第2話「そんなことない。かわいいよ」

「ミスコン優勝狙ってるって……あなた正気じゃありませんわ! 殿方が参加だなんて!」


 尚も俺を否定しにかかる灰ノ宮さんにいい加減うんざりしてくる。が、ここで取り合っていると埒が明かない。


「ミスターコンも略せばミスコンだろ。ってのは置いといて、大学推薦は欲しい。家計が助かるし」


 ただでさえお金のかかる双子なので、俺としてもできれば両親の負担は減らしたいという思いがあった。


「んで、灰ノ宮さんは生徒会に入るんだろ? 学級委員をやるわけじゃないんだから口出しするなよ。俺が学級委員やることに異論ある人ー? その場合は反対した人が委員になるのがいいと思うけどー?」


 誰がやるかと押し付け合っていたクラスメイトたちなので、当然灰ノ宮さん以外に反対者は居ない。代わりに先生が口を挟んだ。


「じゃあ、あとは女子の委員が必要ですね。誰がやってくれる人は居ますか?」


 今度は静まり返ってしまった。俺も適当に指名すると後で拗れそうなのでいい提案が浮かばない。誰かが自主的に挙手してくれると助かるのだが。


「今そこで寝てる人はー?」


 例の野次馬男子が俺の隣の席の女子を指す。そういえば彼女は入学式の後に教室に着いてからずっと机に突っ伏して寝ている。対話拒否の姿勢なのか、本当に眠いだけなのか。体調不良だったらどうしよう。綺麗なギブソンタックだなとか思っている場合ではないかもしれない。


「あの……今寝てると学級委員にさせられそうなんだけど、起きれるか?」

「……」


 反応がない。俺が女子だったら彼女の肩を揺すりでもするのだが、下手に触れると怒る女の子も居るだろう。他のアプローチを……と考えて、座席表を確認する。そして隣の席の女子の名前を呼んだ。


茨咲いばらさきさん、起きれるか……?」

「むにゅ……」


 隣で居眠りしていた女子生徒――茨咲いばらさき音夢ねむは、俺に名前を呼ばれたことでようやくゆっくりと顔を上げた。


「……ふぁ〜……なに〜?」


 欠伸をする彼女の顔は思っていたよりしっかりメイクしてあった。寝ていると崩れそうなものなのだが。


「今学級委員を決めているところで、このまま寝てると茨咲さんが女子の委員にさせられちゃいそうなんだけど」

「拒否しま〜す」

「あ、そう……」


 予想はしていたことだったが話は振り出しだ。と思ったところで、それまで迷っていたらしい小桃ちゃんが意を決して手を挙げた。


「じゃ、じゃあ、私がやります……!」

「いいの?」


 俺が訊ねると、小桃ちゃんはこくこくと頷いた。


「それでは決まりということで、拍手を〜」


 先生に促されてクラスメイトたちも拍手をしてくれる。面倒な役回りを免れたのだから、彼らとしても歓迎ということらしい。


「一緒に頑張ろうね、畔くん!」

「そうだな。一年間よろしく」


 おずおずと差し出される小桃ちゃんの手を取って握手をしてみせた。いつの間に蚊帳の外になっていた灰ノ宮さんは相変わらず不満げだったが、口を開くことはなかった。




 その後はこれといった出来事もなく、入学初日は終わった。翌日以降はクラスメイトを中心に、女装を物珍しく感じる生徒たち何人かに質問されたり絡まれたりしながら過ごしていった。初日に難癖をつけてきた例の男子ほど失礼な物言いの人は居なかった。気になるのは周囲の言動よりも視線だった。

 体育の授業の前後に男女分かれて着替えをしていると、やはり何人かの男子生徒は俺の身体をチラチラと見てきた。が、そこで過敏に反応すると周囲の好奇心を刺激するだけなので、視線には気づかないふりをして過ごした。そのうち理解してくれるだろうと思いながら。


 そうして一週間が経過した頃、学級委員として初めての大仕事がやってきた。俺は小桃ちゃんと並んで黒板の前に立ち、口を開いた。


「ホームルームを始めます! 今日の内容は月末に控えた錬成会に関する説明です!」


 そう言ってから小桃ちゃんに振る。


「小桃ちゃん、錬成会とはなんぞや? という説明を俺たち受験組のためにお願いします」

「は、はいっ!」


 人前に立つことに慣れていないらしい小桃ちゃんは緊張しながら説明を始めた。


「錬成会というのは、山間にある宿泊施設で神父様のお話を聞いたり、班に分かれてウォークラリーや飯盒炊爨はんごうすいさんを行うといった宿泊行事です」

「つまり、まだカトリック教育のカリキュラムに慣れていない人が空気感を実感したり、新しい友達を作って交流を深めたりする機会……ってことでオーケー?」

「その通りです」


 小桃ちゃんはこくこくと頷く。


「錬成会のしおりを配るので前から回してくださーい」


 予め席数の山に分けておいたしおりを手早く回し、最後列まで届いたのを確認する。


「全員分回ったな? このクラスは36人なので、6人ずつの班に分かれてください」


 俺が言うと例の嫌味な男子――座席表によると半須なかすという名前らしい――が恒例のヤジを飛ばす。


「それってぼっちのヤツはどーすればいいんですかー?」

「そういう意見が出るならくじ引きにしてもいいんだけど」


 言いながら俺は担任の先生の方を見る。


「仲良くやってくれるならなんでもいいですよー」


 生徒の自主性に丸投げな先生だな。まあいいか。


「小桃ちゃんはどう思う?」


 何かアイデアはないか小桃ちゃんに訊ねると、少し肩をびくっとさせながら一生懸命考え始める。小動物系、という形容詞が頭に浮かんだ。


「えっ! えーとえーと、小桃はね、そうだね……。『進級組オンリー、受験組オンリーでの班を作るのだけ禁止』でどうかな? それなら、新しい友達と交流する機会が持てるんじゃないかなって思うんだけど……」

「いいな、それにしよう。じゃあ班を作ってください!」


 なるべく仲の良い相手と組めるように相談しながら班が組まれ始める。女子率100パーセントの進級組と、男女混合の受験組となると男子の比率はかなり低い。勿論女子だけの班もいくつか出来上がった。そして女子5人が集まった班に入れてくださいと志願する男子はさすがに居なかった。


「俺たちの班は行き場に困ってそうな人に声をかけよう」

「うん」


 俺の耳打ちに小桃ちゃんは頷く。困っている人を助けるのも学級委員の仕事だろう。ぽつぽつと自席に取り残されていた生徒3人に声をかけて班のメンバーへ加え、俺の班はあと一枠となった。


「さて、あと一人だけど……」


 俺はクラスの中を見渡した。もう決まった班は自然と席を移動してかたまっている。明確に一人、取り残されている人が居た。他の人に聞こえないように再度小桃ちゃんの耳元で相談する。


「小桃ちゃん、あの人のこと苦手だったりしない?」

「同じクラスになったことないから分からないけど……。少なくとも、灰ノ宮さんと同じ班になるよりは平気だと思う」

「よし。じゃあ声かけてくるから」


 俺は教壇を降りて残りの一人――茨咲音夢の席まで近づいた。


「茨咲さん」


 声をかけると、茨咲さんはむにゃむにゃしながら顔を上げる。


「ふぁ~……なに?」

「今、錬成会の班決めをしてたんだけど。うちの班に来ないか?」


 言われて茨咲さんは他の班が既に出来上がっている様子を理解したようだった。


「分かった~……」

「じゃあしおりを持って一緒に来て」


 これで班決めは完成した。


「ではしおりの内容を説明していきますよー」


***


 そして月末、いよいよ錬成会の当日がやってきた。朝早くに集合場所に到着すると、小桃ちゃんは先に来ていた。俺を見つけるなりぱっと表情を明るくして手を振ってくれる。


「おはよう畔くん! いい天気だね」

「おはよう小桃ちゃん。忘れ物してないか?」

「昨日持ち物チェック五回したから大丈夫!」


 そう言う小桃ちゃんのカーディガンの首元にはクリーニングタグが付いていた。黙って取ってあげられたらよかったのだが、人の首元を無断で触る方がダメだろう。


「小桃さんや、クリーニングタグがついていますよ」

「あっ!」


 指摘されると小桃ちゃんは少し顔を赤くしてタグを外した。


「私服初めて見た! カントリー系好きなの?」


 今日の小桃ちゃんは刺繡の入ったアイボリーのハイウエストワンピースにざっくり編みのニットカーディガンといったかわいらしいコーディネートだった。


「そうなの。あ、もしかして変かな……?」

「そんなことない。かわいいよ」


 俺が思ったことをそのまま口に出すと、小桃ちゃんの赤かった顔は更に耳まで火照った。


「かっ、かわ……! あわわ……!」

「あ! ごめん、セクハラしようとしたんじゃなくて……」


 慌てて訂正すると小桃ちゃんもふるふると首を振る。


「だ、大丈夫、それは分かってるから。あの、かわいいって言ってもらえて嬉しくて……。畔くんもかわいいよ。おしゃれさんだね」

「ありがとー! センスには自信あるんだ!」


 俺たちが微笑ましい褒め合いをしていると、背後からやけにオーラのある人物がやってきた。


「ふぁ~。おはよ~」


 その只者ではなさそうなオーラというのは、徐々に集まり始めていた私服の生徒たちの中でもひときわ目立つファッションのせいだった。ダークパープルの大胆な花柄をあしらったクレリックワンピースに黒のナポレオンビスチェ、おまけにピーコックグリーンのカラータイツを合わせている。髪の毛先をすみれ色に染めた彼女――茨咲音夢は、眠そうな欠伸をしながら俺たちの目の前までやってきた。なんてことだ……俺は思わず一歩乗り出していた。


「茨咲さん、めっちゃセンスいいじゃん!」


 半ばつんのめりそうな勢いだった俺にも、マイペースな茨咲さんは動じなかった。代わりにきれいな発色のリップティントが乗った唇で微笑む。


「でしょー? 分かってるじゃん。君の私服も結構好きなタイプかも。ええと……」


 名前は覚えてもらえていないだろうな、とは察していた。


「俺は鵠沼畔です。錬成会一緒の班だな。二日間よろしく!」

「おー。よろしく、鵠沼」


 こうして、俺たちの錬成会は始まった。

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