嬉しかったのでよいのです。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけで……」


 なんだ照れているだけか……と、ほっとしたところで小桃ちゃんと聖海ちゃんもやってきた。


「お待たせ畔くんっ! お腹すいちゃったよね、ごめんね?」

「小桃ちゃん。大丈夫だよ、家で軽くつまんできたから。全員揃ったし入ろうか」


 ファミレスの中へ入り、四人掛けの窓際の席へ案内された。


「ところで瑠璃羽ちゃん、ファミレスへ入ったご経験は」

「ないですわ」


 即答だ。そうだろうとは思っていた。


「ですが、わたくしのことならお気になさらず。その気がないのならわざわざこういった集まりに参加したりしませんわ。さ、畔さん、メニューを見せてくださいな」


 促されて俺は正面に座っている瑠璃羽ちゃんにグランドメニューを渡す。


「美魚川さん、ご一緒に」

「うん」


 瑠璃羽ちゃんは隣の聖海ちゃんと二人で一冊のメニューを覗き込む。


「小桃ちゃんもどうぞ。ページ自由にめくっていいからね」

「うん……」


 小桃ちゃんは少し緊張した様子で頷いた。これは意識されているな、と分かったが口に出して指摘することはなかった。ちょっと近づくだけでこうも意識されると、こちらとしても照れてくる。なるべく平静を装ってどの品を注文するか考え始めた。

 数分経ってやってきたホールスタッフさんに注文を伝え、雑談しているうちにそれぞれの頼んだ品が運ばれてきた。俺はたっぷりペコリーノチーズのボロネーゼ、小桃ちゃんはデミグラスソースのオムライス、瑠璃羽ちゃんは煮込みビーフシチューハンバーグ、聖海ちゃんはチキンシーザーサラダプレートだ。


「いただきます! ……美味しい!」


 できたての温かいボロネーゼは最高だ。太めのもちもちとしたパスタにごろっとした粒感のある挽肉のソースがよく絡んでいて満足感がある。


「畔くんが野菜の入ってないメニューを頼むなんて珍しい……」


 そう言う小桃ちゃんのオムライスにも玉葱以外のめぼしい野菜は入っていないけど……などと思った。


「さっき家で生春巻き食べちゃったんだよ、父さんが作ってくれたやつ。だから無性に野菜以外のものっていうか……肉と炭水化物が食べたくなって……」

「炭水化物って、ふふっ……パスタのこと炭水化物って呼ぶの変わってるね」

「そうか……? 逆に聖海ちゃんのサラダプレートは炭水化物控えめだな」


 付け合わせのパン以外に炭水化物っぽい食材は入っていなさそうに見える。


「ビタミンとたんぱく質が摂れるよ」

「そうだね。そのチキン、皮に焼き目がついてて美味しそう」

「一口食べる? どうぞ」

「えっえっ、いいの? ごめん、たかったみたいになっちゃって」


 聖海ちゃんは表情を崩さずにお裾分けを俺の皿のすみっこに載せてくれる。


「ありがたくいただきます……やっぱ美味しい! 皮目がパリッとしてる……」

「畔くんの食レポ聞いてるとすごく美味しそうに見えてくるね」


 小桃ちゃんはそう言って笑う。せっかく聖海ちゃんが分けてくれたものだから、ちゃんと美味しさが伝わっているなら嬉しい。


「そうだね。畔に美味しそうに食べてもらえたら、食材も成仏できそうだね」


 そのとき俺は気づいたことを口に出そうか迷ったのだが、それは一旦引っ込めた。


「成仏って表現おもしろいな。今度俺も使おうっと」


 鶏さん野菜さん、俺に栄養をありがとう。合掌。


「ほ、畔くんっ……このオムライスも美味しいよ。一口どう?」


 隣の小桃ちゃんはスプーンひとすくいのオムライスを俺に向ける。


「え、そんな俺ばっかりもらうのも……」

「ねっ?」


 小桃ちゃんに押されて俺はそのスプーンを口の中に入れる。


「美味しい。バターライスのやつもあるけど、やっぱりオムライスの中身はチキンライスだよな」

「うんうんっ、そうだよね」


 もらった俺よりも嬉しそうな小桃ちゃんを見ていると、少し安心した。


「瑠璃羽ちゃん、美味しく食べれてる? お口に合ってる?」

「ええ、ちゃんと美味しいですから心配なさらず。この世にもっと上等な食事はいくらでもありますけれど、お友達と囲むテーブルって特別ですわね」

「よかった」


 瑠璃羽ちゃんはいい人だ。最近そういう面を見せてくれることが多くて、俺は嬉しい。


「上等な食材って食べ比べると分かるもんなの?」

「それはですね……」


 こうして和やかな夜は更けていった。




 食事とおしゃべりを楽しみつくし、すっかり真っ暗になった夜空の下へ出た。


「畔さん。今日は本当に楽しかったですわ。またぜひ誘ってくださいまし」

「うん、また誘う。おやすみ瑠璃羽ちゃん」


 瑠璃羽ちゃんは優雅に手を振り、お迎えの高級車で一足先に帰っていった。

 残りの三人で駅まで歩き、改札で反対方面の小桃ちゃんと別れる。


「おやすみ畔くん。また学校でね!」

「おやすみ小桃ちゃん」


 小桃ちゃんに手を振り、いよいよ俺と聖海ちゃんだけになった。

 帰宅ラッシュのピークタイムを過ぎた時刻表は空白だらけで、次の電車まではそれなりに待つことになりそうだった。


「ちょっと座ってよっか」


 聖海ちゃんと並んでホームの椅子に腰掛ける。この時間になるとさすがに少し肌寒さを感じる。


「聖海ちゃん、寒くない? 平気?」

「ちゃんとカーディガン持ってきた」

「用意周到だ。えらい」

「寒がりだから、いつも持ち歩いてるの。空調が寒い場所もあるし」

「そうなんだ。聖海ちゃんってこのへん出身じゃないんだよね? どこだっけ?」

「静岡だよ。地元はあったかいの。冬にも雪が降らないくらい」

「それはすごい温暖だね」

「……」


 周囲には誰も居ない。俺はファミレスで引っ込めた言葉を取り出すことにした。


「あのさ、言いたくなかったら答えなくていいんだけど……」


 聖海ちゃんは無言の視線で続きを促す。


「……聖海ちゃんってもしかして、食べ物の味分からない?」



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